第155話

「朱音さん久しぶり」


「……ん」


 ゲームアバターなので朱音さんが今どんな表情をしているのかは分からない。

 でも、いつもの朱音さんなら、俺が行き詰まっているクエストがないかすぐに尋ねてきて、そのクエストを進めながら雑談をするのがいつもの流れだが……


 今日に限ってはフリーズしたかのように一歩も動かない。これはブレスレットのことを気にしているから、だよね……


「……実は朱音さんが送ってくれたブレスレット、朱音さんに確認する前に嵌めちゃったけど大丈夫だったかな……」


 朱音さんから贈られたからといって、これが正式なものだと思えなかったのは、朱音さんはまだ学生で1つ年下だったのもあるけど、1番は朱音さんの家柄を気にしてだ。


 普通の家庭ならば親の同意はいらないらしいが、朱音さんは西条家財閥のご令嬢、朱音さんの意思とは関係なく親の意向によっては反故になる可能性はある。俺の勝手な憶測だけどね。


 ちなみに男性(俺)は誰と結婚しても女性側(今回の場合は西条家)の家庭の事や事業の事について口出す権利はないし相続権も発生しない。相続権が発生するのは2人の間に出来た子ども(女性のみ)だけだ。


 同居も強制ではないので、ほとんどの男性は結婚したからといって生活環境に変化はない。

 ただ男性の意思とは別に貢ぎ(尽くし)すぎて身を滅ぼす女性もいないこともないで、それなりの家柄になると親の介入もあったりする。


 俺の場合は、妻となってくれた女性とはなるべく同居したいと思っているから、多少の変化はしょうがないけど、それでも妻たちの家柄を傘に着て何かできるかと言えば、何もできないのが当たり前。

 でも、親戚一同、俺のことをかなり気にかけてくれるので、香織とネネさんにかかってくるビデオ通話にはちょこちょこ顔を出してお礼を伝えている。


「大丈夫……でも……いいの?」


 アバターの表情に変化はないが、どこか不安そうな返事をする(ボイスチャット)朱音さん。大丈夫だと言う割には珍しく自信なさげなのが気になる……


「もちろんだよ朱音さん、それに……」


「アカネ」


「ん?」


「アカネがいい。結婚はまだできないけどタケトくんがいいと言ってくれたから、もう婚約者。だからアカネ」


 先ほどの不安そうな声がウソだったのかと思うほど、いつもの朱音さんだ。ちょっとホッとした。せっかく婚約者になったのに仲良くするどころか、逆に関係がギクシャクしてしまったら元も子もない。


「分かった。朱音さ、じゃなくてアカネが良いというならそうする」


「ん。じゃあ続き」


 アバターが頷き続きを話せと促してくる。マイペースというか、なんというか。まあ、それがアカネらしいといえばアカネらしいけど……


「……改まって話すとなると、ちょっと照れくさいようは気がしてきたんだけど……」


「尚さら聞きたい。話して」


 アカネのアバターが何度も首を振る。時折みせる子どもっぽい言動もアカネが1つ下だと知った今となってはかわいいな……でも、それはそれとして、やっぱり恥ずかしい。


 やっぱりやめようかな……って無理っぽいな。アカネは椅子に腰掛けるエモートをしていて聞く気満々の姿勢だ。


「はあ、分かったよ。えっと、その……アカネとは妖怪ハンター(オンラインゲーム)の時からの付き合いだから、家族以外の異性では付き合いが1番長かったんだ」


「……」


「嘆願書もそう。あれもアカネだったんだよね? ……あの時は気持ちが結構いっぱいいっぱいで視野が狭くなっていたというか、発起人が西条朱音さんなのにアカネだと繋がらなくてちゃんとお礼も言えてなかった」


「……」


「アカネ。今さらだけどちゃんとお礼がいいたくて、あの時はありがとう。あれがあったから、俺を応援してくれるみんなの声を届けてくれたから、俺はみんなのためになるよう頑張ってみようと思えたんだ。でなければ俺は今でも1人で引きこもっていた自信がある。

