第111話 (早乙女かおる視点)
『かおる見てる!? タケトくんが今かおるの店のこと宣伝してくれてるよ』
友人からそんなMAIN電話もらい私は急いでその生配信を再生したが、途中からだともったいないと思い初めから再生してみた。
「タケトくん楽しそう」
つい数時間前に買い物に来てくれたタケトの生き生きしている姿を見て思わず頬がゆるむ。
半年前からある事がきっかけで私は心から笑える日が少なくなった。でもタケトくんの側にいる時だけはなぜだか心がポカポカしていた。
体育祭でタケトくんと踊った『ヒク・テア・マタ』でもそう。今は私の宝物の一つとなった武装女子のサインの時もそう。彼から向けられる笑顔に私は心から癒された。
「あっ」
撮影スタッフさんは女性心を分かっているようで、合間、合間にタケトくんの姿を入れてくれる。
福入袋からマネキン猫が登場した時には思わず笑ってしまったが、その時、タケトくんの首からキラリと光ってみえたのは間違いなく私が贈った(無理矢理首にかけた)クローバーネックレス。そのネックレスはこだわって作った私の自信作でもあった。
それでも強引に渡した感があって、お店を出てからはかけてくれないかもって不安に思っていたけど、タケトくんはちゃんと首から下げていてくれた。
その事がとてもうれしくて私は手を休めて生配信に夢中になる。
1番気になったのは男装福入袋。ポスターに使われた武装女子の生写真が一枚入っていたらしいが刺激が強すぎてみんなに見せることができないと言うのだ。
当然コメント欄は荒れる。荒れて根負けしたネッチューバーの神府黒(姉)さんがチラッと見せてくれたけど、身体部分を隠して映し出された写真は予想通りタケトくんが映っていた。
メイクをしていてかなりカッコいい。神府黒(姉)さんの手で隠された部分がとても気になったが、すぐにタケトくんの福入袋の紹介に入り意識はそっちに。
そして、私は驚く。
「う、そ……」
ウチの福入袋だ。それと同時に友人がMAIN電話までかけてきて教えてくれたのは、この事だったのだと理解した。
あの日、あのモデルがやってきたあの日からほとんど売れなくなったウチのハンドメイドアクセサリー。
半年くらい前、仲のいい友人がバイトしたお金でウチのお店に飾っていた星型のアクセサリーを数点購入してくれた。
友人はとても気に入ってくれてすぐにSNSに投稿した。
すると、そのSNSをたまたま見たというファッションモデルのカスミと名乗る人物から友人にメッセージが届いた。
そのアクセサリー可愛いいね、そのお店の場所を教えてほしいというような内容の。
友人はウチの商品は可愛くて品質もいいけど、お店の知名度が低いことも知っていた。
だから少しでも有名になって売れてくれれば私のためにもなると思いにそのモデルをウチのお店を紹介する。
目鼻立ちがスラっとしてとても美人な人だった。モデルの人は人種が違うとしみじみと感じた。
そのモデルのカスミは始めこそ丁寧な口調で話し和やかな雰囲気で接してきていたが、店内を見て回り八点ほど(店内でも高いものを選び数万円になっていた)気に入ったというアクセサリーを手にしていたが、いざ会計の話をすると、モデルをしている自分が使ってやるんだから感謝しなさいと言ってまったく支払おうとしない。
支払いがなければ商品を渡すことはできない。これは小学生でもわかる。
何度もやり取りするがこちらも商売。無理なものは無理だ。
そんな私たちの対応を見て苛立ちを見せるモデルのカスミは突然ファッション雑誌に載っている(ちょっとだけ)自分を見せつけ再びマウントを取ろうとするが、それでも初対面の人物、モデルだからと言って無料で差し上げる訳にはいかない。生活がかかっている。
それはできないともう一度断れば、すごい形相をしながらも、なぜか一点だけ(1番安いもの)購入して帰っていった。
それから数日、カスミが一点だけ購入して帰った理由が分かった。
カスミはウチで購入したアクセサリーを壊しそれをSNSにアップしていたのだ。
すぐに壊れた、作りが雑、これでお金とるとか詐欺、そんなことを何度も。
ほかにも壊れた(壊した)アクセサリーをモデル仲間にも見せて回る嫌がらせもしていた……
事あるごとにSNSでは、あの店は最悪だったなぁ、とか、あのお店のアクセサリーを使う人の気が知れないなぁ、などと人が忘れかけそうなタイミングで呟き、気づけば悪い噂はだんだんと本当のように広がる。もちろん弁明はしたが火のない所には煙は立たないとばかりに、客足は遠のき現在に至るのだ。
経営不信に陥ったことで私は進学も諦めた。もちろんゆくゆくは母さんの後を継いでこのお店を切り盛りして、できれば大きくしたかった。でも今はその夢さえも消えようとしていた……それが今……
「俺の福入袋はハンドメイド早乙女〜かれんのお店の福入袋です。手作りのアクセサリーショップのものですね。ちなみに、ほら、俺が今身につけているクローバーのネックレスもこのお店のアクセサリーなんです。すごく丁寧にできていてかなり気に入っているんですよ」
「わあ、ホントだ。かわいい」
「すごく丁寧にできてる」
「あ、分かります? ありがとうございます。じゃあ三千円のものと千円のもの、千円のものから開封しますね」
タケトくんが一つ一つ丁寧に袋からアクセサリーを取り出し視聴者に見えるように並べていく。
星型のイヤリングに、シンプルなシルバーリング。革紐のブレスレットに、ハート型のネックレス……千円ではとても買えない内容にみんなは驚く。かといって雑な作りではなく一つ一つ丁寧な作りだとアクセサリーが好きだという神府黒姉妹はちょっと興奮している様子。私の胸はドキドキ、そわそわして落ち着かないけど。
「次は三千円のです」
細かな細工の入ったバレッタ、雪結晶型のネックレスとリング。何重にも重ねたように見える不思議なネックレスとリングとイヤリング、ペンギンのイヤリングなど……そういえばあんなもの作っていたんだと感心しながらもドキドキして見ていれば、
「ネット注文もできるようだから気に入ったらみなさんも買ってくださいね」
タケトくんがウチのお店の商品を勧めている。今までどこかの商品を勧めることなんてしなかったタケトくんが勧めているのだ、それからは大変でした。
ちょっとした額だけどその維持費すらもったいなくてやめようとしていたネット販売。生配信中にも関わらず注文が殺到しているのだ。残っていた福入袋は即完売。
私はすぐに『福入袋あります』の張り紙を剥がしにお店に出れば3人ほどお客さんが入っていてその手には福入袋が握られている。
ああ……遅かったか。
売れてうれしいけど、足りなくなった分は新しく作らなければならない。その日新しく福入袋を作った私。
でもその日は他にもアクセサリーが数点売れてお母さんと涙を流して喜んだ。
これもタケトくんのおかげ、タケトくんありがとう。これが一時的なものだったとしても、この日のことは絶対に忘れない。
そう思っていたけどうれしい誤算は続いた。購入してくれたお客様が可愛いアクセサリーとSNSでアップしてくれたこと。1人2人ならそれほど影響はない(たぶん)が、何人もの女性がアップしてくれたことで、今はお母さんと二人でアクセサリー作りに励む毎日。在庫があやしくなってきたのだ。
冬休みの間しか手伝えないよ、とお母さんに言ったら泣きつかれて学校から帰ってから毎日アクセサリー作りに励むことになるなどとは、この時の私は知る由もなかった。
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