第107話
3日の今日はネッチューバーの神府黒愛(かみふくろ あい)さんのなんでも開封チャンネルにお邪魔することになっている。
本来、正月の三が日は初詣に行ったり、おせち料理やお雑煮といった行事食を食べて身内とゆっくり過ごすのが一般的だが例外もある。初売り(はつうり)だ。
初売りは初売り祭りとも呼ばれていて、通常の営業と異なり、その年1年間の運試しの意味合いをかねた福入袋がどのお店でも元日から販売され広くて親しまれている(香織情報)。
人気のあるレディースファッションショップの福入袋を手に入れようものなら前日から並ぶのが常識(香織情報)。福入袋を求める女性は俺が思っている以上に多いのだろうね。
もちろん鮎川店長の男性服専門店でも福入袋は販売していた。メンズ服にジャケット、ちょっとしたアクセサリーや雑貨が入っている福入袋を。値段によって入っている内容に違いはあるが、すべての福入袋が中に何が入っているのか分からなくなっている。
これはどのお店でもそうだ。中の見えている福入袋はない。だから運試しとも呼ばれているが、いくら中が見えないからといって人気のない売れ残りばかりを詰めたような悪質極まりない福入袋を販売するようなお店はない。
そのような福入袋を売り出せば、その店に先がないことを分かっているから。
そんな福入袋に鮎川店長はさらに俺たち武装女子のサイン入り色紙とポスター用に撮影した生写真のおまけまで入れ、当たりには生写真が3枚入ってるという気合いの入れようだった。
まあ、今年は女性が自分用として購入することも考えてサイズはMやSサイズも多めに用意したことにも繋がってるんだよね。
お世話になっているので完売とは言わなくてもたくさん売れてほしい、と思いつつ俺も売上に貢献しようと自分用の福入袋をネット注文しようとしたらすべて完売していた。
俺一つも買えなかったんだ、専属モデルとしてはうれしいことだけど自分用が欲しかったのも本当。ちょっと複雑な気分。
「いや〜ホントどうしよう」
俺はきょろきょろと辺りを見渡す。
話は戻るけど、今回お邪魔するネッチューバーの神府黒さんは前日の31日から人気レディースファッションショップに並び、十万円、五万円、一万円、五千円、の福入袋を見事にゲットしたらしい。
これでタケトくんと開封動画撮影ができるって泣いて喜んでいたけど俺って手ぶらなんだよね。
俺も何か福入袋を持って行かなければカッコつかないから焦っているところ。
幸いなのは、神府黒さんの撮影スタジオは隣町なので移動時間はさほどかからない。というのも今回のネッチューブのお邪魔(応援)撮影。回転率が悪くなった俺がどうにかしないといけないと思い考えに考え抜いて思いつき、彼女たちに提案し、それを受け入れてもらえたから可能になったもの。
今回の内容は複数人(この日に集まれる人5名)のネッチューバーさんが集まり各々が買った福入袋の中をみんなの前で披露する。
今回のコラボが上手くいけば、今後も複数人のネッチューバーさんとコラボ撮影してもらって回転率をよくしていこうと思っているだ。
ミルさんからはネッチューバーお邪魔(応援)企画はそろそろストップした方がいいのではと言われているが、元々頑張っているネッチューバーさんの助けになればと思って始めたことだから、俺ができるうちは頑張りたい。
「手ぶらはまずい……よな」
見通しが甘かった、ホントどうしよう。元日から売り出されて今日は3日、残っている方がおかしいってことか。
前世の感覚が残っていたからデパートに行けば一つくらい売れ残りがあると思っていた。それが一つもない。福入袋は本当に人気だったらしい。
香織も本当は買いに行きたかったみたいだが無理ができないから(人気店の福入袋では押したり押されたりが激しい)今回は諦めると肩を落としていた。
俺が代わりに行こうとしたけどミルさんから止められたんだよな……
ん?
街の中を歩き、きょろきょろしながら福入袋完売という張り紙のないお店を探していると『福入袋あります』という張り紙のあるお店を見つけた。
ただ、そのお店は見るからに寂れていてお世辞にも流行っているようには見えない。
「手作りアクセサリーのお店なのか。ハンドメイド…乙…かれ……」
すごい名前だね。でも福入袋があるらしいから、ここは入る以外の選択肢はない。
カラン、カラン♪
自動ではない扉を開けて中に入ると中は外観と違って可愛らしい雰囲気でなかなかいい感じ。
「おお……」
沢山の可愛らしいアクセサリーが並べらているが、目的の福入袋もすぐに見つけた。
カウンターの側に三千円と千円の2種の少し小さめの福入袋が15袋ずつ綺麗に並べられている。
福入袋はかなり売れ残ってるけど、店内に並んでいる商品(他のアクセサリー)をみれば革紐やピーズ、パールやシルバー使ったネックレスやブレスレット、指輪にピアスやイヤリングなど可愛らしかったり、オシャレなものが多い。
これなら撮影用と香織と……
ミルさんをチラリと見れば時折可愛らしいアクセサリーに視線を向けている。そうだよね。ゲームのアバターでも可愛らしい装備は必ず集めていた。ミルさんは可愛らしいものが好きなのだ。
ミルさんもお世話になっているのでちょうどいい。撮影用と香織用とミルさん用に、三千円と千円の福入袋を一つずつ、合計6袋を手に取ったところで……
「いらっしゃいま……ええ! た、タケトくん!!」
店の奥から若い女性がバタバタと慌てながら出てきた。若いといっても俺より年上で20歳くらいかな。
その女性は俺を見た途端にピタリと動きを止めて驚きを露わにする。どうも俺のことを知っているっぽい。
「え、えっと、わ、私タケトくんと同じ学校の三年で早乙女かおるって言うの。こ、ここは私の家でもあって普段ならお母さんがお店をやってるけど、お母さん今外出してるから私が店番をやってて……」
同じ学校の先輩らしいけど、早乙女先輩はかなりテンパっていて早口で話し続ける。
どうしよう。俺が口出す隙がない。
「そ、それでタケトくん。今日はどうしてウチに?」
しばらく聞き流しているとようやく話が終わり俺の方に話を振られた。
よかった。余裕を持って出てきているけど、今から隣町まで移動しないといけないからあまりゆっくりもできないんだよね。
「えっとこれ。福入袋が欲しくて……これとこれ3つずつください」
三千円と千円の福入袋をカウンターに6袋並べる。
「福入袋がまだ残ってて助かりました」
タケトくんありがとうと言った早乙女先輩がレジを打つ間に、俺はサイフを取り出し支払いの準備をする。
「あはは、かなり売れ残っているよね。前までは普通に売れてたけど、ある日ファッションモデルをしてる人を同級生が連れて来てから……って私タケトくんに何言ってるんだろう。変なこと言ってごめんね」
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