第106話
「ふぅ」
やっぱり我が家は落ち着くね。翌朝、香織の車をミルさんが運転してくれて自宅に帰り、俺はソファーに寝転ぶ。
「タケトくん疲れたよね。ごめんね」
香織が申し訳なさそうに俺の隣に腰を下ろす。
この世界では男性が妻の実家に顔を出すことなんてほとんどないそうなんだよね。その事を香織は気にしているらしい。すぐに自分の部屋に避難した俺が言うのもなんだが、特に妊娠が分かってからのどんちゃん騒ぎはすごかったもんな。そして今日の見送りも。
「大丈夫。年末年始の挨拶ができてホッとしただけだから」
「タケトくんいつもありがとう」
香織は笑みを浮かべると俺の頭にそっと触れたかと思えば、一瞬のうちに俺は香織から膝枕をされていた。
いつもながらすごい早業。それでいて香織の膝枕は気持ちがよく落ち着く。香織から頭を撫でられつつまったり過ごしていると、
「香織奥様、タケト様」
念動を使いダンボール二つを宙に浮かせて運んできたミルさんが、そのダンボールを俺たちの前にあるテーブルの横に降ろした。
「新年の挨拶状が届いておりましたので」
二つのダンボールには郵便屋さんのマークが入っており、そのダンボールからは年賀状が顔を出している。
このダンボールは郵便受けに入らなかったから配達員さんが置いてくれたのだろう。配達員さんの心遣いに感謝しないとだね。しかし、何この年賀状の数。去年と比べものにならない……あ、そうか住所特定されたのはやらかした後だし、よくよく考えたら俺宛の年賀状なんて今まで1枚ももらったことがない。
地味にショックを受けつつ、
ふと、ツブヤイターにもたくさんの『よろしく』DMが届いていて慌てて『今年もよろしくお願いします』と載せたことを思い出す。
ただし彼女や婚約者にしてくださいといったDMも多くてびっくりしたっけ。
まあ、それは1月2日になる今日もバンバン届いているんだけど。ここまで増えると一つ一つ確認するのも大変。本当はありがたいことなんだけど、正直どうにかしたい。
そのことで悩んでいたら、ミルさんが管理できる人に心当たりがある、報酬についても心配ないって声をかけてくれた。
それからミルさんも一緒になってチェックしてくれてるけど、まさかこのままミルさんがする気なのか? 保護官なのに家事をして、マネージャーのような事もしてくれて、DMのチェックまで? それはさすがに無理しすぎ、断ろうとしたら、ミルさんが管理するわけじゃないらしく、相手にはすでに伝えたとのこと。
それならいいけど、一応無理はしないようにと念を押しておく。ミルさんはかなりの世話焼きさんだから……
そんなミルさんはダンボールの前に座り、俺宛、香織宛、ミルさん宛の年賀状を分けている。
見て分かる通り、数が多いので俺も起き上がりその作業を手伝う。
「香織は座ってていいからね」
「香織奥様、タケト様と私にお任せください」
香織は妊娠していると分かったので無理をさせたらダメだ。ゆっくりしていてもらおう。
「うん。タケトくん、ミルさん、ありがとう」
香織が少し涙ぐみうれしそうにしている。基本的に女性が妊娠したとしても男性が女性を気遣うことはほとんどない世界。だから、こんな些細な事でも涙ぐまれてしまうのだ。
「あれ? みんなからだ」
クラスのみんなからはすでにMAINメッセージが届いていた。それなのに年賀状まで届くなんて。
なぜ? と思ったら香織が年に一度のことだからだと思うよって教えてくれた。そうか、それならとてもありがたい事だね。わざわざありがとうございます。
その中にはさおりやななこ、つくね、さちこたちのもあった。
昨年はタケトくんと婚約できてうれしかったよ。今年もバンド頑張ろうね。という言葉に彼女たちの顔写真が印刷されている。4人とも似たような内容。
婚約? あれ、知らなかったよ、いずれはと考えていたけど、俺ってさおりたちとはすでに婚約関係の仲だったのか……
とりあえずみんなにはMAINメッセージを送っておいた方がいいよね。なんて事を考えていると、
「タケトくん誰の念願状を見てるの?」
ん? 今、ねんがん状って聞こえた気がするけど俺の聞き違いかな? なんて思っていると、香織がみんなから送られてきた年賀状を覗き込んでいた。
「あら、みんなからの念願状だったのね」
「う、うん」
書かれている内容が内容なだけにちょっと気まずいが、香織は気にした様子はなく、むしろ彼女たちの年賀状を眺めたあとには機嫌よさそうに頷いている。
「ふふ」
よく考えたら香織はお見合いパーティーの参加にも背中を押してくれるくらいだから、俺がよほどの悪女を捕まえない限りは口を挟んでくることはないのかも。
ミルさんだってそう。ただミルさんの場合は保護官という立場もあるから、たまに近づいてくる女性の何人かを意図的に追い払ってくれたりもする。
『ありがとう。俺もみんなと婚約できてうれしいよ、今年も仲良く楽しくやろうね』と。
すぐに『うれしい』というような内容の言葉が4人から帰ってきた。4人のよろこぶ顔が浮かび俺までうれしくなる。
ん、おや……?
彼女たちにMAINメッセージを送った後に、不思議なことに気づく。
よく見たらクラスメイトや先輩方、先生方、ファンの子たち、どの年賀状にも顔写真がついてる。しかも彼女になりたいやら、婚約してほしいやら、結婚してほしいや、俺との子どもがほしいなど、新年の挨拶にしてはちょっとと思うような言葉の数々。
どういうこと? 俺が不思議に思い首を傾げていると、
「その念願状がどうしたの? 気になる女性がいなければ返事はしなくていいのよ。社交辞令的な意味で送る人もいるから」
「念願状……?」
「そうよ。念願状」
「年賀状は?」
「ん〜タケトくんのだと……これとこれの2枚だけね。私とミルさん宛のものはすべて年賀状ね」
俺宛の年賀状は校長先生とマサカ社からのものだった。あとはすべて念願状。
年に一度の挨拶状には年賀状と念願状が存在していたらしい。そんなの知らなかったよ。というか、あっ、さおりたちのこれは……やっぱり念願状だ……
——『ありがとう。俺もみんなと婚約できてうれしいよ、今年も仲良く楽しくやろうね』
女性から男性に送られる年に一度の念願状とはしらずに普通に送り返した俺。恥ずかしい。とても恥ずかしい。何やってるの俺。
俺は恥ずかしさのあまり、その場でゴロゴロと転げ回ることになるが、そのメッセージを送られた4人は大喜びしていたとか。
次に会った時には4人の右手の薬指には婚約者がいるという証のシンプルな指輪がハマっているのだった。
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