第210話

 ドラマの反響が凄い。それで、ちょっと困ったことになっている。


 元々人気があったドラマだったこともあり、音楽に興味のなかった女性層からも人気を集めてしまったのがその原因らしい。


 どこに行ってもサインや握手を求められて、ちょっとした騒ぎになってしまう。


 それでしばらく学校にも通えていないんだけど、ちょうど夏休みが近かったこともあり、学校側の提案でこのまま夏休みに入ることになった。


 正確には、俺のことを心配したミカ先生が校長先生に話をつけてくれたみたい。


 ただ、俺だけ特別扱いをすることになると学校側としても問題にしかならないので、必然的に他の男子生徒も夏休みになった。


 それでも、サイコロ部皆勤賞のタケヒトくんとサンちゃんは普通に登校してそうなんだよね。


 というのも、西条グループ主催のサイコロバトル大会が8月に開催される予定だけど、その大会にサイコロ部(団体戦)はエントリーしている。


 タケヒトくんとサンちゃんが優勝したいと、楽しそうに話してくれたから知っているんだけどね。

 もちろん、この大会には優勝賞金が出るんだけど、タケヒトくんやサンちゃんの狙いは副賞のサイコロS・ビクトリーファースト。大会オリジナルサイコロなんだ。

 まだシルエットの姿しか公表されてないけど、雰囲気からしてカッコいいんだよね。


 俺も参加したいけど、俺を含む武装女子メンバーは、開催日にサイコロS(俺はブジン)を操りながら歌を歌い会場を盛り上げないといけないからね。


 前座(オープニングアクト)を任されているから責任重大。


 あとは、対戦中の参加選手に向けてのエールかな。


 だから俺はサイコロバトル大会には参加できない。とても残念だ。


 西条グループがサイコロドームを新たに建設しているくらい力を入れているのにね。


 あ、そうだ。年内には西条グループだけじゃなく、他の3家もサイコロドームを建設するらしいからどこかの大会には参加できるかも。


 観戦するのも楽しいけど、やっぱり俺もブジンと参加したいからね。


 突然の夏休みは、部活に精を出していたタケヒトくんとサンちゃんには迷惑だったかもしれないけど、俺にとっては非常にありがたかったんだよね。


 でも、早速問題が起こっているみたいなんだ。


 それは俺たち男子生徒が登校しなくなったことで、その不満がミカ先生に向けられているような気がするとさおりたちから聞いた。


 ここ最近、学校(仕事)から帰ってきたミカ先生の顔色がよくなかったから気になっていたけど、それを聞いて納得。


 詳しく調べてもらうと、どうも1年生の女子グループがミカ先生に不満をぶつけて困らせている事が分かった。


 ミカ先生は何も言わないけど俺のために動いた結果が今の状況だ。俺は夫でもあるし、なんとかしてやりたい。


 そこで俺は考えた。


 夏休みになったけど宿題のない俺(男子生徒はない)。

 大会に向けて歌の練習をしていたけど、いつもより時間に余裕がある。

 

 1日くらい握手会で潰したっていいんじゃないかと。ゲリラライブみたいな感じでね。


 学校は妻(ミカ先生)のためにも必ず行くとして、あと一ヶ所くらいは……SNSで、いや、やめよう。

 ちょっと公園辺りをぶらついて人が集まってきたらやる。集まらなかったらそのまま帰ってくるくらいのゆるい感じがいいかな。


 申し訳ないけど、今回はリラクセーションを遠慮なく使わせてもらうつもり、それで冷静さを取り戻してもらうんだ。


 ここ2、3日大人しくしていたから対応できないほどの騒ぎにはならないと思うからね。


 一応、大人しくしているよう言われている俺。


「ん? みんな(仕事に行っているミカ先生以外の妻たち)に相談してからの方がいいですか?」


 ミルさんが何やら考えている感じに見えたので、そう尋ねてみると、ミルさんがこくりと頷く。


「そっか……そうですね。分かりました」


 みんなに相談してから決めよう。


 ——あれ? アヤさんだけだ……


 そう思って自室からリビングに向かったけど、リビングにいたのはアヤさんだけだった。しかもノートパソコンを広げて仕事をしている。


 ——そういえば……


 香織とネネさんは安定期に入ってから在宅で仕事を始めた。


 妊娠中に仕事をする女性は珍しいのだが2人は仕事が大好きだからね。

 無理のない範囲でと許可をしたらすぐに仕事を始めたんだ。


 たぶん、体調の事を考えてこまめに休憩をとるだろうから、このままリビングで待っていよう。


「タケト様。お茶をどうぞ」


「ありがとうミルさん」


 ミルさんがお茶を淹れてくれたので茶を飲みながら動画でも見ていようかな。


 今の急上昇は……


 ——え!?


 ネッチューブの急上昇ランキングがすべて武装女子になっている。これは驚いた。

 これもドラマの影響かな?


 ミュージック動画は今でも安定して再生され続けているんだけど、ドラマが放送されてからの伸びはたしかにすごかった。


 武装女子会(会社)としては嬉しい誤算だったはず。みんなに臨時のボーナスが出るといいな。


 ほんの数日前まではプロレスをしている男性の動画で埋まっていたんだよな。

 たしかマーズアTVちゃんねるだったかな? 


