第209話 北川彩葉視点
◯北川彩葉(きたがわいろは)
学級委員長(1年)
高校1年16歳
————
——
「武人先輩……」
武人先輩に褒められたい。あの両腕に包まれたい。頭を撫でてほしい。
テレビの画面に映る武人に、北川彩葉は物欲しそうな目を向ける。
「先輩……」
テレビ画面に釘付けになっている彩葉が、そんなことを考えてしまうのにも理由があった。
それは、一族存続に力を入れていた南条家は男性を囲い、女性にとって都合がいいように教育を施していたが、北条家も同じような取り組みをしていた。
ただし、それは南条家のように女性至上主義を押し付けるようなものではなく、社会的な立場のない男性にも女性と同じ教育を施し、優秀な男性には社会的な地位や立場(北条グループ内のみ)を与えていこうというもの。
男女が平等な権利を持つことで、持続的な発展が促進されると考えてのことだ。
しかし、初めこそ順調そうに見えていた改革(教育)も、水面下では男性の奪い合いが勃発。
男性よりも女性の方が多く、男性と仲良くしたいと思う女性が多かったからだ。
そのため、厳しく組まれていたカリキュラムも意味がなく、男性は女性からちやほやされ、それが常態化してしまったのだ。
男性の態度は日に日に悪化し改革は失敗に終わる。
当然そんな意味をなさない改革はすぐに廃止され、当時の当主はその責任をとって退任。
しかし、その後も男性問題が尾を引き北条家の内部はガタガタとなり社会的地位を大きく落とし、他の3家から大きく引き離されることになる。
危機感を覚えた新当主は、そんな現状を打破しようと新たな取り組みを図る。
正確には、新当主と付き合いのあった男性が提案してきたとか、そうでないとか、この辺りのことはあやふやで詳しく残っていない。
でも、当時の男性からすれば非常に珍しい感性と考え方ができる方だったみたいで、その男性こそが北条家を救う初代の『癒しの方』になっている。
『癒しの方』とは男性のみ与えられる役職で、今では北条家の象徴とも言える存在だが、未だに公にされることなく、他の3家にも隠している。
そんな『癒しの方』が、女性の働きに応じて、褒めたり、頭を撫でたり、抱きしめたりと、女性が頑張りたくなるようなご褒美を与えてくれている。
今でいうところの北条グループの中だけで活躍しているアイドルのような存在であろうか。そんな方が称賛者を務めている。
その効果は絶大で、先の失敗を帳消しにするどころか、一時期は他の3家を追い越し引き離すほどの勢いを与えてくれたそうです。
ただ、そんな『癒しの方』も後継者問題で悩まされることになる。
癒しの方は特殊な役割のため、資質のある男性がみつかならなかったのだ。
彩葉は北条家の重臣の1人。北川家の長女であったが、今回の任務を受ける際に初めてその事(極秘事項)を知りショックを受けていた。
それもそのはずだ。崇拝していた今の『癒しの方』が男装した女性だったと言うのだから。
もちろん極秘事項なので彩葉自身も誰かに話すつもりはないが、ちょっと裏切られた気分がしていた。
その後、詳しく話を聞き、『癒しの方』を務めた男性は初代の『癒しの方』だけだったと言う事実を知ってさらにショックを受けたのは言うまでもない。
それだけ『癒しの方』を務める資質のある男性がいなかった。
————
——
——武人先輩……
北条まり子様もそうおっしゃっていたし、私も武人先輩になってほしいと今では毎日のように思っている。
東条家が沢風和也を囲むと同時に競うように始めた男性タレントの育成。
南条家はシャイニングボーイズを、西条家はぽっちゃり男子をすでにデビューさせているが、北条家は過去の失敗から限られた者しか接する機会を与えずにゆっくりと育成しているため未だデビューできるほどの男性が育っていない。
それでも、一般的な男性よりも女性に優しく育っているのは確かなようで、その方たちの中から次の『癒しの方』を選べはいいと考えている重役は多い。だけど……
——うーん……
たしかに、武人先輩はどこの勢力にも属していませんが、西条家、南条家、東條家との繋がりや面識があり、多くの国民にも知られている。
そんな武人先輩が北条家の『癒しの方』になるには無理があるのではないかと私でもすぐに思った。
だが、会長の妹にあたる北条まり子様が武人先輩を強く推し『癒しの方』ではなく『癒しの方の補佐』という役職を新たに作ってしまったのだ。
そして、歳が1番近かった私が、その橋渡しをすることになった。
ただし、私自身が武人先輩を見てその判断をしてほしいとも会長には頼まれているから責任重大だった。
考えないようにしていますが、正直その補佐を武人先輩が引き受けてくれるかどうかもあやしいところなのです。
入学前に武人先輩のことをちょっと調べましたが、知れば知るほど私の心は武人先輩に惹かれてしまいました。他の方たちが惹かれてしまうのも無理もありません。
その後、晴れて希望ヶ丘学園に入学した私は毎日のようにタブレットを使い武人先輩を眺……監視して素行調査から始めました。
事前に北条家の者が調べていて報告は受けていましたけど、こういうのは自分の目でキチンと確認するのも大事です。
……ウソです。武人先輩の保護官は見た目こそ大したことなさそうですが、実はS級の保護官で警戒心が強く、下手に近づくと排除されそうで怖いのです。
他にも生徒会や風紀委員、それに新聞部にサーヤ。彼女たちが目を光らせているからなかなか近付けないのです。
