第120話

 ——気持ち切り替えないとな……


 俺はリラクセーションを意識する。沈んでいた気持ちがスーッと晴れていく。


 ホント念力って便利だよね……いつもなら放っておいても俺にはリラクセーションの恩恵があるからそれほど時間をかけずに気持ちが落ち着くんだけど……


「ミルさん。も、もう落ち着きましたから……ありがとうございます」


 さっきからミルさんがずっと俺の頭を撫でているんだ。ボサボサの頭の髪がさらに乱れてボサボサになってしまった。


「はい」


 お気になさらずにと返事するミルさん。たぶん俺にはリラクセーションがあるからこんな(沈んだ)姿、一度も見せたことなかったから……

 かなり心配をかけてしまったようだ。


「……えっと、ミルさんならもう気づいていると思うけど、先ほど飲み物を運んできてくれた女性は俺の母さんだった人なんだ……」


 俺の事情はミルさんにも伝えていたけど、母さんのクローゼットに一冊だけ残っていた家族アルバム(小さな頃の写真)、今は金庫の中にしまっているから見せたことなかった。


「母さん、元気そうだったね……」


「はい。私の見た限りでもお元気そうでした」


「そっか、ミルさんにもそう見えたのなら、大丈夫だね」


 母さんは無理をしていても何も言わないからな……


「……タケト様。今のタケト様のお姿なら(特殊メイクで変装中)お母さまもお気づきにならないかと思います。少しくらいお話をされてみても……」


「ううん。いいんだ。困っているようだったら少しは考えたかもだけど、母さん元気そうだったから。それだけでいい……ミルさんありがとう」


「いいえ。私はなにも」


 正直、前世の記憶が戻る前の出来事とはいえ生まれてからの記憶もあるから負い目しかない。だから、元気に暮らしていると分かっただけでも俺は満足なんだ。


「さーてと、せっかく頼んだ飲み物がぬるくなっちゃいそうだから、いただこうか」


 俺が飲まないとミルさん、俺に気を遣って絶対飲まないからね。俺はりんごジュースを手に取り口に含む。スッキリした甘さでとても美味しい。


「ほらミルさんも」


「はい。いただきます」


 あれ? 俺の頭から手を離してくれると思ったけど、ミルさんは自分の手を使うことなく念動を使い飲み物を自分の口まで持っていく。器用だね。


 だからミルさんの手は俺の頭をまだ撫でたまま。元々ボサボサの頭だから髪が乱れるのは気にしないんだけど……気持ちが落ち着いた今となってはちょっと照れくさい。


 照れくさくなった俺はテーブルに置いていたプロフィールカードに目を向ける。たぶん100枚以上あると思う。これは先ほどのトークタイムの時に手渡されたものだ。


 休憩に入る前に、次はフリートークになるらしいから、この中から10人の女性を選んでおいてくださいと言われていた。

 ここで選んだ人が近くに座ってくれるのだろうが、あの人数の女性を相手に、しかも短時間で人柄や性格なんて分からないから判断がつかないんだよね。


 ——とりあえずネネさんは知っている仲だし、安心できるから確定で……


 これで後9枚。あと9枚か……すごく悩む。ここにミルさんのカードがあれば残り8枚ですむのに……なんて事を考えていると……


 ん?


 スーッと差し出されたのはミルさんのプロフィールカード。いつの間に、と思うも保護官もこういう大きなイベント事では参加している形をよくとるらしい。理由はその方が動きやすかったりするから……


「あ、あの、これはミルさんのプロフィールカードですよね? いいんですか……お見合いですよこれ?」


 そのカードにはミルさんの名前、年齢、身長、職業、趣味が載っていた。今は変身しているから体重やスリーサイズは記入していないらしいけど、ってそうじゃなくて、ホントにいいの?


「いい」


 小さく頷くミルさん。ミルさんは優しいから……母さんのことがあった後だから気遣ってくれているだけかもしれないけど……でも、


「ありがとうございます」


 他の人から手渡されたプロフィールカードよりもうれしく感じた。


 これであとは8枚だけど……正直申し訳ないとも思う。後の8人が今の時点でミルさんとネネさん以上の存在になる気がしないからだ。


 はあ。それでも選ばないといけないのがこのお見合いパーティーのツラさ。


 せめて趣味が合いそうな(ゲーム好き)、同じテーブルだった大高さんに、内木さんに、太井さんに、尾宅さんを選ぼうかな。


 あとは音楽が好きだと言った……ん? 弁護士の人もいたんだ。

 西川さんって言うと……凛としていたあの人かな? 一人だけハグをせずに握手をした。やっぱり弁護士をしているだけあって決まり事は守る人なのだろうか……


 ————

 ——


 フリートークの開始、5分前には会場に戻る。さすがというか女性はすでに入口前で待機していた。


 おお。女性からの視線がすごい。


 入口で選んだプロフィールカードをスタッフさんに渡してから中に入ると会場内の雰囲気がちょっと変わっていて驚く。


 円卓が取り除かれ、男性用の椅子の周りに女性用の椅子が置かれているが、その位置が話やすいようにより近くなっている。


 選ばれなかった女性は残念ながらフリートークが始まるまで後方で待機することになり始まり次第、移動が自由になる。


 ただし、男性用の椅子一つに対して、その女性用の椅子は10脚しか置かれていないので、狙っている男性がいても女性用の椅子に空きがなければトークに交ざることができない。


「岡田様、皆さまが揃うまでもうしばらくお待ちください」


「はい。ありがとうございます」


 スタッフさんの案内で自分の席に着き、ミルさんには俺の隣に座って貰う。

 今回ばかりはミルさんが俺の後方に待機してしまうと、空いた椅子に他の女性が座ってしまうから仕方ないんだ。


「まだ誰も来てないんだ……」


 やはりというか、なんというか、俺は開始5分前に会場にきたが、男性は誰も来ていない。


「た、ケントっち!」


 すぐに俺が選んだ女性たちが入ってくる中、1人だけ駆け足で来るネネさんには笑ってしまったが。今度は偽名でちゃんと呼んでくれてホッとする。


「ネネさん、会場内を走るのはどうかと思っ……うっぷ」


 駆けてきたネネさんが俺にハグをする。顔面に押し付けられたお胸に言葉が詰まる(物理的に)。


「まあまあ。いいじゃない。お姉さんはうれしいんだぞ」

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