第170話

『タケトくん、タケトくん』


 ん? 


『ななこ?』


『そう』


 授業中、珍しくななこからテレパスが届いた。何事かと思い黒板から手元のタブレットに視線を落とす。


 タブレットの画面を見ると画面の上半分(二分の一)には黒板、下半分のさらに左半分(四分の一)には先生、あとの右半分(四分の一)にはこのクラスの生徒たちの顔が出席番号順に映し出されている。


 そんな俺は今年も副委員長を引き受けていたななこを探し出し軽くタップする。


 ちなみにさおりが今年も学級委員長でつくねとさちこも今年は副委員長になっている。

 副委員長が3人に増えた理由はクラスが1クラスにまとまりクラスの人数が増えたためだ。


 下半分の右半分(四分の一)の画面に何故か目を細めているななこの顔がアップになった。


 うーん。何故に目を細めているのかな?


『タケトくん問題です。これは細目、糸目、薄目、のどれ?』


 なるほど当てろってことか。授業中なのに、ななこは一体何をやってるのだろうと思いつつも、目を細めているななこの顔が可愛いいから答えるんだけど。


『細目?』


『ブー、正確は薄目』


 分かるかーい。誰にいうでもなく、芸人さんのノリでツッコミを頭の中で入れておく。

 なんか得意げな顔をしているけど、ほんと分かりませんよななこさん。


『そんな外れたタケトくんに、ハグを所望します』


 なるほど、そういうことか。ななこがそう言ってくるのにも理由があった。


 早いもので、タケヒトくんとサンちゃんが同じ教室で授業を受けるようになってから1週間が経った。


 そんな彼らだが、なぜか次の日から、1限目に間に合うように登校するようになり、午後の授業も一緒に受けるようになっていた。


 学校側からすれば大変喜ばしいことなのだろうけど、俺たちはというと少し困ったことになっている。

 

 それはサンちゃんのことだ。


 一見、タケヒトくんの方が突き放すような言動が多いから付き合い難く、明るく気さくに話しかけてくるサンちゃんの方が親しみ易いように思うが、いや、実際その通りだけど、それが自分の身の上話しになると逆転する。

 タケヒトくんはなんでもないように、いや、あれは、ちょっと嬉しそうだったね。

 一つ尋ねれば三つ四つと色々と自分のことを語ってくれるが、サンちゃんは違う。すぐにはぐらかして話題を変えてしまうのだ。


 だからタケヒトくんのことはだいたい分かった。

 タケヒトくんは結婚をしていて奥さんは3人で子どもも1人いる。


 名前で呼び、仲良さそうに見えた堤先生とももうすぐ結婚するらしいし、いつも一緒にいる保護官(36歳)さんともいい感じで堤先生と同じ日に結婚することになっているらしい。


 タケヒトくんの保護官さん、いつも無表情でお世辞にも愛想がいい方ではない。ミルさん? ミルさんは表情は乏しいけど優しいしよく見てれば無表情じゃなく……ああ、そうことか。

 もしかしたら保護官という職業につく人は感情を表に出さないようにできる女性が多いのかも……


 そんな保護官さんは、肥田先輩(姉)が就職して家(タケヒトくんの持家)を出て行ったため、夜を1人で過ごすことになったタケヒトくんのことを心配して、毎日タケヒトくんほ自宅に寝泊まりするようになった。

 その流れで……色々あり、タケヒトくんが妻として迎え入れることになったらしい。


 近くの席に座っているクラス女子の子たちが、顔を真っ赤にしながらも、聞き耳を立てていたので詳しくは聞かなかったが、何があったのだろうね……


 だからかな、最近の保護官さんのタケヒトくんを見つめている目、すごく優しそう。無表情だけど口角もちょっと上がっているし幸せそうだ。

 俺もあんな表情を妻や婚約者のみんなにしてもらいたい。いいところは見習わないとね。


 ちなみにタケヒトくんの奥さんたちは仕事大好き人間で通い妻。そんな生活に満足しているらしく、連絡があった時だけ一緒に食事をしたり家に泊まって行く感じらしい。


 俺からすれば結婚した妻とは一緒に暮らしたいと思うけど、女性たちが経済を回しているこの世界、俺の考え方が特殊なだけで、タケヒトくんの考え方の方が一般的なのだろうね。