そんな中、普通に近づいていった東条麗香先輩にはちょっと尊敬の念を抱いてしましたけど。さすが東条家の次期当主は違いますね。
おっと、自分を卑下してもいい事ありません。
とりあえずできることからやっていこうと、武人先輩以外の男性のチェックをしてみました。
登校組は貴重な存在。だから少しは期待していましたが、やはり態度が悪いのが目立ちます。
あんな人たちに褒められたとしても全然嬉しくありません。
ただ、2年生の肥田先輩は見込みがありそうでしたが武人先輩を知ってしまった後では物足りない。
そう思うのも、授業の合間の小休憩ではタブレットを使い武人先輩を見ている女性はかなり多い。
——あ、また笑った。
ダブレットを見ていると武人先輩はよく笑っている。
その笑顔を見ると私は元気が出てうれしくもなるから、たぶんみんなもそうなのだろう。気持ちは同じなのかも。
しかし、武人先輩は思っていた以上に忙しい方のようです。
北条グループで『癒しの方の補佐』をお願いしようと思っている自分が言うのも変ですが、少し心配です。いえ、かなり心配です。
そもそも、サイキックスポーツ部やサイコロ部(東条麗香がいる)に行かなければいいんですよ。
武人先輩は忙しいのですから……
そういえばサイコロは北条グループでも開発が進められているんでしたね。
残念ながら私はまだ触れたこともありませんが、試作機ができたら武人先輩と一緒に……なんなら手取り足取り使い方を教えていただくのも……ふふ。
そんなことを考えた私だけど、私が北条家の関係者だと明かしていない今の現状だとそれもできないことに気づきました。
——なんとかしないと……
そう思っていたら、数日後にチャンスがありました。
「あなたたちは、こんなところで何をしているのかしら?」
その子たちは、いつも武人先輩の事を追いかけているグループの中の3人です。
私の中では要注意人物なのですが、たぶん昨夜放送された、シャイニングボーイズがMCを務める『みんな輝け』という番組に武人先輩が出演していたから騒いでいるのでしょう。
ちゃっかり色紙まで準備して。しまった、私も持ってくればサインもらえたかな?
「あ、委員長!」
「北川委員長」
「なんでここに委員長が!?」
今回の任務が少しでも有利になればと思い学級委員長になっていましたが、なっててよかったです。グッジョブ私。
彼女たちに話しかけるついでに、チラッと武人先輩の方を見てみたら、どうやら私の事に気づいてくれているっぽい。うれしい。
「昨日も同じようなことで注意されたと思うのですが、懲りてないようですね。今日は反省文でも書きますか?」
そう、昨日も武人先輩を見つけた途端に周囲の子たちを押し退けて追いかけようとしていましたので呼び止めたのです。
「え」
「それはちょっと……」
「あはは……」
目に見えて慌て出した彼女たち。何度か武人先輩の方に視線を向けていますが、逃しませんよ。
『タケト先輩、今度サインください』
警戒していただけにちょっと拍子抜け。彼女たちはサインをお願いしてから校舎の中に戻っていった。
ちょっと嫌な言い方をしてしまったかもと気分が沈みそうになるが、まずは、
「ウチのクラスの子たちがご迷惑をおかけしました。すみません」
謝ることが先だと思い武人先輩とミカ先生に向かって頭を下げた。
「正直助かりました。ありがとう北川さん」
「私、学級委員長ですから」
「そうね。北川さんは学級委員長でしたね。でもそろそろ教室に戻らないと遅れるわよ」
「はい。では私はこれで失礼いたします」
名残惜しいのですがその通りです。態度には出さないけど私は泣いた。もっと話をしたかったのです。
しかし、すぐにハッとして振り返る。武人先輩が私の名前(苗字)を呼んでくれた?
うれしくて震えそうになる身体を必死に支えていれば、武人先輩が不思議そうにしている。
なんでもありません。そう言おうと思ったのに、
「あ、あの私もサインはほしいです」
つい本音が漏れてしまった。注意した本人がサインを欲しがるなんて。恥ずかしさのあまり私はすぐに駆けた。
「あぅ」
途中、躓いて転んでしまったけど……転んでしまったけど……どうにか校舎の中に。ううう。膝が痛い。恥ずかしい。なんか涙が出てきた。
私はトボトボと肩を落として教室に戻ったよ。
学級委員長っぽくクールに振る舞っていたのに大失敗だ。
うまくいかなくて落ち込んでいたら、すぐにいいことがあった。
武人先輩が色紙にサインをして届けてくれたのだ。
しかも、北川彩葉さんへってちゃんと名前まで入れてくれている………えへへ。まあ、あの3人ももらっていたようですけどいいのです。
だって、私には絆創膏のオマケが付いていたのですから。
思い出したらまた恥ずかしくなったけど、それ以上に勝手に転んだ私を気遣ってくれる、その気持ちがすごく嬉しいのです。
他の男性だったら絶対にあり得ないことです。
それからというもの、武人先輩が本当に『癒しの方の補佐』になってくれないかなと、そんなことばかり考えています。
私は今の『癒しの方』ではなく、武人先輩から褒められたいし、抱きしめられたいし、頭を撫でてもらいたい。
そうしたらもっともっと頑張れるのに。
「ふふふ……」
とりあえず今は録画した『桐の学園II』をもう一度よく見て楽しもう。
「……あれ? おかしいな?」
たまにポカをする私。その後、その録画がうまくいっておらず落ち込むことになるのはいつもの事だった。
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