第143話 マネージャー、中山綾子視点
「ぁ……」
タケト様が滑るように舞い上がる。他の誰よりも高く、そして華麗に。その様がとても美しく、私にはキラキラと輝いて見えた。
人を惹きつける彼の笑顔に胸がときめく。いけないと思っていても、他の誰でもない彼だけを、彼の姿だけを目で追ってしまう。
♪〜
耳に心地よい。彼の歌声をずっと聞いていたい。
——タケトさま……
笑顔を向けられた先の観客席からは黄色い声が上がる。
優しい眼差しに眩しい笑顔……あんな笑顔を向けられたら私はきっと……
1週間前のあの日から私の人生は変わった……
————
——
年末のある番組でタケト様の保護官をしていた面堂さん(ミルさん)と知り合った。
彼女とはただすれ違っただった。なのに顔色が悪いと心配して声をかけてくれたのだ。
社交辞令だろうと思ったが、面堂さんは赤の他人である私のことを本物に心配していて、これを飲んでと、小さくて丸い薬? をくれた。
色は真っ黒、すごく臭う、正直飲みたくなかったが、水まで差し出されてしまえば断ることなどできない。
鼻を摘み、私は意を決してその黒くて臭い薬? を飲んだ。
信じられないが、飲んですぐに効果があり慢性化していた頭痛に倦怠感、その症状が軽くなっていく。
すぐにお礼を伝えてそこで終わりになんてあるわけない。分かっていた。これほど効果がある薬をタダというには虫がよすぎるだろう……
いくら払えばいいのだろう。高額請求されるのでは? と内心ドキドキしながら身構えていたがすぐに拍子抜けした。
面堂さんは不思議そうに首を傾げ、しばらく考えたかと思えば、ではマネージャーの仕事について教えてほしいと頼まれた。
面堂さんは私が沢風和也のマネージャーであることを知っていたのだ。
沢風和也について知りたがる女性は多い。面堂さんは剛田武人さんの保護官であるが、それ以上に沢風和也の方が気になっていたのだろうか? つい、そんなことを考えてしまったが、そうではなく、タケト様のためにマネージャーの仕事を知りたかっただけだった。
剛田武人さんはそれほどの人物なのだろうか? そんな疑問はあったが、教える分にはぜんぜん構わない。
ただ時間の関係で基本的なことしか伝えることができなかったが、それでも面堂さんからはとても感謝された。
また機会があったら教えてほしいと連絡先を交換してそこで別れたが、そんな彼女がとても羨ましく思ったのを覚えている。
だってその時の私は沢風和也のマネージャー。事務所からはあれやこれや、よくない情報までも伝えられて、最後に気をつけるよう忠告された。
当時はそれは沢風和也のマネージャーになれなかった誰かが嫉妬して悪評を流したのだろうと気にもとめなかった。
なぜなら前任者は沢風和也の妻となり子どもを身籠もっていたから。望んで妻になったようだし、身籠もった彼女はご実家で幸せに過ごしている。
だから、田舎者の私が前任者のように沢風和也の妻となり身籠るのを阻止したいのだろうと軽く考えていたのだ。
でも実際はそれ以上に素行が悪く、すぐに幻滅した。
何をしても暴言を吐かれ堪え続ける日々。とてもツラくてそのストレスで私は太った。私が太るとさらに扱いは酷くなった。
なるべく気にしないようにしていたが、それでもつらいものはつらい。すぐに限界がきた。
沢風和也の顔を見るのもうんざり。これ以上は無理だ、身も心も持たないと判断してからはすぐに行動した。
今年いっぱいで退職したい、その意思を会社側に伝えたのだ。拍子抜けするほどすぐに受理されてしまったけど。
ホッとした反面、会社からは必要とされていなかったのだと知りショックを受けた。
代わりはいくらでもいるからだろう。退職したら田舎に帰ろう、そう思っていたが実際は顔色の悪い私の体調を気遣ってくれてのものだと知ったのはつい最近。私の体調を気遣うMAINがお世話になった先輩から届き、その後に少し話したからだ。
面堂さんとは別れてからも何度か連絡をしていたが、今年いっぱいでやめることに決めた日に、その理由と私には面堂さんにマネージャーとしてのイロハを教える資格はないと伝えた。
そこでタケト様のマネージャーになって協力してくれないか、と逆に勧誘されるとは思ってもいなかったけど、返事はもちろん断るつもりだった。
ただ、そう思ったのが伝わったかのように、面堂さんは今すぐではなく、少し考えてから返事をしてほしいと言われた。
社交辞令だったと思うけど、その時の私にはとてもうれしく感じた。こんな私を嘘でも必要としてくれたことが。
でも心と身体が受け付けない。断ろう。
しばらくは自宅で安静に過ごし引っ越しの手続きをすませて、荷物を先に実家に送った。あとは……面堂さん。
面堂さんの自宅は剛田武人さんの自宅だ。ちょうど田舎への帰り道にある。これなら少しの寄り道ですむだろう。
だから、社交辞令とは言え私を必要としてくれた面堂さんの顔が帰省前に見たくなり、剛田武人さんの自宅に足を運んだ。
そこで私は何故か治療(ヒーリング)されてしまった。それも剛田武人様本人から。
男性である武人様がこんな私のために。狐につままれたような感覚だった。沢風和也とは違う……の?