 

 そんなタケヒトくんの女性に対する言葉遣いは、俺に対する言葉遣いとそう変わらずアレだが、一般的な男性によくある声を荒げたり手を上げたりすることはなく、無難な距離を保っているように思える。


 それで、問題のサンちゃんはというと、残念だけど女性のことをかなり嫌っているように思える。

 結婚もまだしていないようだし、話しかけてくるクラス女子に対しても普通に無視をしていたりする。


 だから、学校に通いだしてたったの1週間なのに、すでにサンちゃんに話しかけようとするクラス女子は1人も居なくなってしまった。


 そんなサンちゃんがなぜ学校に通うようになったのかというと、それはまだ聞けずにいる。


 俺やタケヒトくんに対する言動(積極的に話しかけてくる)からも他の男子に会いたかったからなのではないかとは思っているが、どうだろうね。


 何やら問題を抱えてそうだから無理に女性と仲良くさせる気はないが、このままではまずいこともある。


 そう、男性は20歳になるまでに最低1人の女性と結婚していなければ生きて行く上で必要な男性手当がストップされてしまう。

 とはいえ、期限近くになりまだ規定人数に達していなければお見合いなんかの打診はあるようだけど、今の状態だと無理だろうと思う。

 そうなれば手当は止められ収入がなくなる。収入がなくなれば生活はできない。


 一応、そういった男性は国の保護対象者となり管轄が地方公共団体から国へと移されるとかなんとか。要するに国から助けてもらえるってことだろうね。


 それでも、せっかくの学生生活、色々と問題も抱えてそうだけど、俺たちだけでなく、女子生徒たちとも仲良くなってほしい。

 

 それで話は戻るけど、なぜ、ななこがハグを所望してきたかというと、俺が共学に慣れていない2人といる時間が増えたため気を遣い、俺との接触を控えているからだ。

 

 タケヒトくんはそこそこクラス女子とも話すようになってきたがサンちゃんはよほどのことがない限り女子を避けて話すことはない。


 学校にいる時はいつも側にいてくれた4人。

 放課後も始業式のあった次の日から西条姉妹から新規プロジェクトにお呼ばれしていて毎日のようにテレポートで飛び、4人と過ごす時間がかなり減っていた。


 しかも、サンちゃんの問題はすぐにどうにかできる問題ではなさそうので、今後も迷惑をかけてしまうだろう。だから俺は……


『そう、だな。いつも頑張ってくれてるもんな。ななこ、ハグ所望されました。放課後でいいかな?』


 タケヒトくんの保護官さんの幸せそうな顔を思い出して頷く。ななこは婚約者、ハグくらい、いいよね。


『うん。放課後……放課後? あ』


 こくりと頷いたななこが突然、口元を押さえて少し目を泳がせた。

 その様子だと何かまずいことでも思い出したのだろうか。


『どうかしたのか?』


『……放課後、タケトくんのことを生徒会長が呼んでた。来るように伝えてほしいって。

 でもタケトくんはハグがあるから生徒会長のはまた今度。ちょっと断ってくる』


『え?』


 そうテレパスしてきたななこは、俺の返事を聞くことなく、すぐに机の下で何やらコソコソし始めてしまった。


『お、おいななこ。ななこさーん』


『大丈夫。ハグの方がすごく大事。まかせて』


 タブレットの画面に向かって親指を立ててみせた後に、再び机の下に顔を向けるななこ。そうじゃないんだけど……


 それに、たぶんななこは自分のスマホをいじっているのだろうけど、先生たちにバレやしないか、こっちまでヒヤヒヤしてるんですよ。

 副委員長のななこさん、いま授業中です。前を見てください。




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