第163話 肥田晶視点

「ふぅ……少し休憩しようかな」


 僕はスケートボードから降りて座り込む。僕が今こうして無事に学校を卒業でき鍛錬に励むことができるのも剛田武人くん。彼のおかげだろう。


 僕は高校に入学してから買った愛着のあるスケートボードに視線を落とす。


 あの頃の僕は弟の事もあり男が嫌いだった……


 そっかあれから5ヶ月か。たった5ヶ月で弟は変わり僕の生活も変わった。もちろんいい意味で。


 そんな僕は肥田晶(こえたあきら)18歳。来月からは念導具を開発販売している二ノ宮念導社で働く社会人だ。


 しかも僕が続けたいと思っていたサイキックスポーツのチームのある企業で、ありがたいことに社員寮も完備していた。


「そういえばタケトくんと初めて会ったのもここの河川敷だったよね……」


 タケトくんと初めて会ったあの時の僕は男性であるタケトくんのことをかなり警戒していた。


 傲慢横柄当たり前。男は気分によって態度がころころ変わるからだ。

 だが、そんな彼の側には保護官もおらず態度も弟とは全然違った。というか今まで見てきたどんな男とも全然違った。


 気づけば一緒にスケートボードをやっていたよ……ほんと不思議な男の子だった。


 そんな彼は同じ学校でとにかく目立っていた。無理もない。彼は学校では唯一の男性だから。教室に居ても彼が話題に上がらない日がないのは当然のこと。


 自分から近づくことはしなかったがタケトくんが何をしたか、何をしているのか、どこにいるのか、そんなことは教室にいても普通に耳に入った。


 しかも女性に優しく横柄な態度をとることもないと聞いていれば彼に抱く印象は自然と好意的になものになっていた。


 体育祭では少し接点があった。彼はウワサ通りで優しい人物。だがそんな時に決まってチラつく弟の顔。恐怖が勝りそれ以上近づくことはできなかった。


 それでも気になっていた彼を追って文化祭ではステージ上に立つ彼の姿を遠目に見れば彼の歌声に感動して心が震えた……

 しばらくすると彼とコラボしたことのあるネッチューバーが切り抜き動画をアップしていて私はそれを何度も視聴した。

 そうこうするうちに彼を中心に活動する武装女子チャンネルが開設されていると聞き、僕はすぐにチャンネル登録をした。


 その歌に僕は毎日のように励まされることになった。というのも僕は弟から見下され母からは居ない子扱い。母は弟ばかりを気にかけていたからだ。


 僕のボーイッシュなスタイルも少しでも母の気を引きたかったからだ。でもそれは無駄な努力で母の態度は変わらず弟からは小馬鹿にされていたけどね。


 そんなある日、母が家から追い出されることになった。


 母は追い出されて当然のことをした。

 それは弟が16歳になってすぐに、母が弟の妻となる女性を連れてきたことから始まる。


 その女性は仕事人間(本人がそう言っていた)で別宅に住んでいるため週に1、2回弟に逢いにくるだけの常識のある女性で、僕の生活は何一つ変ることはなかった。


 だが不思議と母だけがどんどん派手になり金遣いも荒くなっていく。


 そんな母の様子におかしいと思った僕は、母の行動をこっそりと監視した。


 すると意外なほどあっさりとその理由を突き止めることができた。母がその女性からお金を貰っていたのだ。

 弟に逢いに来る度に母がその女性にお金を請求していたのだ。


 母は昔から金遣いが荒く、僕のバイト代だけでなく弟の男性手当すら平気で手をつけていたからすぐに納得してしまった。母ならやりかねないと。


 なぜ分かったのかというと弟に買い与えているマンガの量がそれほど多くないからだ。なのに母は毎日のように手当が少ないからこれだけしか買ってあげることができないと弟をうまく丸め込んでいた。


 僕も自身もそのことに気づいたのが高校に入ってバイト代を母に手渡すようになってからのことだから、僕より世間を知らない弟は気付くはずもなかった。


 それでも、バイト代を渡す時だけは母が僕のことを見てくれていたから、それでもいいと思っていたんだよね。

 ほんとあの頃の僕はどうかしていたと思う。


 その頃の母もバレないことが続き行動も大胆になっていたのだろう。母のそんな行動があっさりと弟にバレたのだ。この時にバレていなくても時間の問題だったかもしれないが、この家は弟の家だ。弟が出て行けといえばそうせざるを得ないかった。


 弟の側には証人となる保護官もいる。その保護官が本気で動けば最悪、刑務所行きだってあり得る話し。


 母からすれば、変な虫(女)がつかないように保護官を雇ったはずが、逆に自分の首を絞める形となり素直に出て行くしかった。

 醜く悔しそうに歪む母の顔。そんな母の口から出てくる言葉はいい訳ばかり。しまいには僕や保護官に罪をなすりつけようとまで。


 正直精神的にはかなり参っていたが、弟は意外にもそんな母の言葉にはまったく耳を傾けることなく、それどころかクソババアと一蹴して無駄に抵抗する母を驚くほどあっさりと追い出した。


