第144話 紫ゆう視点(共演者)

「男装ってカッコいいイメージがあるけど、うまく着こなせばかわいい感じにもできそうだね。なんかイメージ湧いちゃった」


「そ、そうですか、ありがとうございます」


 男装したサリちゃんがにこりと笑う。話しかけられて緊張している様は初々しくてとてもかわいらしい。今すぐ食べちゃいたいくらいに。


 ——ふふ。


 女優兼シンガーソングライターとして活動している私は紫ゆう。歳は30。結婚はしていない。


 ちなみに、デビューと同時に爆発的に人気になったシャイニングボーイズの彼らとは同じ事務所に所属している。

 南野マネージャーの監視の目が厳しくて接触できる者は限られているため、できて挨拶程度だけど……


 事務所側から彼らのバックには親会社である南条グループがついているから気をつけるようにと警告されればそうなっても仕方ない。誰だって下手に目をつけられて芸能人生どころか人生そのものを終わりにしたくないからね。


 まあ、他の三家(北条、西条、東条)の庇護下に置いていただければ話は変わるだろうけど……所属事務所が違う時点で無理な話ね。

 幸い、私が所属している事務所のタレントは同性が好きな子が多いから問題ないと言えば問題ないのよね。


 かく言う私もだもん。身も心も醜い低レベルな男性など私の眼中にはないの……


 ——ふふ……しかし君たちはかわいいわね。


 先輩としてリラックスできるように肩を軽く揉んであげれば素直にお礼を返してくれる。

 こっちのツクちゃんなんて顔を真っ赤にしながらサインが欲しがるとか、可愛すぎて私を悶絶死させる気ね。内緒よと言ってこっそりサインをしてあげたら、可愛らしい瞳を潤ませて宝物にしますだって。ついついその頭を撫でてしまったわ。大丈夫かしら。大丈夫のようね。


 チコちゃんそんなツクちゃんの態度を見て申し訳なさそうにしていたけど、ぜんぜん構わないよ。


 ——ふふ……


 ナコちゃんは……おっと警戒されてるっぽいので軽く会話だけに、今は我慢かな。なにせ、他の共演者たちは私の好みがバレているらしく会釈されたくらいでまったく近寄ってこない。

 そんなくだらないことで失礼な子だとか思わないから安心して。


「私も男装してみようかしら……」


「あ、それならこれ。よかったらどうぞ。私たちここのモデルもしてますので」


 チコちゃんがお店の案内カードを差し出してくる。


 ——ほほう。男性服専門店あゆというのね。


 お店の宣伝をしてくるチコちゃんは思ったよりもちゃっかりしているらしい。せっかくだから今度購入してみようかしら。


 男装ファッションが流行っているのも目の前にいる女の子たち、男装スタイルのバンド、武装女子がその先端というか火付け役になったのよね。


 ——さて。


 番組の収録はあるけど、彼女たちとこれで終わりにしたくない。連絡先くらいはゲットしておきたいわね。


 ドラマの番宣? そんなものほどほどでいいのよ。しかし、そうなると男性であるタケトくんの存在が邪魔だな。そんなタケトくんのことをよほど頼りにしているのか、彼女たちはみんな私が話を振らなければ、ずっと彼の方を向いているのよね。


