第122話
ヒソヒソトークは男性慣れしていない女性にとってはとてもハードルが高かったようで、俺の耳元まで一度は顔を近づけてはいたが、すぐに顔を真っ赤に染め離れてしまう。
何度か挑戦していたが最後は普通の雑談トークとなっていた……
そんな中、ただ1人、西川さんだけが顔を真っ赤にしながらもヒソヒソトークをしてきた。弁護士の西川友美(にしかわともみ)さん34歳(見た目は20代前半)。髪を後ろで一つにまとめていて、仕事のできるビジネスウーマンって感じがする凛とした女性だ。性格はキツそうだが、弁護士という職業に惹かれて選んでいたんだけど……
「わ私は君の力になりたいのだ」
ん? 突然、彼女から囁かれた言葉に首を傾げる。
「それはどういう意味でしょうか……」
「それはだな、いや、まずはありがとうとお礼を言いたい。こんな仕事人間の私を選んでくれて……君と話せる機会を与えてくれて……」
「? いえ、お礼だなんて。俺も話をしてみたいと思ったからですけど……っ!?」
俺が話をしている間に西川さんの顔がさらに近づいていたらしく彼女の息が突然耳にかかり驚くが、
「そそうか。君は性格もいい男なのだな。私は正直選ばれるとは思っていたなかったのだよ。後日君に連絡するつもりだったのだ」
緊張しているのか、驚いている俺に気づくことなく彼女は俺の耳元で囁く。耳元で囁いたのは周りに聞こえないように配慮してのことだろうが……
性格も? 彼女の言葉に引っかかりを覚えるも、そんなことお構いなし彼女は言葉を続ける。
「それで君の力になりたいというのは、君の家族のことだ」
「家族……ですか」
今俺の家族と呼べるのは香織だけ。香織に何か問題でもあったというのとだろうか……それとも……いま、まさかね。
「そう君の母親と妹さんのことだ」
「え? 俺の母さんと妹……」
この人は俺のことを知っている。でもどうして……
「色々と手順もあるため、今すぐにというわけではないが君がどんな人物が正確に知る上で一度は接触が必要だったのさ……」
「……」
「疑っているのかね?」
「それは、正直、はいといいますか、一度接触が必要なら普通の日に会えばいいことですからね。それをこんなお見合いパーティーの場で言われても説得力に欠けるといいますか……」
「ご、ごもっともな意見だな。だが、わ、私にも色々と都合があってだな、別に君に恩を売りたいとか、力になるから婚約者にしろだとか、言ったりはしないから安心したまえ。これは私の友人のためなのだから」
「友人のため……ですか」
「そう。友人のためさ、それに私自身も君に興味が……いやなんでもない、友人のためだからな」
「はい」
「今日の君の言動もそうだが、今までの君の女性に対する言動や接し方はもちろんのこと、奥さんや保護官への接し方、家族と絶縁してからの君は調べれば調べるほど、とても家庭を崩壊をさせるほどの問題児だったとは思えなくてな。
まあ、家族から強制的に離されて1人となり反省したから以外にそうなる理由はないのだが、他の男性と比べてみても君はあまりにも変わり過ぎている。
その理由の一つに君は未だに仕送りを続けているだろう。そんなことをする男性など私は1人も知らない」
「俺には男性手当以外にも収入がありましたからね……ただそれだけの事です」
「それだけの事ね。まあいいさ。そんな君の行動は、女性にとっても大変喜ばしいことなのだが、それ故に私の友人は自信をなくしていてな……最近は引きこもって仕事にも、おっと、失礼。まあ、なかったことにはできないが、お互い少しでも良い形にできればと思ってだな……分かっている。こちらの都合ばかり押し付けているのは。それでもどうか協力させてほしいのだ」
「それは……」