 よくよく考えてみれば妻となった女性から詳しく話を聞けばすぐに分かることだと納得する。


 あんな母に僕は今まで構ってほしいと思っていたのだと思うと悔しくて涙が出たが、心のどこかでは母に期待する気持ちをすでに諦めていたのだろう。意外なほど簡単に受け入れることができ気持ちもすぐに落ち着いた。


 ただ、気持ちが落ち着くと、次は僕が追い出されるのではないかとすぐに不安になった。


 母はたぶん貢いでいた夫の元に走るだろうが僕にはそんな場所や頼れる存在もない。


 児童養護施設に入りたいが、その施設は18歳までで僕はすでに18だ。

 中学から始めた新聞配達のバイトに、高校に入ってから始めた飲食店でのバイト代は、すべて母に渡していたので一銭も残っていない。

 今追い出されると間違いなくホームレスだ。


 ビクビクと過ごす毎日だったが、いつからか弟の態度が変わっていた。


 そう、それは弟がタケトくんの髪型や服装をして時には鼻歌だって歌いだしてからだ。


 僕を見下していたイヤな目つきだってなくなった。

 それどころか保護官が弟だけでなく僕の分の食事なんかも準備してくれるようになっていたり、妻となった女性を自宅に泊めるようになったり、年が明けてからは妻を3人に増やしていたが、仲良くやっているように思える。


 そして今でも信じられないのが、弟がスケートボードを教えてほしいとお願いしてきたことだ。


 なぜスケートボードなのかはタケトくんが出る番組は必ずチェックしている僕にはすぐに分かってしまったので、僕は二つ返事で引き受けた。


 弟はタケトくんと違って念動レベルが低いようなので宙を舞うことはできないが、それでも練習の成果はあり、自分で10メートルほどは走らせることができるようになりとても喜んでいた。


 スケートボードをやっていくうちに外に出ることにも抵抗がなくなったのだろう。弟は学校にも通うようになった。特別教室なので僕や他の生徒たちとも会うことはないが、2年生になれば普通の教室に通うことになるらしい。


 結婚はできないだろうと話していた1年生の学年主任である堤先生(33歳)と弟が婚姻する話を聞いた時には驚かされたが、僕も新学期になれば剛田武人くんと同じクラスになれたらいいのにねと、伝えてやれば弟は口を開けて驚き、次の瞬間には嬉しそうにはしゃいでいたのを思い出す。


 ふふ……


 剛田武人くんと同じ学校だということを弟は知らなかったんだよね。

 いつ気づくだろうかと思い見守っていたが、午前中に登校して数時間で帰宅する。他の生徒には合わないから出会う機会がなかったらしい。


 ちょっとしたサプライズにはなったかな。2年生になりみんなから注目を集めるから少し面倒だと言っていたが、今は新学期を楽しみにしているようだった。


「休憩終わり。よっ」


 僕はいつものようにスケートボードに乗り宙を舞う。クールタイムで滑空してしまうけどうまくやればタケトくんのように飛び続けることが可能なはずだが、1度、2度とクールタイムを繰り返していくうちに集中力が途切れてバランスを崩し着地する。


「はあ、はあ……もっと頑張らないと」


 うれしいことに僕はサイキックスポーツチームのある企業に就職できた。僕の狙っていた企業にね。


 しかも、いつの間にかタケトくんがサイキックスポーツのイメージボーイをやることになっていて僕のやる気も鰻上り。


 すぐすぐ代表選手にはなれないだろうけど、入社する前に少しでも念力操作を身につけたい。


 僕は毎日のように朝から鍛錬していたのだが……


 ん? え!? もしかしてタケトくん? そう思った時にはついタケトくんに向かって両手を振っていた。するとどうだ……


「わ、わ……」


 タケトくんが僕に気づいて手を振り返してくれた。しかもこっちに向かってくる。


 ど、どうしよう。卒業式のハグは照れくさくてすることが出来なくて、後から後悔していたけど、まさか、タケトくんに逢えるなんて……


 そんな事を考えていると、タケトくんがあっという間に僕の目の前に…


「ご、ごめんっ! ランニングの邪魔をするつもりはなかったんだ」


 僕は慌てて頭を下げて謝罪した。


「えっと、いや、気にしないでください。俺が気になっただけですから」


 タケトくんの視線が僕のスケートボードの方に向けられているけど、こんな機会はもうないだろうと思えば覚悟も決まる。


 僕がずっと伝えたかったこと。タケトくんへの思いと感謝を……弟のこともそうだ……サイキックスポーツのことだって……あ、あれ、ちょっと待って、色々と話したいことがあって、何をどう伝えればいいのか分からなくなってしまった。


「……えっと、たいした用事じゃなくて、ただ僕は君にお礼を言いたかったというか、なんと言うか……あはは、突然こんなこと言われても意味がわからないよね」


「そう、ですね」


「あはは……ちょっとまってね。話したいことがたくさんあって、考えがまとまってないみたい」

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