第158話 (東条麗香視点)
「はい、はい……手続きはすでに終えておりますが……えっ、婚約っ!? いえ、すみません。はい、問題ありませんわ。はい。はい、お任せください。失礼致します」
わたくしは東条麗香。お母様からのMAIN電話を切り椅子の背もたれに寄りかかる。
「……ふぅ」
お母様から伝えられた内容はあまりいいものではなかった。思わずため息をつきたくなりますが、
「お嬢様……」
側仕え兼友人でもあるカエが不安そうな顔をわたくしに向けておりましたので深呼吸をして我慢です。
「大丈夫よカエ。わたくしはわたくしのやるべきことをやるだけよ、何も問題ないわ」
「はい」
カエもまた、スピーカー通話によりわたくしとお母様との会話を聞いていた。
これはわたくしのスケジュール管理をカエに任せているためでありスケジュール調整をスムーズに進めるためでもあります。
そんなカエがわたくしの顔をじっと見てきます。
——お見通しってことよね。
カエとの付き合いは長い。わたくしの強がりなんてカエには通じないのよね。
「あーあ、西条朱音さんに先を越されたわね」
わたくしが少しおどけて言えばカエがふふっと笑う。
「そのようですね」
沢風和也の件は、もともと男性に期待していなかった東条家にブレーキをかけた。男性に過度な期待は危険だと。剛田武人様も人気が出れば沢風和也と同じような行動をとるようになるのではないのかと。二度目はないと過剰なほどに慎重に事(男性に対しのみ)を進めていた。
我が東条グループ関係者に武装女子チャンネルに登録するような指示がなされたのもそう、登録者数が増えた彼がどんな行動を取るのか図るため。
実際、わたくしは登録はしましたが忙しさを理由に中の動画は一度も拝見したことはなかった。
男性の行動をチェックしているくらいならばわたくしの将来に向けて、帝王学や経済について学んでいる方が建設的だと思っていたからだ……
ごめんなさい。わたくし嘘を言いましたわ。何度も彼の歌は聞いておりますし、彼の出演した歌王夜は録画してしっかりと保存しておりますわ。
うたコラボ番組では知らなかった一面が知れて、わたくしのますます気になる存在に。
だって、あの念力操作は努力なくしてできるものではないとすぐに理解できましたから、彼は沢風和也と違い努力もできる人間。そんな男性は稀少なのです。わたくしのこの気持ちは……
しかし、彼が目立ってきたことで、厄介な情報もすぐに上がってきました。
それは西条家だけでなく、北条家や南条家までもが彼を取り込もうとしているというような情報です。
特に西条家と南条家はすでに彼と接触しておりますので油断なりません。正直焦りましたが、お婆様やお母様は慎重になっているのか唸るばかり。それどころか、もうしばらく様子を見てもいいのではとあまり気にしていない様子……
わたくし知っていますの。お婆様とお母様が東条家に忠実な男性タレントを密かに育てているのを。
わたくしは嫌な予感がしました。そちらがうまく育てば武人様に拘る必要がないと思っているのではないのかと……そうなればわたくしの婚約者もその中の誰かになってしまうのではないのかと……
武人様を知る前だったらそれでもよかったのですが、今のわたくしは……
そんな時に「自分の目で確かめてみてはどうですか」と背中を押してくれたのがカエ。わたくしが何も行動を起こさなかったのが歯痒かったのでしょう。わたくしの気持ちなど付き合いの長いカエにはバレているのでしょうから。
でもそんなカエの一言があったからわたくしも覚悟を決めて行動に移すことができました……
わたくしの気持ちがバレないかと冷や冷やでしたが、彼のいる学園に転校し彼を側で見極めたいと。4月からわたくしは3年になりますので、期限は一年間しかありませんが、しっかりと見極め、東条家のためになるようならばわたくしの婚約者として取り込み、期待外れならば普通に卒業すればいいと、幸い、彼の通っている学園のレベルは今の学園とそうは変わらない、わたくしのこの行動は東条家のためになるとね。
その時のお婆様とお母様、そして叔母様たちまで大変驚いていましたが、わたくしの気持ちが伝わったのでしょう。それからは終始笑顔でわたくしの話を聞きすぐに許可をしてくれました。
あれほど悩んでいた自分がバカらしくなるほどあっさりとね。
武人様の通う学園にはもちろんカエと一緒。その手続きを終えホッとしていたのも束の間。
お母様からのMAIN電話で西条朱音さんとの婚約を知りました。
東条家は西条家に出遅れてしまったのです。
「婚約はリードされましたが、婚姻はわたくしの方が先ですわ(年齢的に)」
「ふふ。そうですね」
お婆様たちと交渉したあの日から武人様の情報は逐一報告してもらえるようになり、武人様の人となりが見えるようになると、武人様とお会いする日がとても待ち遠しく思えるようになっていた。
そんなある日、カエからの報告を聞き私は深くため息をつく。
「はあ、どうしようもなくおバカなのですね」
元婚約者の沢風和也さんが法務局で暴れて警察沙汰になっていた。
どうやら、あのおバカは潰れかけて自己破産間近だった『トアルネットテレビ会社』と『そこそこ芸能事務所』を買収(代わりに億単位の借金返済)したらしいが、代表者どころか会社株の所有すら認められずに寄付扱いにされて大激怒。
代表者たちはいきなり買収すると言いつつ乗り込んできたおバカに、キチンとその辺りのことを説明したらしいが、おバカはそんな代表者たちの話に耳を傾けるどころか、僕を騙そうとしても無駄だ、聞く耳持たずに借金をすぐに返済した。
それから、すぐに今日からここは僕の会社だからと声を上げたかと思えば、手続きに行くからと法務局までの同行を強要されたのだとか。
暴れに暴れたおバカは自身の保護官に警察官が来るまで取り押さえられる。
警察署内で警察官と法務局職員立会のもと再び話し合いをし、折衷案として未亡人となっていた代表者たち(60歳と62歳)が妻となることでその場を収めようとしたらしいが(娘はすでに結婚していたため)、ババアの妻など誰がいるか! と逆上して代表者を殴りつけようとして、今度は警察官から取り押さえられ、今は留置場で頭を冷やしているのだとか。
「彼との契約は?」
「ドラマが一本残っていましたが、体型が変わり途中から降板になりましたので、今は何も」
「そうですか。では放っておきましょう」
下手に庇ったり、芸能事務所を解雇したとしてもいい事ないと考えたからだ。
「そうですね。それが賢明かと」
「それよりもカエ。転校後の住まいは……」
「はいお嬢様。候補先をいくつかお持しておりますよ」
満面の笑みを浮かべながら、プリントした不動産情報を差し出してくるカエ。なんだかその顔、腹が立つわ。
「カエ。か、勘違いしないの、わたくしはあくまでも東条家のために……」
「ふふ。そういうことにしておきますね」
「そういうことも何も、わたくしは……」
「はいはい」
もちろん、わたくしが抑えた不動産は武人様の通学路にある一軒家。ふふ。
ちなみに元婚約者の沢風和也さんは代表者たちを妻に迎えることで話をまとめたらしいが経営状況は厳しいまま。再び借金して悩むくらいならばとその会社は廃業することになったらしいとカエから報告があった。
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