第108話

 タケトくんありがとうと言った早乙女先輩がレジを打つ間に、俺はサイフを取り出し支払いの準備をする。


「あはは、かなり売れ残っているよね。前までは普通に売れてたけど、ある日ファッションモデルをしてる人を同級生が連れて来てから……って私タケトくんに何言ってるんだろう。変なこと言ってごめんね」


「そんなことは……ないですよ」


 売れ残っててくれて俺的にはラッキーだと思ったけど、無理に笑顔を作ろうとする早乙女先輩を見ると素直に喜べない。


 そんな早乙女先輩は申し訳なさそうに何度も頭を下げてから手早く会計を済ませ6つの福入袋を少し大きめの紙袋に1つ1つ丁寧に入れてくれる。


 可愛らしい紙袋だ。側面にハンドメイド早乙女〜かれんのお店と書いてある。


 ハンドメイド乙かれ、じゃなかった……って、今はそうじゃなくて……


「あ、あの……」


「タケトくん! き、今日はこんなお店なのに来てくれてありがとうね。すごくうれしかったよ。あ、そうだ。これおまけね。私が昨日作ったヤツなの」


 俺が理由を尋ねようとしたが、それよりも先に早乙女先輩は自身が首から下げていた四つ葉のクローバーのシルバーネックレスを俺の首に素早くかけてきた。


 反射的にペンダントトップを手の平にのせて視線を落とす。


「え? これ早乙女先輩が作ったんですか。すごいですね。ありがとうございます、俺、大切にしますね」


 そのネックレスはすごく丁寧にできていて可愛らしいが、デザインが四つ葉のクローバーなので男の俺では……おや? 意外にも、なんかカッコいい気がする。気がするというのは、普段からネックレスを身につけているわけじゃないから自分じゃよく分からないんだ。

 ミルさんをみれば頷いてくれたのでたぶん大丈夫。似合っていると信じたい。


 帰り際、俺はお店の案内カード(名刺サイズのもの)を数枚手に取り店を出た。

 これは開封動画で使ったものを共演者(ネッチューバー)さんにプレゼントする時に一緒に渡そうと思ったからだ。


 早乙女先輩のお店、俺も何かしてあげたかったな……


 俺は一度自宅までテレポートすると香織とミルさんに2つずつ福入袋を手渡した。ミルさんには驚かれたが、いつもお世話になっているからと言えば素直に受け取ってもらえた。


 開封は帰ってからの楽しみらしく、俺とミルさんはすぐに、ミルさんの運転する車で神府黒さんの撮影スタジオに向かった。


 ————

 ——


 俺が神府黒さんの撮影スタジオ(貸し事務所を借りていてそのうちの一室を撮影スタジオとして利用している)に着くと、すでに神府黒さんと5人のネッチューバーさんはすでに集まっていて俺が1番最後だった。


「うわぁ! タケトくん、本物のタケトくんですね。私、か、神府黒愛(かみふくろ あい)と申します! 歳は23! スリーサイズは……」


「ちょっ、ちょっと待って神府黒さん! 聞いてない。俺、そんなこと聞いてないですから」


 事務所のインターホンを押してすぐに事務所のドアが開き、顔を出した女性が神府黒さんだった。

 神府黒さんはすぐにうれしそうな顔をすると突然ピシッと直立してから自己紹介を始めた。


 その勢いときたらすごいこと、すごいこと。でもなぜか自分のスリーサイズまで言おうとするので慌てて口を挟む。


「……む」


 頬を膨らませ少し不機嫌そうな顔をする神府黒さん。


「ご、剛田武人です。今日はよろしくお願いします」


「はい。こちらこそと言いたいけど、えっと、えっと……とりあえず上から83、65、89です。体重はひみつですね。好きな人は剛田武人くんです! よろしくお願いいたします」


 頭を下げて右手を差し出してくる神府黒さん。これって、初対面の俺にどうしろと。


「あ、ははは……」


 これはなかなか。神府黒さんは個性が強い人っぽい。


「もうノリが悪いですよタケトくん。ここはこちらこそと言って両手で私の右手を優しく包むところですからね。それでタケトくん……早速ですけど、お風呂にしますか? 食事にしますか? そ、れ、と、も♪……福入袋?」


 訂正、かなり個性が強い人っぽい。


「はいはい。福入袋の開封動画の撮影ですからね」


 撮影前からなんか疲れたよ。中に入ると「きゃー、本物のタケトくんだぁ!」と何処かで聞いたことのあるフレーズを耳にする。そして、


「私は神府黒 伊代(かみふくろ いよ)です! 神府黒愛の妹で歳は19! 大学行ってます! ガチャゴチャチャンネルしてます! えっとえっとスリーサイズは……」


「はい、ストップです」


 俺が止めると、妹の伊代さんはにこにこしながらすぐに口を閉じる。

 これは絶対先ほどのやり取りをインターホン越しにでも見ていたに違いないが、何やら期待するような目を向けてくるので敢えてスルーすることにしよう。


「ええ……」


 そんな縋るような目を向けてもダメです。というかこの人たち距離感近いな。二人ともギャルっぽい見た目だし人慣れしてるってことかな。


 ちなみにガチャゴチャチャンネルは一つのガチャガチャボックスを空っぽにしていくだけの動画。意外にも登録者は結構いるので好きな人は好きなのだろう。

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