そっかあの弁護士は引きこもっているのか。悪い事をしたな。今、俺の事をそんなふうに思ってもらえるのも前世の記憶が蘇ったからなだけで、そうでなければ俺は未だに反省していなかったはずだ。いや、物に当たり喚くだけで何もできない俺はあのまま餓死していただろう……なんてことを言う訳にはいかないもんな……
俺は知らないが国には公に知られていない組織が存在する。心の弱った男性を保護する機関、男心会(別名、男心壊)。そんな組織に保護された男性はとある施設で生涯、管理(監視)されることになる。
「勝手どころか、大変ありがたいお話なのですが、こうなったのも自分が招いた結果ですからね。
西川さんのご友人は正しいことをされましたよ。あまり気に病まないようお伝えください」
母さんに嫌われている俺にそんな資格あるわけない……
「……ふむ。君はそれほどに。分かった君からの言葉はしっかりと伝えよう、だが私は君の笑顔も見たくなった……おっと、時間のようだな。この場にふさわしくない私はそろそろ去るとするよ」
「へ?」
「詳しくは言えないが、知り合いに協力してもらって私はこの場にいるのだが、そんな事をした私がこの場にいる事は、本気でこのお見合いパーティーに挑んでいる女性に申し訳が立たないのさ。ではまた会おう剛田武人くん。とても貴重で有意義な時間だったよ。ありがとう」
そう俺の耳元で囁いた西川さんは突然俺の両手を取って握手をすると、
「ふふ」
悪戯が成功した様な笑みを浮べたかと思うと、胸元から小型の録音機を取り出して見せてから俺にウインクする。
「君の声は責任持ってちゃんと届けるからな」
「っ!?」
俺があっけに取られている間に彼女は会場から出ていった。
信じられないが彼女は俺との会話を録音していたらしい。たぶん、変なことは言ってないと思うけど弁護士って怖いね。
この時の俺は心からそう思ったが、すぐにミルさんがタケト様、心配でしたら先ほどの録音機、壊して来ましょうか? と小声で伝えてきた。
ミルさんはできないことは口にしないので容易にできるのだろうが、ミルさんにそんな危険な事(弁護士相手にリスクの高い事)はしてほしくない。
それに俺にとって都合が悪いことが録音されていれば隠し通すだろうとも。わざわざ俺に見せる必要などないのだ。
そんな事を考えている間にもミルさんは立ち上がり今にも駆け出しそう。
「ミルさん待っ……ぁ!?」
俺は慌ててミルさんの手首を握り引き止めたが、俺がその拍子にバランスを崩してしまったため抱きつくような形で転んでしまった。ミルさんも俺の頭を守るように手を回してくれる。
「!?」
身体は太いし頭はミルさんの手が守ってくれた。痛くはない。痛くはないのだが、倒れ込む際、一瞬柔らかい何かに唇が触れた気がした。
ん、ミルさんの顔がすぐ近くというか頬に当たっているという事は……まさか……ミルさんはすぐに顔を離したが、
「み、ミルさんすみません。俺のせいで転んじゃいましたね」
「大丈夫です」
何事もなかったようにそう返してくれるミルさん。でも、そう答えたミルさんの耳が少し赤い。
これは、たぶん……俺、ミルさんと事故キスしているっぽい。どうしよう。いや、どうしようじゃないな、ミルさんとのキスはこれで2度目。どちらも俺が悪い。もう一度謝らないと。
「み、ミルさん、その」
「あはは、ケントっち何してるのさ。ミルミルンも大丈夫?」
「はい」
ネネさんが笑いながら起こしにきてくれたので(変身しているので一人で起き上がるには時間がかかるため)、すぐに立ち上がることができたのだが、一度謝るタイミングを逃すと、
「ミルさん、あの」
「ケントっちも、ミルミルンも、早く座る座る」
なかなか謝るタイミングがないもので、っていうか隣に戻ってきたネネさんいつの間にかミルさんのことミルミルン呼びになっているし、少し羨ましい。
結局、ミルさんに謝ることができないままフリートークの時間となった。
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