第146話 あるスポーツ協会会長、年木節子視点

「やばい、やばいって」


「うん、今日のうたコラボ。これはやばいね。惚れちゃうヤツだよ」


「でしょう。やばいよね」


 リビングで寛いでいた娘たちが突然テレビの方に身を乗り出しきゃーきゃーとはしゃぎはじめた。


 ——ふふ……何か面白い番組でも見つけたのかしら?


 娘たちが楽しくしていると私までうれしくなる。それは私には自分の本当の娘と、亡くなった双子の姉の娘を2人、自分の娘として引き取っているからだ。


 そんな私の名は年木 節子(としき せつこ)48歳。

 長女が春子(18)、次女が夏子(17)三女が秋子(16)の4人暮らし。


 夏子と秋子を引き取って5年。始めこそ塞ぎ込んでいた2人だったが、高校生となった今では明るい笑顔を見せてくれるようになってホッとしている。


 さて、洗い物がちょうど終わったことだし、私も娘たちの仲間に入れてもらおうかしら。ふふ。


 そんなことを思いつつ私は娘たちのいるリビングに向かう。その時ふとテレビの画面が目に入る。


 ——歌番組かしら……? はっ? はあああ!


 信じられない光景だった。テレビ画面には今まで見たこともないスマートで顔立ちが整っている男子、いえ、美男子ね。そんな男の子たちがスケートボードに乗って縦横無尽に飛び回っているではないか。


 ——う、ウソでしょ……


 これでも私はサイキックスポーツ協会(pSPA)の会長を務めている。念能力の知識は人並み以上にあるつもりだ。


 それ故に、全体的に念能力の資質が高い傾向にある女性と違い、男性の念動は、いや念能力の資質(レベル)自体が低い傾向にあることは百も承知。ということは……


 ——フェイク番組、なの……?


 私はテレビを食い入るように見つめる。見つめていて気づいた。念動を使った5人のスケートボードパフォーマンスが本当であることに。その中でも特に4人とは違う衣装を着ているこの子。その洗練されたこの動きからも、この子の念動資質レベルは10で間違いないだろうと。


 念能力も運動能力と同じで、いくら資質が高くても鍛錬していなければ宝の持ち腐れとなってしまう。


 能力をうまく扱えない女性も多いというのに……いや、うまく使えないは言い過ぎか。学校授業でもあるからな。そこそこのレベルには誰でもなれる。


 でも彼はそこそこ(人並み)というレベルではないのだ、これほどの念力操作どれだけ厳しい鍛錬を積んだのだろう


「この子たち、誰なの……」


「あれ、お母さん知らないの? えっときゃー、いまテレビに映っていたのが武装女子のタケトくん。こっちの4人がシャイニングボーイズのあいきくんに、かいきくんに、さいきくんに、だいきくんね。トリプルコラボなんだって。やばすぎだよ」


「そう、なのね。えっと衣装の違う彼は武装女子のタケトくんって言うのね」


 武装女子はバンド名らしいけど、知らなかった。今はテレビに出演するような男性グループがあることも。違う、知ってはいたが興味がなかったのだ。だから深く知ろうとしていなかった。


「そうだよ。お母さんは興味がないことはホント興味ないからね。タケトくんやシャイニングボーイズはウチの学校でも人気でさ、ぁ……今の笑顔やばい、鼻血出そう……」


 慌ててティッシュ箱に手を伸ばす長女のハーちゃん。こうなることを見越して、しっかりと準備しているあたりはさすが、なのか?


「あはは、私はすでにティッシュ詰めてるから〜……ってかさ、今さら気づいたんだけど、今回は番組初のトリプルコラボってテロップ出てたじゃん? あとの1人は誰さ?」


「ん? そういえば……だね。でも、ぜんぜん映ってないから分かん、きゃー、タケトくんやっばっ、好き。もう大好きっ!」


「あいきくんもカッコいいんだけどさ、並んで映るとどうしてもタケトくん一択になっちゃうな……ふへへ」


「なーちゃんとあーちゃんもやっと分かってくれたね。私言ってたよね。タケトくんが1番だって。というわけで、じゃじゃーん。はい、2人の分もあるよ。タケトくーん♡」


「ハーちん、ナイス」

「ハーちゃん、ありがとう」


 念動を使って器用に何かを取り寄せたかと思ったらうちわを3つ。

 そのうちわにはテレビに映っているタケトくんの顔写真が載っていた。

 彼の顔写真付きのうちわを胸の前で抱きしめつつテレビを食い入るように見る娘たち。


 ——なんと……


 すでにファングッズまで販売されているのか。私はどれだけ彼らに興味がなかったのか。


「タケトくーん」


「あーもう。今はかいきくんじゃなくて、タケトくんを映すところでしょう」


「……すき♡」


 うちわを左右に振りつつ身体を揺らすノリノリな娘たち。しかし、ウチの娘はいつの間に彼のグッズを買ったのだろう。いや、それよりも今は私の分はないのかしら?


「ハーちゃん。私の分は?」


「あー、お母さんの分まではなかったね……」


 ————

 ——


「きゃー」

「タケト、タケト、タケトくーん♡」

「ふふ、ふふふ」


 先ほどの歌番組をちゃっかり録画していた娘たちは、再びその録画した番組を再生してはきゃーきゃー楽しそうにはしゃいでいる。


 ちなみにシャイニングボーイズとのコラボはトリプルコラボだったらしくて1人はタケトくん、もう1人のコラボ相手は沢風和也くん(もちろん知らない)だったらしい。でも沢風くんという子はほんの少ししか映っていなかった。


 でもそれは無理もない話だろう。彼はスケートボードに乗れなければ念動もまともに扱えない様子。また容姿においても一般男性のように太っていて正直他の出演者と比べては可愛そうになるレベル。


 私だけでも応援してあげようかしら。なんて思ってみたけど、娘たちはなぜか嫌っているようなので、やめておこう。娘たちには嫌われたくないものね。


「ふむ……」


 しかし、何度見ても彼の念動操作は見事なものだ。サイキックムーブ(競技)に出てもいい成績を残せる……ん?


 彼の念動操作は見事なもので娘たちの様子からも彼は人気がある。であれば、そんな彼を『pSPA』のイメージキャラクターとして起用すればイメージアップするのでは? そんなことを思ってしまった。


 というのも、サイキックスポーツは人気がない。


 念体を使う競技の『サイキックパワー』はパワー測定マシン(パンチングマシンのようなもの)を使ってその破壊力の高さを競う。


 念動を使う競技の『サイキックムーブ』は中央に準備されている鉄アレイ(鋳鉄製の重し)などを自分の陣地に移しその重量を競う。


 念出を使う競技の『サイキックショット』は競技用の念導具(銃タイプ)を使い目標物を撃ち抜く。的は貫通させないとポイントにならない。的が厚くて遠くなるほど獲得ポイントは高くなるが、その獲得したポイントの合計で勝敗を決める。


 もうおわかりだと思うが、そう、すべての競技が地味なのだ。地味すぎて人気がなく競技人口も少ない。

 このままではサイキックスポーツは廃れてその存在すら忘れ去れてしまうだろう。


 テレビを見れば武装女子とシンガーののんのんが一緒に歌っていた。3度目だけど、とても良い歌だ。


 だからこそ彼に……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る