第121話
結局、俺が会場に入ってからすべての男性が揃うまでに40分くらいかかった。オシャレな彼は歌を歌おうとして止められていたり、明らかに機嫌の悪そうな傲慢男子は保護官を罵倒していたりと色々あったが……その間の俺も色々と大変だった。
それは普通……じゃないトークタイムのせいだ。
ことの発端は隣に座ったネネさん(ミルさんの反対側)から小声で話しかけられて……
小声で話しかけてくるのは俺が選んだ女性はみんな俺の周りの椅子に座っていたから。
知らなかったが男性が選んだとしても女性は拒否できたらしく断られたら普通に空席ができる。あとは他の男性と被りそちらの男性を女性が選んだ場合も空席ができる。
ありがたいことに俺の周りの椅子に空席はない。なんだかうれしくなるね。今の見た目だと、この会場に来ているどの男性よりも太って見えているはずなのに。
思っていたよりも、男性の見た目を気にする女性は少ないのかな……? いや、でも沢風くんとか人気あったしな……
「た、ケントっち! その変装も見慣れてくると愛嬌があってかわいいわね」
「ネネさん、しーですって。他の人に聞こえたらどうするんですか」
「あら、ごめんなさい。そっか、それなら、もう少し近づいた方がいいわね」
椅子が俺の方に少し寄せられネネさんの身体がぐっと近づいてくる。ネネさんの息遣いが聞こえるほどの近距離。というか当たってる、はず(変装して分厚い装甲があるから何も感じない)。
これは余計なことを言ってしまったかもと少し後悔する。
「あ、あの、ネネさん。ちょっと近すぎだと思うけど。みんな見てるからね」
そうよね、と少し考える素振りを見せたネネさんは、
「あ、そうだ。いいこと思いついちゃった。ケントっちも待ち時間は楽しく過ごしたいよね?」
俺の両手を握って首を傾げるネネさん。
「そうですけど、もしかしてネネさん、何か企んでます……?」
そんな笑みを浮かべているんだよね。気のせいならいいけど……不安しかない。
「ふふ、大丈夫大丈夫。ただ待ち時間をみんなで有意義に使いたいだけよ」
そう言ったネネさんは一度立ち上がると、みんなに向かってジャンケンをしてほしいと頼む。
ジャンケン?
ミルさんは何やら意図を察して、保護官も兼ねているからと言って不参加。言い出しっぺであるネネさんも不参加。俺にはまったく理解できていないけど、みんなは2人抜き(ネネさんとミルさん抜き)でジャンケンを始めていたから理解しているっぽい。
ジャンケンに勝ったのは尾宅さんだった。
「勝ったでふよ」
相変わらず、スタイルがよくてメガネをかけた真面目女子っぽい見た目なのに、言葉遣いが前世でいうオタク男子っぽくて面白い尾宅さん。メガネをかけているから表情は読みにくいけど。
「やったね尾宅さん!」
そう言った後に会場内に視線を向けるネネさん。
「見ての通り、男性が揃うまでもう少し時間がかかりそうだからケントっちとヒソヒソトークでもして楽しんでおきましょう」
——えっ!?
「そ、そうね」
「それもいいわね、ふふ」
「そ、そうしよう」
ヒソヒソトークという言葉に反応したみんなは俺の方に視線を向けたがすぐに顔を背けていた。みんな男性との会話に慣れていないから見つめられるだけで恥ずかしいのよ、協力してあげなよ、と小声で話すネネさん。
——でもね……
時間は3分。3分経ったらヒソヒソトークをしていない人がジャンケンをしてその人と場所を交代するらしいが、なるほど。ネネさんだけ男性(俺)と話していればみんなから反感を買う恐れがあるからその対策でもあるのか……
でもよりにもよってヒソヒソトークだなんて、しかも開始時間になったけど男は俺しか来ていないから、みんなが揃うまで、まだまだ時間がかかりそうなんだよな。
はあ、ここまで男がルーズだとは。同じ男としてちょっと恥ずかしい。
「よろしくねケントっち」
にっこり笑みを浮かべるネネさん。みんなとヒソヒソトークだなんて。一度立ち上がったネネさんがいつの間にか座り直したが……
「ちょ、ちょっとネネさん」
「何かな〜?」
顔が近い。ネネさんが話すたびに息が耳にかかってこそばゆいんだ。
でもそう言ったら言ったでからかわれそうだし……いや、ネネさんなら絶対にからかってくる。ここは我慢しかない。
「……い、いや大丈夫。それより不思議に思っていたんですけど、ネネさんって女性が好きでしたよね……」
そこまで言葉にしてハッとする。先ほどの一連の流れは女性のみんなと仲良くするための口実だったのでは? と。
「うん? 女の子は好きだけど〜それが何〜? ふぅ〜」
くっ。ネネさんの息がやたらとかかる。っていうか今ふぅってしてなかった? ……っ……
「……い、いや。女の子好きなのに、ど、どうしてお見合いパーティーに参加したのかな〜って」
綺麗な女性が多く参加しているからだろうとは思うけど……女性と同じくらい男性のことも見ていた気がするから少しだけ気になったんだよね。
「そうねぇ。たけ、じゃなくて、ケントっちとかおりんを見ていたら昔の自分を思い出してね。もう一度だけ挑戦してみようと思ったのよ……」
「挑戦?」
不意にネネさんの近かった顔がさらに近づく。側から見ればキスをしているくらいに。ほら、驚いたみんなの視線が一斉に集まっているよ。
「私さ、能力レベルは低いけどサーチが使えるんだよね」
そんなこと気にした様子もないネネさんは何でもないようにそう呟く。くぅっ、今ネネさんの唇が俺の耳にあたったような……って違う。サーチ? サーチってなんだ?
