第150話

 1年生かな? 他のクラスで見たことある子だ。その部員(女子生徒)が念道バック(自立型のサンドバックのようなもの)に向かってパンチを当てた。


 ダンッ!


 豪快な音と共に、そのマシンの下辺りに108という数値が表示されている。


「おお……」


 100超えだ。これはすごいんじゃないかな。思わず拍手をおくってみる……


「はあ、はあ、ども……」


 パンチをした部員は肩で息をしながらも、片手を挙げて応えてくれたが、表情は納得いっていないような顔をしている。


「うーん」


 俺に付き添ってくれている部長さんも首を振っている。2人の反応を見た限りだと、これはあまり良い数値ではなかっただろう。


 ——簡易パワー測定マシンか……


 正直に言えば触ってみたい。念体を使いその破壊力の高さを競う『サイキックパワー』という競技の練習マシンだ。

 ちょっと年季が入っているように見えるけど、すごく気になる。


 この競技はとてもシンプルで念体を使いパワー測定マシンに向かってパンチをするだけ。


 ただし、この競技というかマシン事態が、力任せにパンチを当てたとしても意味がなく、念体の制御が甘ければ数値は低くなる。シンプルだけど繊細な競技だ。


 実際に部員さんが普通(念体なしの)のパンチをマシンに当ててもらったけど表示は0のままだった。


「部長さん、108という数値は、大会ではどの辺りまでいけるんですか?」


「うーん。120はないと予選落ちしちゃうかな」


 なるほど、だから彼女は納得のいっていないような顔をしているのか。


「あ、でも1年生で言えば頑張っている方だよ。ちなみに部長の私の最高記録は161です。えっへん」


 ちなみにサイキック仕様のこのマシンでは測れないけど、念体なし(素の状態)でも一般女性は平均30〜60は出せるらしく、男性の記録は1つもない。


「すごいですね」


 部員さんが得意気に胸を張りすごく褒めて欲しそうな顔を向けてきたので、素直に褒めておいた。150を超えてからは数値を1上げるだけでもかなり苦労するらしいのだ。


 そんな話を聞くと、鍛錬時にすごい動きを見せてくれるミルさんだとどれくらいの記録が出るのだろうと少し気になってしまうが、パンチを当てた部員はまだその場で息を整えている。


 念体を展開中はまるで水中の中で活動しているかのような抵抗を受けかなりに疲れるからね。


 それでも普通ならパンチを1つ放っただけで肩で息をするほどのことでもないと思うが、彼女の場合は俺がいることでハリキリすぎて少し空回り、さらに今の1発にかなり集中していたから疲れが一気に押し寄せてきたって感じかな。


 まあ、俺の場合はレベル1だから抵抗という抵抗はあまり感じられず、ヒーリングの恩恵もあるから疲労感もない。

 あ、でも念力はスーッと抜けていく感覚はあったりするが、テレポートや念動で飛行している時に比べたら大したことないかも……なんてことを考えていると、


「タケトくんもどうかしら? やってみたくなったでしょ」


「うわっ」


 そんな声が突然、俺の耳元に聞こえて大慌て。反射的に身体を仰け反らせて振り返れば能力先生と新山先生が俺のすぐ後ろに立っているではないか。びっくりしたんですけど。

 さおりたちは分かっていたのかくすくすと笑っている。よし、あとで脇腹をつんつんだな。

 ななこにはすぐにバレていたけどまあいいや。


「能力先生でしたか。今日はお邪魔してます。あれ、新山先生は……見学ですか?」


「そ、そんなところかしら」


 俺が新山先生と会話をしていると、


「集合! 礼!」

「「「お願いします!」」」


 トレーニングをしていた生徒たちが部長さんの掛け声に合わせて集まり能力先生と新山先生に向かって挨拶をする。もちろん、俺たちも部員ではないけど一緒になって挨拶したよ。


「はい。今日もケガがないよう気をつけていきましょうね」


「「「はい!」」」


 能力先生から連絡事項が伝えられると、各自トレーニングを再開させる。


「タケトくん。それでどう? やってみたいでしょ」


「そうですね……」


 やってみたくないかと言われれば正直やってみたい。でもな、念体レベル1の俺がやったところで部活の邪魔にしかならないと思うんだよな……


「邪魔になるからとか考えなくていいわよ。ほら、男性がこの競技に参加するなんてこと滅多にあることないじゃない。みんなにも良い刺激になると思うのよ」


 そういうことか、と考えた次の瞬間には、


「能力先生! タケトくんに無理強いはしないとの約束でしたよね」


 新山先生が俺と能力先生の間に割って入り能力先生を睨みつける。


「無理強いじゃないわよ。タケトくんにどうかなって尋ねているだけよ。せっかくの機会だから、ね」


 せっかくの機会というのは、最近決まった校則に、男性も部活に参加していいことになったようだが、それは部活顧問がいる時に限るらしく、その事を言っているのだ。

 俺はバンドをしているから部活をする気はないと思っていたけど、こういう事もあるのかと納得。


 そんな新山先生を見てもまったく動じない能力先生も能力先生だけど、俺のことで2人の仲が険悪になっても困る。


「新山先生大丈夫です。俺もやってみたかったんですよ」


「タケトくんならそう言うと思っていたわ」


 俺の言葉に笑みを浮かべ能力先生と、えっ、と驚き顔を向けてくる新山先生。

 そんな新山先生の顔を見て申し訳ないと思った俺は新山先生の前に出るタイミングで耳元に素早く顔を近づけると、


「新山先生、庇ってくれてありがとうございます」


 小声でお礼を伝えた。かなり早口になってしまったけど、伝わっただろうか。新山先生が俯いているのが気になる。


 ————

 ——


「ふう」


 俺は今、念道球を握りしめて、パワー測定マシンの前に立ち心を落ち着かせている。

 知らなかったがパワー測定マシンと念道球は繋がっており、この念道球を握っていないと数値が出ないらしい。


「タケトくんリラックス、リラックス」


 初めてだと30〜60いけばいいだろう言う能力先生。それって念体なし(素の状態)の一般女性の平均値ですよね。念体なしは、この装置では測れないようだけど。


 そのことを俺に教えてくれた部長さんはバツが悪そうに顔を背けているが、言った本人(能力先生)は、ギャラリーは気にせず頑張ってね、と笑顔で手を振ってくれている。


 能力先生に悪気はないのだろうが、でもなんか悔しいな……念体を展開しつつそんなことを考える。


 そもそも念体とは一度使うと解除するまで発動し続けるが、その間は念力をずっと消費しつづけることになる。


 もちろん再使用にはクールタイムが発生し、このクールタイムには個人差がある。

 早い人では1秒くらいらしいが、俺はヒーリングの恩恵でクールタイムというものがない。だから念体を誤って解除してしまったとしてもすぐに再使用できてしまう……あれ?


 クールタイムがないってもしかして!


 俺はそこであることを閃いた。そう、重ねがけだ。重ねがけをしたらどうなるのかと。


 二重に発動するのか、それとも発動も消費もせずに不発に終わってしまうのか、最悪は意味がないものとして念力だけを消費してしまうことだけど……


 みんなが注目しているのでとりあえず念体レベル1を展開する。僅かに周囲の動きが遅くなった。


 これはミルさんとの鍛錬でも普通に使っているものなので今さら驚くことでもない。


 問題はここから先だ。初めての試みでうまく発動できるのか。緊張からか鼓動を強く感じる。しかし、みんなから注目されている手前、時間はあまりないと思った方がいい。覚悟を決めろ俺。


 ——くっ……


 結論からいうと発動できた、が、かなり苦しい。効果もよく分からない。でも身体にかかる負荷が増しているから少しは期待してもいかもしれない。だが維持するのがつらい。今すぐにでも解除したい気分だ。やるならさっさとやらないと……


「い、行きます!」


 念体を根性で維持しつつ拳を思いっきり前に突き出す。


 ドンッ!


 豪快な音が場内に響き渡り念道バックが僅かに揺れるが、それだけ。僅かに凹んだ表面もすぐに元に戻ってしまった。


 これじゃ大した記録も出ていないだろうと思ったが、パワー測定マシンの下方辺りには157という数値が表示されていた。





 

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