 だから、今は俺があるのはアカネのおかげだ」


「それは……大袈裟」


「ううん。そんなことない。アカネのおかげ。それで、そんなアカネの事を考えていたらさ、なんだかうれしくなって、気づいたら嵌めてたんだよ」


 俺はゲームアバターに左手を突き出すエモートさせる。


「アカネ、ありがとう」


「……逢いたい」


「ん?」


「タケトくんに逢いたい。逢いに来て」


 アカネはテレポートを使ってすぐにでも来てほしいという。なぜ知っているのかといえばミルさんが報告していたから、ではなく、俺が前にあかね色々チャンネルにお邪魔した後、その帰りに使ったテレポートを見られていたから。


「いや、さすがにそれは。もうすぐ21時だよ」


 婚約者になったとはいえ時間的にさすがにまずいだろう。それに、あと1時間もすれば香織に充電だと言われて抱きつかれ、その後は、ネネさんとミルさんとの時間になる。


「飛んでくれば問題ない。来て」


『タケト様』


 俺の隣で首を振るミルさん。こうなるとアカネは一歩も引かないらしい。

 すでに俺の腕に自分の腕を絡めているミルさんが、いつでもオッケーだと言わんばかりの顔で頷く。


「分かったよ。でもちょっとだけだよ」


 携帯ゲーム機は放置しておけば勝手にログアウトしてスリープ状態になるからヨシとして……


「ん」


 場所は一度お邪魔したことがあるアカネさんの部屋だというので、さっそくテレポートを使って移動しようとしたその時だ……


「タケトくんやっぱり今日はだめ……あ、あ、姉さんが何で……ふぎゃ」


 そんな声を残したアカネのアバターがスッと消え、すぐにアカネがログアウトしたとのログがさっと流れる。


「アカネ?」


 ログアウトしているから聞こえるわけないんだけど、ついアカネの名を呼んでしまったよ。これからどうしよう。ミルさん、俺たちもログアウトする? そんなことを思った時だった。


「タケトくん。久しぶりだね」


 アカネと入れ替わるようにログインしてきたのは……


「えっと、もしかして葵さん?」


 葵さんによく似たオリジナルアバターが俺たちのすぐ目の前にすっと現れた。

 何度か会ったことあるので葵さんで間違いないと思うが、その姿がちょっとおかしい。


 いつもの清楚系のワンピースではなくビキニアーマーを身につけているのだ。

 しかも、その手には葵さんのアバターの体型には不釣り合いな重剣(大剣を超える重量を持つ巨大な重剣)。破壊力はあるが動きが遅くなり扱いづらいため、かなりプレイヤースキルが求められる武器。俺は使いたくないが。


「はい。葵ですよ」


「知らなかったです。葵さんもゲームするんですね」


「しますよ〜。こう見えて、私は運営側の人間ですよ。テストプレイでもかなりやり込みました」


「なるほど。そっか、そうですよね」


「ふっふっふ。今日はアカネがタケトく……じゃなくて、アカネがゲームをしているのが見えたから、私も久しぶりにログインしたくなっただけなのよ」


 それからミルさんと葵さんと普通にクエストを一つ消化ししてログアウトしたけど、重剣とビキニアーマーの組み合わせは色々とよくない。

 葵さんはオリジナルアバターで変にリアルだから、めちゃくちゃ上手いのに何かが揺れて目のやり場にとても困る


 あ、そうそう。途中、ドロップしたというウエストバングルという腕につけるアクセサリーを葵さんからもらった時に気づいたけど、俺のアクセサリー装備欄がなぜか増えていた。


 ……なんで? と思ったが、なんてことない。葵さんがただ単に仕様が変わっただけだと教えてくれた。

 装備したらブレスレットと重なっているのにどちらもアバターに反映されてて普通にすごい。


 最後に楽しかったからまた一緒にやろうと言われたので快諾(ゲーム仲間が増えて嬉しかった)したけど、できれば装備は変えてほしいけど、能力の高い装備でお気に入りだと言っていたから無理だろうな……

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