第171話

「タケトくん。来てくれてありがとうっ」


 ——ぇ゛っ!?


 そう言ってから流れるような動作で、俺の左手に優しく触れ、そのまま手の甲に口づけをしてきたのは現生徒会長の春花会長だ。


 突然のことに驚き固まる俺。


 ちなみに俺は今、生徒会室にいるのだが、進んで足を運んだわけではなくわざわざ生徒会役員の先輩方が俺の教室まで迎えに来てくれたからこの場にいる。


 教室でみんなとお昼のお弁当を食べようとしていたタイミングでね。


 すぐにすむ話です。お時間もとりません、と丁寧に言われれば断れるはずもなく、一緒にお弁当を食べようとしていたタケヒトくんとサンちゃんに断りを入れ、騒ぎが大きくなる前に生徒会室まで行くことにしたんだよね。


 ななこ? ななこは両手を合わせていた。ごめんねって言いたかったのだろう。

 別にななこのせいではないので『大丈夫、気にしてない』とアイコンタクト。思考が漏れてるはずだからななこには通じるはずだ。


 それで生徒会室に入るなり春花会長からのこれである。

 こんなこと初めてだ、そりゃあ驚くよね。手の甲に口づけだなんて、あなたはどこぞの王侯貴族様ですか。そもそも手の甲に口づけなんて、男性が女性の手の甲にやるもの、それとも俺が知らないだけで、女性の多いこの世界では割と普通だったりするのだろうか。気にしてもしょうがないので考えないことにするけど……


 しかし、春花会長がこんな人だったとは。見た目はふんわりお嬢様風だからギャップがすごいな。


 一之宮先輩の後任だから個性も強いのかも。


「なっ! 仮にも生徒会長のあなたが何をやっているのですかっ」


 やはり彼女の行動は普通ではなかったようで、困惑していた俺の耳に生徒会役員の方たちとは違う女性の声が耳に入る。


「何をって東条さん。挨拶ですよ挨拶。挨拶は基本ですよね。ご存じないのですか?」


 その女子生徒は春花会長に白い目を向けていたが、気にした様子のない春花会長。

 ふんわりとした雰囲気の春花会長にしてはちょっとトゲのある物言いに再び驚く俺。


「あ、あれが挨拶だなんてあれではまるで……ま、まあいいでしょう。それよりもそちらの方が剛田武人様ですよね」


 春花会長からこちらに視線を移した女性がキッと俺を睨む。いや、睨んではいないのか。かなりの美人さんだが、少しつり目だからそう見えたのかも。


 そして、その隣りにも少し小柄な女性が。その女性も綺麗な感じの女性だけど、じーっと見つめてくるその表情がまったく動いていないのでちょっと冷たそうに見えるが……


「はい。俺が剛田武人です」


 とりあえず尋ねられたので名前を名乗る。


「お会いできてうれしいです。あ、申し遅れましたわ。わたくしは東条麗香と申します」


 ——ん、東条麗香?


 どこかで聞いたことあるような。


「私は海東加恵です」


 そう言葉にしてから恭しく頭を下げる彼女たち。礼儀正しくて品がある。


 しばらくはちょっと固い感じの東条先輩だったが、それも話しをされているうちにだんだんとほぐれた様子で、すぐに表情も柔らかくなったように思える。緊張していたのかも。


「今日この場を借りた理由としましては……」


 やはり俺の1つ年上の先輩方で、家庭の事情で転校してきたばかりだという。

 

 そんな中、俺がサイキックスポーツのイメージボーイを務め、サイキックスポーツを広めようとしていることを知り力になりたいと思い声をかけてきたのだと言う。うーん。


「そう、なんですか」


 とてもありがたいことだけど、家庭の事情で転校してきたようだし、まずは学校に慣れる事を優先してほしいところだね。そう思い伝えようとしたところでハッと思い出す。


 そうだよ。『東条麗香は俺の女だ』というような内容のDMが沢風くんから届いていたんだった。


 転校前の学校も沢風くんとは同じ学校みたいだし、これは間違いないだろう。

 見れば見るほど、かなりの美人さん。しかし、沢風くんの彼女さんでもある……よし、断ろう。


 どう考えても面倒なことにしかならないと思ったからだ。


「東条先輩からの、申し出は大変ありがたいのですが……実は今、友人と新しいサイキックスポーツを考案中で、もうすぐ形になりそうなんですよ」


「え」


 驚く東条さん。そうなのだ。西条葵さんの新しいプロジェクトはサイキックスポーツとしてもいけそうな内容だったのだ。


 それは念動、念体、念出のレベルなんて関係なく、ただ念力さえあれば操れる小型ロボット。サイキック、コントロール、ロボット。略してサイコロ。前世でいうところのラジコンっぽいやつ。今のところは開発中らしいが、念力バッテリーを背中に積めば念力量による個人差もなくなるので誰でも楽しめるもの。ただし、念力操作力は必要になるかも。


 葵さんは元々別の目的があって開発していたようだけど、この小型ロボットを操る上で面白いのが、VRゴーグルをつけることで、まるでその小型ロボットに搭乗し操縦しているかのような体験ができるというもの。ロマンがあるよね。


 これを使ってサッカーや野球に格闘技、陣取りゲームや鬼ごっこにかくれんぼ、出来そうなスポーツ競技から子どもがやるようなお遊びゲームなんかを手当たり次第申請してみようと思っているのだ。


 ただし、これにより既存のサイキック競技が廃れてしまっては元も子もないので、そちらは専門的な念能力レベルが求められるサイキック競技として地位向上を図るつもりだ。


「その友人とは西条さんのことですか……」


 なぜに東条さんが西条さんのことを知っているのかと思ったが、すぐに理解する。

 東条家、西条家、北条家、南条家の四家はこの国の経済を動かす大企業グループであったのだと。

 もし、ライバル関係にあるのならば他家の動向は常に把握していてもおかしくない。

 ましてや真っ先に西条さんの名前が出たところから判断すれば、すでに何か掴まれているのかも。でも……


「うーん。すみません。それは友人に聞いてからでないと俺からは何とも……」


「そう、ですか」


 東条先輩が肩を落としたように見えたが、気のせいだろう。

 それからは愛犬ポッチョと散歩をしてこの街のことを覚えるようにしていることや、春花会長が劇団歌劇にハマっていることなど雑談をしながら、生徒会役員(夏川副会長、秋山先輩、冬木先輩)の皆さんと海東先輩とミルさんとでお弁当を食べてから解散となった。


 ——ん?


 5限目の授業を受けていてふと思い出したけど、あの時は、予鈴がなり早く教室に戻ることだけを考えていたから反射的に返事してしまったけど……


 ——「予鈴もなりましたし、俺はこれで失礼しますね。ありがとうございました」


 ——「ううん。こちらこそありがとう。また何かある時は(タブレットに)連絡しますね」


 ——「剛田様。今日はお時間をいただきありがとうございました。

 せっかく面識ができたのですから、わたくしもそうさせていただきますわね」


 ——「あ、はい」


 いつもの社交辞令だろうと思い、俺は気にしないことにした。

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