第164話
スケボー先輩の名前は肥田晶さんというらしい。先輩とは何度か話したことはあったけど、名前は聞いたことなかったからね。
そのことに気づいてくれた先輩がごめんと言いつつ慌て教えてくれたんだ。
そんな先輩が息を整えゆっくりと話し始める。
「僕はタケトくん、君にとても感謝しているんだ……」
いつもは異性を感じさせない肥田先輩。そんな肥田先輩が少し照れならが話す姿は普通の女の子っぽくてとても新鮮だった。というか今気づいたけど、先輩のお胸の膨らみがいつもよりかなり大きく見えるのは気のせいなのだろうか……
カサッ
ん?
ランニング中でもおデブモードのミルさんはいつものように俺から少し離れたところで待機してくれているが、そのミルさんの手が少し動いたかと思えば自分のお胸の辺りを触っている。
あー……
たぶん俺の思考が漏れてしまったのだろう。変なことを考えてごめなさいとすぐに心の中で謝っておく。意図せず、つい目がいってしまうのは男の性(武人、沢風を含むごく一部の男性のみ)なのです。
俺は視線を先輩の顔の辺りに上げる。
ちなみにミルさん、外出時はおデブモードなのでおデブさんの体型をしているが、おデブモードを解除すると香織やネネさんにも負けず劣らず。引き締まっているのに出るところは出ていてかなりスタイルがいい。
「……?」
俺が変なことを考えていたからか少し不思議そうな顔をしながら俺の顔色を窺っていた肥田先輩。ごめんなさいと心の中で謝りつつ何でもないと首を振り先輩の話しに耳を傾ける。
「えっと、覚えているかな? あ、いや、無理に思い出さなくてもいいよ。その、僕には弟がいるんだけど……」
覚えているという意味を込めて頷くと、肥田先輩はそっかありがとうと笑みを浮かべてから話を続けた。
どうやら話したかったことというのは弟君のことだったらしい。
肥田先輩の弟君は肥田竹人君というらしいけど、なんと俺と同じ学校の同級生。しかも最近は学校にも登校しているらしい。
ということは、1年生は2人登校していたからその内のどちらかだろうけど、残念ながら1度遠くから見ただけでそれっきりの彼ら、接する機会もなかったのでどんな感じだったのかすぐには思い浮かばない。
そんな弟君とは、あまり仲が良くなかったらしいけど、それが一変したのは弟君が俺のマネを始めてから。いつからだったのかは覚えていないらしいけど、その頃から弟君の態度や言動が変わっていったらしく、今は程よい距離を保ちそれなりにうまくやれているのだとか。
——そっか……
俺はふと、お見合いパーティーで見かけた男性たちの姿を思い浮かべて首をふる。
後で知ったことだが俺がいた会場はまだマシな方。であれば男性のいる家庭は、普通(女性だけ)の家庭よりもずっと大変だろうと容易に想像できたからだ。
持ち家を得てからが特に酷くなる傾向にあり、俺の家に住まわせてやっているんだぞって傲慢さが加速するらしいのだ。
これはネットの書き込みを見て知ったことだが、今思えば、俺自身もそんな感じだったように思える。
それでもそんな男性に愛想を尽かすどころか、目一杯男性に尽くそうとしてくれるこの世界の女性はかなり寛容なのだろうね(個人差はあるが、これはタケトたちがメディアデビューする前までの話で、そんな考え方を変えたのがタケトや沢風、シャイニングボーイズである)。
先輩の言葉は正直かなりうれしかった。俺の歌が女性だけでなく男性にも多少なり良い影響を与えていたということが……
——母さんとマイは元気にしてるかな。
だから思い出してしまった。文句一つ言わず笑顔で接してくれていた母と、俺のことを兄と慕い気づけばいつも近くにいてくれた妹のマイの姿を……
「タケトくん。君のおかげなんだ。ありがとう」
肥田先輩のはにかんだ笑顔と妹の笑顔がふいに重なる。
「……そうか「た、タケトくん!?」」
「へ、あ、ああっ! 俺、その、すみません」
気づけばハグをしながら先輩の頭を撫でていた。俺は慌て先輩から離れた。
「俺は先輩になんてことを……」
これってセクハラだよな。どうしよう。
「大丈夫だよ。僕は見ての通りお胸はないから……っ!?」
気にしてないよ、とさわやかイケメン風に振る舞う先輩が髪をサッと搔き上げた次の瞬間、何かに気づいた先輩が自分のお胸を押さえて座り込む。
「違う。違うの……」
ぶつぶつと何やら呟いき始めた先輩。しかも、先輩の瞳のハイライトまで消えている。ひょっとして先輩はお胸があることを知られたくなかった? 本当は大きいことを隠しておきたかった? 分からない。分からないが俺のせい、だよな。いつもさわやかな先輩がここまでおかしくなるなんて、これは責任をとらないといけないレベルなんじゃ……
「せ、先輩。すみません。そ、その俺お胸の大きい女性は素敵だと思いますよ……」
「もう学校に行けない……」
ダメだ先輩、ぜんぜん俺の話を聞いてくれない。
「俺誰にも喋りませんし、なんなら責任だってとりますから元気だしてください」
「!? ダメだよ。僕、もう、学校いけない。行ってはいけないよ」
責任を取ると言った時には少し反応してくれたけど、すぐに両膝を抱えて顔を埋めた先輩。まずいと思いとにかくリラクセーションを使いつつ声をかけ続ける。
「学校って大学のことですよね? 先輩は進学するんですね」
「大学は金銭的に無理。だから就職したよ……ん? 就職? あっ……卒業したんだ」
そこで何かに気がついた先輩が顔を上げると、気まずそうにしながらもゆっくりと立ち上がった。
「……えっと。タケトくん。その、ごめんね……」