 その内容は覆面姿の男女が、レスリングのユニフォームのような上下一体型(つなぎ状)のモノを着て、一瞬男性かな? と勘違いしそうなほどムキムキマッチョな女性と横幅の広い男性がリングの中で試合をするだけの動画だけど結構荒れている。


 女性がマッスル・アセカキゴーリコと言って、対する男性が、デップリ・タネターケだったかな?


 リングに馬マントを纏った女性が立っていて覆面男性がリングに上がって行くシーンから始まるんだけど、振り返った女性が纏っていたマントをリング場外に放り投げると覆面男性が驚く。すごい筋肉だもんねあれは驚くよ。


 その男性が何やら怒鳴っているように見えるけどピーピーなってて何言ってるのか分からない。


 腕を組み仁王立ち姿の覆面女性に対して人差し指を向けて何やら叫んでいる覆面男性。

 男性の言葉は相変わらずピーピーなっていて何を言っているのか分からないが、その代わりに『お前を倒す』といった内容テロップが度々表示されている。


 初めこそ覆面男性が覆面女性のことを一方的に罵倒し続けているのだが(ほとんどピーピーなっている)、1分を経過したくらいから女性がゆっくりと動き出し、罵倒されようが貶されようが構うことなく大技をどんどん決めていく。

 派手に見えるけど、念動を使ってうまく手加減しているっぽいね。


 怒った男性も負けずに投げ返すが、あれは女性が自ら飛んでいるっぽいので、ダメージはなさそう、というか投げられたのはパフォーマンスだったのだろうね。


 覆面で表情は見えないけど嬉しそう。調子に乗って蹴りを出せばその足を掴まれて投げられて何やら怒ってしまった。


 しかし、女性の口癖の「マッスルマッスルッ」が耳に残るな。


 それに対する男性の言葉はピーピーなっていて聞き取れないけど『お前を投げ飛ばしてやる!』といったテロップが代わりに表示されたかと思えば逆に投げ飛ばされているんだよね。


 表示されたテロップと男性の行動とのギャップにくすりとする場面が何度もあり、最後まで試合が止められることはなかった。


 最後は体力が尽きた覆面男性が肩で息をしはじめて、向かってくる女性からヒーヒー言いながら逃げようとする。

 でも。すぐに捕まり、その瞬間カンカンカンとゴングが鳴って、サーッと黒幕が降りてきて試合終了となる。


 試合の結果は時間切れの引き分け。次回に続くとその黒幕に表示されているんだ。


 毎回そんな感じの内容で終わるコメディー要素を入れたプロレスっぽいなにか。


 人を選ぶと思うが、男性のプロレスラーは珍しいから再生回数がとにかくすごい。


 今後、この男性を芸能界に送り込むにしても、なぜか覆面男子が正体を明かすこともなく、アピールするためのフリートークもない。とても不思議な動画なんだよね。


「タケトくん。休憩?」


「アヤさん? そうですね。アヤさんもですか?」


 リビングの奥にあるテーブルで仕事をしていたアヤさんが動画を見ていた俺に気づいて声をかけてきた。


「タケトくんが居たから、そうしようかなと……あ、ミルさんありがとうございます」


 俺の隣に腰掛けたアヤさんがミルさんからお茶をもらう。


「アヤさん仕事増やしてすみません」


「? タケトくんとの仕事はうれしいですよ?」


 アヤさんは何の事といった様子で首を傾げるが、アヤさんにはとても助けられている。


 それはネッチューバーさんたちとのコラボ。

 俺がネッチューバーさんの動画にお邪魔する企画です。


 今は新規受付を中止しているんだけど、以前から依頼をもらっていたネッチューバーさんたちには1度謝罪して合同企画へと変更させてもらった。

 時間的に余裕がなくなった俺のことを心配して、アヤさんがそうしてくれたのだ。


 合同企画では、運動会や水泳大会、ゲーム大会、キャンプ、歌合戦、料理大会、クイズ大会、色々と考えてみたが、ネッチューバーさんたちにも向き不向きがあるし、変な企画はできない。

 だから、ネッチューバーさんたちにも意見を求めてみたが、今度は意見が増えすぎて逆に決まらなくなってしまった。


 仕方なく意見の多かった候補をいくつか上げてみんなに投票してもらい、その結果がトランプ大会。みんなでババ抜きをするんだ。トランプなら誰でもできるからね。


 あとは時期と参加人数、他にも色々と調整していくことになるけど、その辺りのこともアヤさんに任せている。


 その上、ここ数日、どこからかのオファーが増えているって言っていたし、オファーがあれば詳しく話も聞かないといけない。


「ふぅ〜。やっぱりタケトくんと飲むお茶は美味しいですね」


 美味しそうにお茶を飲んでいるアヤさん。

 アヤさんの仕事量はきっとすごいことになっていると思うんだけど、アヤさんはそれがうれしいと言う。俺も頑張ろう。

 

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