第130話 四章

「タケトくん、おはようございます」


「あ、新山先生おはようございます」


 年が明けてから初の登校日。今日から新学期が始まるが、今朝も正門には新山先生が立っていた。


 今はミルさんが一緒にいてくれるから大丈夫だけど、何を言っても大丈夫ですの一言で終わる。


 だから逆に忙しい先生と教室まで歩くこの時間だけが、唯一ゆっくりと会話できる時間だと思い、先生からの目線で色々と相談に乗ってもらったりアドバイスをもらったりすることにしている。


「? タケトくん、それは……」


 新山先生が尋ねてきたのはミルさんの左手薬指に嵌っている指輪と3つに増えた俺の左手首に嵌まったブレスレットのことだろう(3つとも細いタイプなのでかさばらない)。


 女性の行動力ってすごいね。驚いたことに、あれからすぐにネネさんとミルさんは婚姻した証の指輪とブレスレットを買いに走ったのだ。

 正式な書面にサインしてからでもいいような気がしたが、申し訳なさそうな顔で、憧れていたからと言われてしまえば断れない。すぐに嵌めちゃった。


 一見似たようなブレスレットに見えるが、ネネさんからもらったブレスレットには松山家の家紋が入っていて、ミルさんからもらったブレスレットには家紋ではなく未留とミルさんの名前が刻んでいた。


 その理由は、ミルさんには両親がおらず家紋を知らなかった。調べれば分かるかもしれないが面党家にこだわりはなく継いでほしい事業もない。

 ちなみに、家紋は作ろうと思えば自分でも作れる(法的にも自由が認められている)が、必要ないとのことだった。


「ああ、これはですね……」


 俺はお見合いパーティーでのことを簡単に話す。


「ネネさんに会場で偶然出会って、あ、ネネさんはスタジオを貸してくれている人で、音楽関係ではかなりお世話になっている人で、ミルさんは俺の保護官です。

 そんな身近な女性(ミルさんとネネさん)の大切さに気づいてしまって、あとはご覧のとおり、でも良い経験でしたよ」


 そこで左腕、手首辺りに嵌めているブレスレットに視線を落とす。


「そういうことね」


「はい」


「私も会場でタケトくんの配信みたけどすごいメイクだったのね……ところで、タケトくんは女性の顔とかスタイルにはこだわらず、身近な女性の方に魅力を感じるのかな? 気の合う女性や付き合いの長い女性なんかに」


