第112話 閑話(三人称)

 ある日の某モデル事務所にて。


「あ、鮎川先輩。またモデルに戻られるんですか?」


「あらカスミさん。お久しぶり。別件よ。今は忙しいから、モデル業はもう少しお休みよ」


 鮎川がモデルに復帰すればカスミとって都合が悪い。あからさまにホッとカスミに鮎川は目を細める。


「ところでカスミさん。以前あなたが悪評をばら撒いていたアクセサリーショップがあったわよね」


「なっ」


「知らないとでも思った? まぁ、すでにみんな知っていることだから隠そうとしても無駄よ。

 あ、それから、そこのお店ウチの専属モデル御用達だから手を出したらあなたのモデル生命終わらせてやるから……とはいえ、今後あなたにモデルの仕事が入るとは思えないけど、自分が蒔いた種だから頑張ってね」


 そう言い残して去っていく鮎川の背中を睨み付けるカスミ。


「なっ! 今さらババアが出てくんなっつーの。何がみんな知ってるだ。あんなオンボロアクセサリーショップのことで私の美貌を敬う客層が離れていくわけないんだから」


 タケトが初めて推したアクセサリーショップについて興味を示す女性は多い。それは丁寧な作りのアクセサリーにもかかわらず売れていなかった時期があることについても……


 カスミが悪評をばら撒いていたことはすぐにSNSで拡散されて、タケトや早乙女が知らないところで、カスミはモデル業界から干されてしまうのにそうは時間がかからなかった……


 3ヶ月後……


「どうして私がこんな目に……」


 同期のモデルはある雑誌の表紙を飾り、かたや同期の中でも1番早く雑誌の表紙を飾るだろうと持て囃されていたカスミはコンビニでバイト。

 散々叩かれすぎてアクセサリーショップに復讐する気力すら失せていた。


 いや、当時のことを知る人物に会えば笑われ指を指される日もある。何のために生きているのだろうと生きる目的すら失いつつあった。


「あら、どこかで見た顔だと思ったらカスミさんじゃない。元気?」


「……鮎川先輩……なんですか、モデル業界から干されて、落ちぶれた私を笑いに来たんですか」


「私にそんな趣味はないわ……はい、これ」


 鮎川は1枚の名刺を手渡す。

 

 カスミからは気づかれていなかったが鮎川は何度かこのコンビニに足を運びカスミの仕事振りを見ていた。


「心を入れ替えて店員として働く気があるなら来なさい。男装だけど、たまにならポスターのモデルもできるわよ」


 思ってもいなかった言葉にカスミは目を見開き、それが冗談で言った言葉ではないと分かると目に涙を浮かべた。


 自業自得なのだが、悪評をばら撒いたカスミに優しい言葉をかけてくれるものは誰一人としていなかったからだ。


「あ゛り゛がとう……ありがとうございます、鮎川先輩」


 やらかし悪評が広まりすぎてまともな職につけなくなっていたカスミは、元モデル事務所の先輩に拾われもう一度チャンスを与えられるのだった。

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