 男のくせに、見た目を整えていることは褒めてやるわ。でも所詮、男は男。表面上取り繕っていたって男はどうしようもないクズだもの。きっと彼もそう……


 ほらね。現に視線を向けている彼女たちのことなど気にもとめず自分のことを……


 自分の……


 おかしいわね。タケトくんは小休憩に入る度に疲れてない? 大丈夫? と彼女たちに声をかけて気遣っている。私の視線に気づくと軽く頭まで下げてくる。


 どういうこと? 傲慢どころか、謙虚じゃない。


「おい! お前、今夜俺の部屋に来い」


「沢風様、もうすぐ収録が始まります。お席にお戻りください」


「ちっ」


 共演者から無視をされ続けて、とうとう番組スタッフにまで声をかけ始めた沢風何某とは違うのかしら……


 ————

 ——


 男性にまったく興味のなかった私は今日初めて彼らの歌を生で聴き、スケートボードパフォーマンスを間近で見た。


「美しい……」


 私は無意識にそう呟いていた。これは後輩たち(シャイニングボーイズ)を見てから出た言葉ではない。武装女子のボーカル、タケトくんを見てから出た言葉よ。


 それほどまでに彼のスケートボードパフォーマンスは観客や私たち共演者、それにMCまでも惹きつけていた。


 不安そうに見守っていた武装女子の子たちですらすでに乙女の顔。頬を紅潮させてずっと彼の姿を追っている。


 ——でもその気持ち、少しは分かるかも……


 初めてだった。男性に対してこのような感情を抱くのは……目が離せない。


 ただ、疑問もある。あのスケートボードパフォーマンスは男性でも稀な存在、念動レベルが高い彼らだからできることだと聞いている。

 それなのに彼はなぜついていける? なぜ彼らよりも高く、そして長く、なにより美しく舞うことができるの?


 こんなこと一朝一夕でできることではない。現に沢風何某は何もできずにステージの隅で立ち尽くしている。いや、あれはポーズをとっているのか? それでも醜いことには変りないが……


 私も念動レベルが高い方だから練習すればついていけるようになれるだろうが、今すぐやれと言われればそれは無理な話。

 だからこれは彼らの評価を下げるために仕組まれたものだと勘繰ってしまった。


 現に思惑が外れた南野マネージャーは、やたらとプライドが高い人間だから怒り心頭で顔を真っ赤にして……顔を真っ赤……? 南野マネージャー? 


 う、うそ!?


 どうして南野マネージャーが乙女の顔をしているのよ!? 何かいけないものを見た気がして私はすぐに視線をタケトくんの方に戻した。


 タケトくんは最後に後輩と肩を組んでいた。その光景はマンガや小説の世界でしか見たこともないような男と男の友情を表しているかように美しく、とてもとても羨ましく感じた。


 後輩よ、その場所、先輩である私に譲りなさい。そう叫びたくなる気持ちをぐっと我慢する。


 MCや共演者や男性に偏見のある番組スタッフまでもが、興奮してしまい、収録どころの話ではなくなっていたのでしばらく休憩となったが、どうしても気になり、視線を彼に向けてしまう。


「みんなどうだったかな?」


 握手してから後輩たちと別れたタケトくんが帰ってきた。彼には沢山の視線が集まっていたが、その視線を無視することなくにこりと笑みを浮かべてから、小さく手を振って応えているタケトくん。なんていい子なの。


「タケトくんすごく良かったよ」


「カッコよかった。タケトくんスケートボードもうまいんだね」


「惚れなおしちゃった」


「うん。よかった」


「そうかな? それならよかったよ」


 メンバーのみんなから褒められて照れているタケトくん。可愛いところもあるようね。


「あれは誇ってもいいくらいよ。私も思わず見惚れちゃったわ」


「そ、そうですか。ありがとうございます」


 私に話しかけられるとは思っていなかったタケトくんは一瞬だけ驚いてみせたけど、すぐに笑みを浮かべて喜んでくれるあたり、彼女たちと同じく、彼も意外と素直な子なのかも。


 ——ふふ……ますます気に入ったじゃない。


 それからは近くにいた他の共演者たちまで彼に話しかけてきたので、それ以上話しかけることはできなかったけど、私は今日、武装女子の歌を間近で聞きファンになってしまった。


 そして、どうやら私は性別に関係なく美しく輝いている人間が好きなのだと今さら気づいた。


 連絡先は聞けなかったけど、今日のところは武装女子のネッチューブアカウントと彼個人のSNSアカウントがあることを知れただけでも良かったと思っておこうかしら。


 ——ふふ……共演依頼しちゃうかもよ。


 ただ、一つ気になったのは南野マネージャーの行動だ。


 ——武装女子とは仲良くしていくように?


 恐る恐る、顔色を窺うように近づいてきた後輩たちに向かってそんな指示を出していたようだから。

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