 いつもの如くおデブ変装しているミルさんに顔を向けた新山先生。変装中のミルさんははっきり言って地味だ。

 おデブ変装中の時は身体は横に大きくなるけど気配が薄くなるからたまに見失う時がある。

 今は先生と話しているからだろう、そうでもない。


 というか先生、お見合いパーティーの件、やけに食いついてくるな……


「そう、かもしれませんね。お見合いパーティーでも素敵な女性はたくさんいたと思います。けど……婚約したいとまでは。だから連絡先を伝えるだけに留めました」


 本当は比べてはいけない事けど……どうしても……それでもみんな一生懸命俺に話しかけてくれたから……


 ただ俺が剛田武人だと分かってからはMAINで挨拶したくらいで、それ以上のことは何もしていない。


 昨日の夜に『今日はありがとうございました』のMAINメッセージと今日の朝に『おはようございます』くらいだ。


 ゲーム好きで同じゲームもしているらしいからせめてフレンドくらいにはなってほしいと思っている……どうなるかわからないけど。


「ところで、新山先生もお見合いパーティーに参加されたんですね。良い方には……」


「残念ながら……」


 そう言ってから両手を広げて見せてくれる先生。婚約指輪は嵌めていないでしょうって言いたいらしい。


「でも、お見合いパーティーなんて成立しない女性の方が多いのよ。気にしていないわ」


「そうですか、でも残念でしたね」


「そうね。でも、去年に比べて女性に罵声を浴びせてくる男性が少ないように感じたわね」


 これはいい傾向よ、と頷く先生。


「それはよかったですね」


 同じ男として恥ずかしいことだが、少し改善されていたと知って素直に喜ぶ。


「そうね。毎回こうだと今回みたいに成約率が上がるかもしれないわね。でも私は……ダメかも…」


 一度だけ俺の方を見た先生は廊下の先に、再び前方に視線を向ける。


「何がダメなんですか?」


 ちょっと先生の声が小さくて聞こえなかったんだよね。


「ううん。なんでもないの……いいの、私も気づけたから。それよりも、騒がしいわね?」


 先生が何に気づいたのかちょっと聞きたかったが、残念ながら時間切れ、ちょうど教室に着いてしまった。


「? そうですね」


 先生の言葉どおり、ウチのクラスから賑やかな声が廊下まで聞こえてくる。これは騒がしいな。


「はーい。静かにしなさい! ほら、みんな席に着いて」


 パンパンと両手を叩きながら教卓に向かう先生。みんながささっと自分の席に戻るが、どうやらその中心となっていた人物はさおり、ななこ、つくね、さちこ、たちだったらしい。これは珍しいな。


 お?


 他にも久しぶりに見る顔ぶれが。停学していたクラスの子たちも戻ってきたらしい。だから余計に騒がしかったのかも(20人くらいだったクラスの人数が30人くらいになってる)。そんな彼女たちの髪色は揃って黒髪になっていてなんだか新鮮。


「正月気分が抜けてないようね。でも今日から……、……新学期なのよ。気分を切り替えましょうね」


 先生が話の途中で言葉を一瞬だけ詰まらせ、俺の方をチラリと一瞥したが、特に何かを言われることなく今日の予定を伝えていた。


 はて?


 ————

 ——


 朝のホームルームが終わり小休憩に入る。


 みんなが俺の周囲に集まるのはいつものこと。グッズのこと新曲のこと、みんなとは色々と話したいことがあるが、始業式が体育館であるため後からにしよう。今は移動しないとだな。


「「剛田さん!」」


 剛田さん? ほぼ名前(タケト)で呼ばれている俺。一体誰だろうと思い振り向けば、尾椎さんと横島名さんだった。


 尾椎さんと横島名さんもちろん黒髪になっていた。すぐに俺に向かって頭を下げたのだが、待って待って90度のお辞儀はやり過ぎだと思うよ。これが普通? 元気そうで何よりだけど、言葉遣いもすごく丁寧になっていてホントびっくりする。

 香織の会社ってすごいね。香織の会社に入りたいから頑張る? そっか。目標って大事だからいいと思うよ。俺も応援する。


 そう言うと2人はとてもうれしそうだった。


「?」


 2人が俺から離れると、停学していた他の子たちも次々と頭を下げてきた。みんな綺麗な90度のお辞儀。やっぱり香織の会社はすごいようだ。


 俺に挨拶をした後は普通に周りのみんなと話を始めていたので、ちょっとホッとしている。戻ってきたのに、クラスに馴染めなかったら俺まで申し訳ない気がするから……


「それはね」


 そして、教室が騒がしかった原因分かった。秋内さんが教えてくれたのだ。


 念願状に俺が返信したメッセージ。


『ありがとう。俺もみんなと婚約できてうれしいよ、今年も仲良く楽しくやろうね』


 さおりと、ななこと、つくねと、さちこたちの4人が、そのメッセージと右手薬指に嵌めている婚約指輪をみんなに見せていたのだと。


 恋バナ好きな女の子たち。それでいつも以上にわーわーきゃーきゃーと騒いでいたのだ。


 席に着き、先生が話をしていても、俺と目が合えば小さく手を振ったりもしていた。それなのに……


 先生の話が終わり、そろそろ体育館に移動しようと彼女たちを誘えば、彼女たちは揃って俺の後ろに回る。


 え? どういうこと……


 そして、彼女たちは揃って俺の上着の後ろをなぜか掴む。


 聞けば、恥ずかしくて顔を見れないと。さっきまで俺に手を振っていたのに、横に並ぶと、近すぎてまともに顔が見れない。恥ずかしすぎて耐えれないそうだ。まあ、ななこだけは3人に付き合っている感じ。親指立ててるし。


 3人は顔を真っ赤にしているから本当に恥ずかしいのだろうが、これはちょっと俺にもどうすればいいのか分からないぞ。


「あはは……今日のタケトくんが前より大人びて見えるというか、色気が……だからじゃない。ねぇ、みんな」


 そう言って笑う秋内さん。みんな頷いているけど、え、それってミルさんと香織が新学期だからと言って気合入れてセットしてくれたからじゃないの? 先生もやけに俺の方をチラチラと見ていたし。


 ミルさんはスーッと顔を背け、ななこは納得したような顔になっていた。

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