「サーチは人や物を探す念能力です。精度は能力レベルによるみたいです」
突然反対側の耳元に聞こえてきた呟き声。驚き振り向けば、ミルさんの顔が、って、近っ! 危うく振り向いた拍子にミルさんの顔に当たるところでしたよ。
しかし、ネネさんの呟き声を聞き取っていたミルさんの聴力はすごいね。ん、読唇術? さすがミルさん。でも……ネネさんが何を言いたいのかまだ分からないんだよね。
「前にも話したと思うけど、そろそろ2人目の子どもを考えていたんだよね、そうしたらちょうどお見合いパーティーがあったのよ。
まあ、なんていうか、かおりんとたけ、ケントっちの仲を見てたらちょっと羨ましくなったっていうのもあるんだけど……
それで参加希望して会場近くまで来てみたはいいが、すぐに後悔したわ。
保護官を怒鳴りつけている傲慢な男子を何人も見てしまったからね。同じように罵倒された過去を思い出して気分がすぐに萎えたのよ」
「それは……」
少しだけ俯くネネさんに、大変だったんですね、大丈夫ですか、元気出してください、過去は過去です、などの言葉が思い浮かぶが、
「そこで方向転換したの、綺麗な女性を眺めて目の保養でもしてやろうとね」
「は、はあ……」
ドヤ顔になるネネさん。危なかった。ネネさんはネネさんだった。余計なこと言わなくて正解。
「ま、まあ、たまたまなんだけど、今話題のケントっちはどの会場に行ったんだろうかとちょっと気になってサーチを使ってみたのよ。そうしたらびっくりよ。
私の入る建物の中にケントっちの反応があるじゃない。無念石の影響ですぐに反応は消えたけど。そこで私は考え1人でゲームをすることにしたわ……」
「はあ……1人でゲームですか」
何をやってるんだこの人は。思わずツッコミたくなったがぐっと我慢する。
「そうよ。何会場もあるこの超高層ビルの中で、もし、ケントっちに出逢うようなことがあればそれはもう運命なのよ。その時は思いっきりケントっちにアタックしてみようかなってね」
「た、たしかにすごい確率ではあるけど……ネネさんは女性が好きなんですよね? 好きでもない男(俺)にアタックは……」
「ちっちっちっ。甘いよケントっち。なんだかんだで私はあんたのことをケントっちのことを気に入っているの。ぶっちゃけ男性の中じゃダントツに好きよ。ね、ミルさん」
「……ぃ」
え!? ネネさんが俺を好き…… あれ? 今ミルさん、はいって返事した? ミルさんの方を振り向けばミルさんは自分の椅子に座っている。気のせい?
「まあ、ダメだったらダメで予定どおり『子生の採り』を利用するだけだからケントっちはそんなに気にしなくてもいいからね」
この世界では複数人の妻を持つが妻の方が世帯主であり、夫が同じでも妻同士は別世帯扱いとなる。だから妻となる女性に子どもがいようがあまり関係ない。ただ、それでも顔を合わせたりする機会はあるかもしれないから、妻同士が仲良くなる場合もあるし逆に険悪になる場合もあるかもしれない……
つまりネネさんに子どもがいてもお見合いが不利になることはないし俺も出会った頃から子どものいたネネさんに、今さら子どもがいるからといって嫌いになるかといえばそれはない。ネネさんはネネさんだから。
ウインクしてから立ち上がるネネさん。3分経ったから尾宅さんと場所を代わるらしいが、今のって告白と一緒じゃないの……なんて事を考えていたら。
「ケントくん。よろしくでふ〜」
耳元でそう呟いてくるのは顔を真っ赤にしている尾宅さんだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます