第145話
収録は無事に終わり帰路につく。
もちろん番組スタッフさんやMCを含めた共演者さんへの挨拶を済ませたあとにね。
「タケトさん。また一緒にお仕事してくださいね」
「はい、是非に。今日はありがとうございました」
西条さんからは気をつけるように言われていたけど、終わってみれば、共演者さんや番組スタッフさんからはあたたかな言葉ばかりもらったな。
別れを泣いて惜しんでくれる人までいてちょっと戸惑ったけど、いい人たちと仕事ができて良かった。
「お疲れ様です」
「……」
まあ、すれ違っただけのテレビ局スタッフさんたちからは行きも帰りも、男の俺にだけ愛想も何もなくて西条さんから聞いていた通りの印象だったから、正直、ミナミンテレビにはあまり来たくないかも。なんて思ったけど。
——そういえば……
番組スタッフさんたちも始めは似たような印象だったかも……帰り際は、嘘みたい好意的でその印象が強かったから忘れていたよ。
年末、嫌な絡み方をしてきた沢風くんとも特別なにも……
「おい剛田武人! スケボーが乗れたくらいでいい気になるなよ。その内僕は……おっと、お前なんかに教えてやるかよ。くくくっ。
おいババア! 帰りはハッスルだ。ハッスルで僕を降ろせ、分かったか!」
無表情のババアさんと、無表情の保護官さん3人を引きつけれて帰っていく沢風くん。
マネージャーの中山さんは沢風くんから見えないようにみんなで隠していたから大丈夫。
まあ彼が太っていようが、歌やダンスが下手になっていようが、5人いた保護官が3人になっていようが、ハッスルというものが何なのかは気になったが、それだけだ。特に何もない。
ただ今回は何かあっても編集できる収録、生放送じゃなかったから何もされなかったということも考えられるので、今後も彼と仕事をすることになった時は気をつけよう。
でも彼に目をつけられた女性は大変だっただろうね。彼は収録中でも関係ないって感じで、ところ構わず共演者に声をかけていた。
今日の彼は俺のことよりも共演者の女性にご執心。もっとも誰からも相手にされず不機嫌そうな顔になっていたけど。そりゃそうだ、みんな仕事をやるために来ているんだし……
あ、でも、コラボ歌で相手と上手くコラボできずに逆ギレして途中で放り出す。あれはないな。
持ち歌の『明日から頑張る』でも、何となく聞いたことのあるような歌で懐かしい気持ちにはなったけど、それすら1人で歌っていた。
しつこく声をかけていたから共演者側からコラボ拒否されたらしい。
当たり前だけど、番組スタッフさんたちからは、冷たい視線を向けられていた。堪えている様子はなかったけど。
そんな事を考えているとシャイニングボーイズのみなさんが建物の外で待っていた。
俺たちが挨拶をしている間に姿が見えなくなっていたから挨拶していなかったんだよね。
「お疲れ様。今日はありがとうございました」
「やめてくださいアニキ。アニキと僕たちの仲じゃないですか」
あいきさんが慌てた様子でそういえば、そうだと言わんばかりの顔で他のメンバーたちが力強く肯定して頷く。
「はあ……」
今日初めて会った仲なんだけど……しかも俺の方が歳下。
「そんなことより、これを」
あいきさんから名刺をスッと渡される。
「これは?」
つい受け取ってしまったけど、これって、
「南野さ……んの名刺です」
——やっぱり。
「そう、みたいですね」
一度ミルさんが粉々にした南野マネージャーさんの名刺。それをまた? と思ったが、この名刺はどうやら普通の名刺。ミルさんも大丈夫だと頷く。まあマネージャーの中山さんにさっと渡すんだけど。
それでも、つい彼らの後方でこちらの様子を窺っているように見える南野マネージャーさんの方に顔を向ける。
あんなのことがあった後だし、どうしても疑ってしまうよね。
一瞬だけ、視線が合ったように感じたが、すぐに南野マネージャーさんの方から視線を逸らされる。
それからすぐに、居心地が悪そうというか、仕方ないといった様子で南野マネージャーさんがこちらに近づいて来た。