武人様のおかげで体調はすぐに良くなり少しは前向きに考えられるようなっていたが、なかなか踏ん切りがつかない。
というのも社交辞令かと思っていたマネージャーの件は本当の話だったのだ。ただ今の私は男性が怖い。
だから断ろう。そう決めていたのに、その言葉が出ない。
少し接しただけでも分かる。武人様は沢風和也とは違うと。私の心の奥底では武人様のマネージャーをやりたいと思う気持ちがすでに芽生え始めていたのだろう。
話し合いの結果、お試し期間を設けてもらい仕事をさせてもらうことになった。
私はチョロいと自覚してしまった。でも必要とされるのはうれしいのだから仕方ない、
それからはいい意味で驚きの毎日だった。
ミル様がタケト様の奥様になっていたこともそう。香織奥様は身籠もっているのに一緒に過ごしている(理由は色々あるがその一つに普通は男性からの暴行を恐れて帰省する)のもそう。他にもネネ奥様にはすでに娘ちゃんがいて、その娘ちゃんを連れて毎日のように訪ねてくるが、タケト様はその娘ちゃんを自分の子だと言って可愛がっているのもそう。
そんなタケト様の夜はみんなで仲良く一緒に寝ているのだ。
これはアパートが決まるまでの数日間、タケト様の自宅に泊めていただいたから分かったことで、何をとは言わないが、少しは遠慮してほしいと思ってしまったよ。
仕事も試用期間なのに待遇は前職と比べても雲泥の差。
タケト様は慣れない私を色々と気遣ってくれるのだ。
だから、それに応えたいって思っても仕方ないと思う。
————
——
曲がおわり、最後にシャイニングボーイズのあいきさんとタケト様が肩を組んで片手を挙げる。その様はすごく絵になって輝いてみえた。
共演者やMCの方だってタケト様に気づいてもらおうと熱い視線をずっと送り続けているし、なんなら私だってその気持ちは負けていないと思う……
でも私はタケト様のマネージャーです。彼を、そして武装女子を支えないと……
カメラはすでに回っていないはずなのに、観客はまだ拍手をしている。
その観客に釣られて私もまだ拍手をしているんだけど、タケト様とあいきさんの元にシャイニングボーイズの他の皆さんが集まり、マンガや小説の世界でしか描かれていなかった男の友情というものを垣間見た気がしましたが、すぐに沢風和也が近づいてきてすべてが台無しになってしまった……
「私の……さま……」
ん?
不意に誰かから話しかけられたような気がして振り返れってみれば、シャイニングボーイズのマネージャー、南野さんがその先にいた。
——南野さん……?
興奮していたのだろうか? 頬を紅潮させているように見える南野さんの視線はシャイニングボーイズ……ではなく、タケト様? まさかね、と思いつつも、今後の事を考えると挨拶くらいはしておいた方いいと判断して、
「タケト様のマネージャーをしております中山です。今回はコラボしていただきありがとうございます」
コラボのお礼を伝える。本当はトリプルコラボだけど、沢風和也はただあの場にいただけで何もしていなかったから除外。
私のことを散々デブすって言っていた彼自身がおデブになっていて驚いたが、あれではスリムなシャイニングボーイズの皆さんやタケト様についていけなくて当然だろう。
ま、彼と関わるのはごめんなので今も、そしてこれからも私から彼に話しかける事はないだろう。
「え、あ、ああ。そうだな。このコラボはウチとしてもよい経験に……!? ちっ」
私が話しかけてもこちらを見ようとしなかった南野さんがふとした拍子にこちらに顔を向けたかと思えば、驚いた顔をして舌打ちする。
わっ!?
なぜ? と思ったが私も驚いた。いつの間にか私の隣にはミル様が立っている。
表情は分かりにくいがミル様の今の顔はドヤ顔に見えてしまうから不思議だ。
「お互いよい経験をしました……」
そう口にしたミル様がゆっくりと南野さんに近づいたかと思えば、何やら耳打ちをする。
『私の王子さま……』
何を言ったのだろう。勝ち気でいつも人を見下しているような南野さんがらしくもなく顔を赤らめて目を泳がせていた。
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