金銭的な理由でブラが買えなかった先輩はさらしを巻いて過ごしていた。とある理由でボーイッシュな格好で過ごしていた先輩にはそれも都合が良かったらしい。
でも本当だろうか。先ほどの反応……トラウマ? それともイジメられて……心配するレベルだったけど。
悪い方悪い方に考えてしまいそうになり慌てて首を振る。
——でもな……
聞こうかどうか迷っていても先輩の話は進む。
どうやら先輩はサイキックスポーツのチームがある第一志望の企業に就職できたらしい。
「そうだったんですね! おめでとうございます」
「うん。ありがとう」
だから俺がサイキックスポーツのイメージボーイになってサイキックスポーツを盛り上げようとしていることをとても感謝された。
なんかうれしいね。でも、聞きたいことはそれじゃないんだよな。
「あはは……」
俺の意図に気づいたっぽい先輩が頬を掻きながら目を泳がせる。もしかして言いにくいことだったか? そういえば、先輩はわざと話題をそらしていた気もする……
って俺は何を。元々は俺がハグしたのが悪い。それでいて言いにくいことまで無理やり言わせるようとするとか、ないよな。
「すみません。無理に話さなくても大丈夫です」
「……そう。やっぱりタケトくんは優しいな」
何やら一人納得したように頷いた先輩がすぐに口を開いた。
「えっとね……」
「先輩?」
俺が止めようとしても大丈夫だからと言って話を続ける先輩。
それは入社予定の企業、面接時の出来事。
先輩はその時、お胸のサイズを聞かれて不思議に思いつつも正直に答えて見事採用となっている。
その時は意味が分からなかったが、海外のある研究者がお胸の大きさ=念力量の高さだと発表したことを聞き、採用された理由を知る。
その話は俺も聞いたことがあった……
海外の念能力研究者がお胸が大きい人ほど念力量が高い、男性の念力量が低い傾向なのもそのせいだと発表して大炎上しているっぽいのだ。
ミルさん曰く、能力の熟練度を高めたり念力操作を磨けばある程度は念力量をカバーできるのでそこまで気にする必要はないらしい。俺もそれには納得。
でも、ほんとかどうか分からないけど、それは炎上するだろうと俺でも思った。だって人によっては差別的発言とも捉えるだろうから。
もちろん、その騒いでいる人たちは女性ばかりで男性ではない。
そんなことで今は世界中で豊胸手術を受ける人が増えているとかいないとかネットのニュースにも上がっていた。
先輩はちょっと複雑そうな顔をしていたけど……
そういう話があるのはたしか。
だから今後、サイキックスポーツのチーム内で、さらしを巻いて胸を隠すことは自分にとって不利にしかならないと判断してさらしを巻くのをやめたところだったらしい。
でもまだ慣れていなかったことや、学生の頃のことを思い出して先ほどの反応になってしまったというわけだ。
まあ、それでも突然ハグをした俺の方が悪いんだけど。
「あまり邪魔しても悪いですので俺はそろそろ行きますね」
先輩は弟君のこととサイキックスポーツのことを話したかっただけだ。
これ以上は鍛錬の邪魔にもなる。俺もランニングの続きだ。
「あ、そうそう。竹人君とは今度校内で見かけたら話しかけてみようと思います。それじゃ先輩、俺応援しますから就職先でも頑張ってください」
俺が軽く会釈をして踵を返したところで、
「タケトくん! 待って責任は!?」
慌てた様子の先輩から呼び止められる。
「へ?」
「さっき責任取るって……」
言った。たしかに言った。先輩を傷つけてしまい悪いと思ったから言った。先輩ちゃんと聞いていたんだ。
「あはは。そう、ですね。俺にできることなら……」
「なーんてね。だからそんな複雑そうな顔をしないで。責任を取ってというのも冗談だから。ただ本当に伝えたいことをまだ言ってなかったから……」
ちょっとだけ顔を赤らめた先輩。なんだろう。かなり緊張しているっぽいぞ……
先輩は大きく息を吸ってから深呼吸をすると、俺に向き合い姿勢を正した。
「孤独で心が折れそうになっていた時、僕は君の歌に、君の存在に心が救われた。男性の君が頑張っている姿を見て僕も頑張ろうと思えた。
心が折れることなく、こうして卒業することができたのも、サイキックスポーツ選手になるという夢を諦めずに一歩近づけたのもタケトくん。君がいてくれたおかげなんだ」
そこでもう一度深呼吸をした先輩の瞳が俺に向けられる。
「学校を卒業して社員寮に入る僕には、こんな機会はもう2度と来ないと思うから伝えます。
僕は君のことが好き。タケトくんのことが大好きになっていたんだ。
だからもし、僕が今のチームでサイキックスポーツ選手の代表として選ばれることができたのなら……僕のブレスレットを……どうか受け取ってほしい」
右手を差し出し頭を下げる先輩。その身体は小刻みに震えていた。
——先輩……
俺は震えているその手を両手でそっと包んだ。
「先輩、いや、晶さん。俺待ってます。晶さんのブレスレット……俺、楽しみに待ってますから」
「!? ぐすっ……ぅん。僕、絶対に代表選手になるから。だから待っててよ」
涙を払い笑顔を向ける先輩。なんだか立場が逆転していた気がしないでもないけど、先輩のことは嫌いじゃない。それどころか夢に向かって努力しようとする先輩は好ましく思うし、応援したい。
その後は連絡先を交換して俺はランニングを先輩は鍛錬を再開した。
ちなみに、この日を境に香織とネネさんとミルさんがお胸を大きくしようと色々と奮闘し始めるのだが俺がそのことに気づくのはもう少し先の話である。
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