「あ、あの時の私は……その……若かったのだ。ものを知らなかったというか、狭い世界の中で全てを知った気になっていたのだよ」
何の事を言ってるのかさっぱりだったが、南野マネージャーさんはそんなことを言いいつつ、おもむろに首からかけていたネックレス? に手をかけたかと思えば、慣れた手つきで素早く外し俺の方に差し出してくる。
「受け取ってくれ。お詫びにというほどの品ではないが、私がいつもお守り代わりに身につけていたものだ」
この人は何を……というか、これは受け取ってもいいものなのか? 判断に困っていると、
「持ってて損をするものではないぞ」
南野マネージャーさんはそう言うと、ミルさんに向かってそのネックレスをいやあれはペンダントかな、そのペンダントを放り投げる。
「……」
ミルさんはそのペンダントに触れることなく、念動で受け止めるとすぐに確認していた。
「細工は、されていませんね。普通のペンダントのようです」
問題なかったらしく、ミルさんはすぐにそのペンダントを俺に渡してくれた。受け取ってもいいってことだよね。
「これは、家紋、ですか」
「そうだ。南野家の家紋が刻まれている。ま、まあなんだ、できれば……嫌わないでくれると……こほん。ま、また機会があれば、こいつらと共演してくれればと思ってな」
飾りのペンダントトップには南野家の家紋らしきものが刻んであった。
ペンダントには家紋以外にもその人の地位や役職を示すものを刻んでいたりもするが、これは家紋だけだ。
これは婚姻した時に贈られた家紋付きのブレスレットほどの強い結びつきを示すものではないが、何かあれば力を貸すよという意思表示くらいにはなる。家紋を贈られるほどの仲というくらいの。
そんなペンダントを俺に、なぜ? 色々と思うところはあるが、せっかくのご好意を無碍にはできないか。すぐにそのペンダントを首からかけると、俺は笑顔で握手を求めた。
「ありがとうございます。そういう事なら喜んで」
さすがに握手はしてくれないだろうと思ったが、家紋付きのペンダントをもらうからにはこちらも誠意を見せるべきだと思ったのだ。
「ぁ、う、うむ」
南野マネージャーさんは一瞬だけ、戸惑いの色を見せたが断ることはなかった。ゆっくりと右手を差し出し俺と握手をしてくれた。
「はぅ……」
ん?
顔や耳どころか首元まで真っ赤になっていたけど、それは言わない方が親切だろう。
少し惚けているように見える南野マネージャーさん。楽屋で会った時のような高圧的な素振りは一切見られず、嘘みたいにしおらしい。あれ、握手、離れないぞ、ん、ん? あ、離れた。
後方で見ていたあいきさんたちはそんな南野マネージャーさんのいつもと違う様子に不思議そう。
俺の顔を一瞬だけ見た南野マネージャーさんは、赤い顔のまますぐに踵を返した。
「お、おい! お前ら帰るぞ」
あいきさんたちに声をかける南野マネージャーさん。口調は先ほどまでとは打って変わってかなり強め。初めて声をかけられた時のような口調だった。
「「「「はいっ」」」」
それに元気よく応えたシャイニングボーイズのみんな。南野マネージャーさんはすぐに歩き出すが、姿勢を正したシャイニングボーイズのみなさんは、
「ではアニキ。お先に失礼します」
「あにさん。お疲れ様」
「あんちゃん。またね」
「タケ兄、また今度お会いしましょう」
「あ、ああ。またね」
俺に頭を下げてから南野マネージャーさんのあとを追った。
勝手にアニキ呼びしてくるほど人懐っこいシャイニングボーイズなので、これからもいい関係でいたいものだ。
ただ彼らへの連絡は南野マネージャーさんを通してからになるらしいので、こちらも、あとの事はマネージャーの中山さんにお願いすることにした。
ちなみに今回の俺たちが出演したうたコラボ。放送は2週間後にあり、ある業界にかなりの反響を与えることになる。
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