第100話 (野原香織視点)

「タケトくん……」


 またうまくなったね。タケトくんの心の奥にまで届くその優しい声は、私の心をいつも温めてくれる。

 いつも側に居てくれてありがとう。私はハンカチを取り出し目元に当てる。


「ダ〜ゲ〜ド〜ぎゅ〜ん゛」


 私の隣では思わず笑ってしまうくらい、涙と鼻水でひどい顔になっている妹の詩織が目元をゴシゴシ擦っている。


 いや、親戚一同が大画面テレビを前にハンカチを目元に当てている。

 そう、今日は親戚(身内)だけで今年2度目の忘年会をしていた。30日にある歌王夜にタケトくんがはじめてテレビ出演する、そんな話をしていたら自然と親戚が(実家に)集まっていたのだ。


 変われば変わるものだな。タケトくんに出会うまでの野原一族は男なんて必要ないと考えている者がほとんどだった。


 今では、お婆様やお母様、叔母様までもタケトくんの事を孫や我が子のように扱ってくれる。妻の私からしてもうれしい。

 だけど、私と歳の近い親戚(妹詩織を含む)がタケトくんの事をたまに自分の夫のように話すのは……しかたないのかな……

 たぶん、子どもを望む時、ロクな登録者がいなかった『子生の採り』を利用するよりも、身内であり男性としても魅力的なタケトくんに話を持ってくるだろうから(この世界では珍しい話ではない)……


 ——でもよかったわ。


 今でこそ武装女子の、タケトくんの歌をテレビ越しに聴いて、感動するあまり涙を流しているがほんの数分前までは親戚一同ピリピリと一触即発の状態だった。私も人のこと言えないけど……


 そう沢風和也よ。あの人は何様ですか。歌王夜では1番はじめに歌うよ、とタケトくんから聞いていたから武装女子の歌をいまかいまかと楽しみにしていた私を含めた親戚一同。


 それがどういうことよ。突然テレビ画面に沢風和也が映り込んだと思ったらMCからマイクを取り上げてバカみたいなマイクパフォーマンス(武装女子(タケト)への批判)

 しかも、その内容が根も葉もない話だから親戚一同は大激怒。もちろん私も腹が立った。テーブルが割れちゃったじゃないの。


 私の夫のタケトくん。何度か私の会社にも顔を出してくれたからその人柄を知るものも多い。

 会社でも有線の代わりに何度も聞いていた曲(武装女子の歌)だからこそ、それに対する怒りは相当なものだったのよ。


『あのヤロー【放送禁止(ピー)】して【放送禁止(ピー)】して海の底に沈めてやろうか!』『いーや【放送禁止(ピー)】を【放送禁止(ピー)】して【放送禁止(ピー)】して引き抜いてやるよ!』『もう【放送禁止(ピー)】して埋めちまえ!』……タケトくんにはとても聞かせたくない禁止用語(お下品な言葉)がバンバン飛び交っていたのだ。


「ふふ……」


 マイクを持っているタケトくんの左腕がテレビ画面に映り込むと、野原家の家紋がはいったブレスレットがキラリと輝き思わず頬が緩む。


「あ、姉さん。タケトくんブレスレットちゃんと着けてくれてるよ!」

「きゃ、ほんとね」

「ホント素敵だわ」

「タケトくん……」

 ・

 ・

 同じようにテレビを見ていた30代前半くらいまでの親戚(10人くらい)がタケトくんに熱い眼差しを向けている。


 ブレスレットを身に着けない男性が多い中、タケトくんはキチンと身に着けてくれているからね。


 何度も言うが、野原一族は男性を必要としていない人が多い。ちなみにウチの会社に勤めている人間も優秀な人が多いだけにその傾向にある。


 これは野原一族が、建設業に、不動産業、廃棄物処理業、清掃業など間接的にだが男性とのかかわりがあり男性の傲慢さをよく知っていたから無理に夫を探すことなく『子生の採り』を利用して後継者を確保してきたから。


 だから男性なのに人当たりの良いタケトくんは野原一族ではすぐに大人気になった。


「ふふ。実はタケトくん。野原家のブレスレットを嵌めてから一度も外したことがないのよ」


 これは私と離れたくないってことよね。かわいいすぎるのよ。だからついついお世話を焼いちゃう。


「姉さんも惚気るようになったねぇ」


「それだけタケトくんは素敵なのよ」


「それもそうね……」


 歌い終わった武装女子の事を感動して口がまともに開けれない状態なのに絶賛していたMCたちのお陰で溜飲は下がった。

 でも、視聴する誰もが沢風和也の発言が間違いだったと知ったが彼は謝罪をしないのか? あれっきり沢風和也が映らない……


 出番が終わったタケトくんはちょこちょこ映っている。番組側も誰を頻繁に映したらいいか分かっているのね。


「きゃー」

「タケトくんまた映ったよ」


 タケトくんも自分が映ると笑顔で手を振ってサービスしてくれるから他の番組がみたいと言う親戚は誰一人いない。


 そんな時、お婆様がふと思い付いたようにぽつりと呟く。


「婿殿に……ウチ(会社)のイメージソングを歌ってもらえんかのぉ……」


 お婆様の呟きをすぐに拾い上げて、賛同したお母様に叔母様。いえ、親戚一同。かく言う私もタケトくんが出演するCMのバックミュージックに、会社のイメージソング(武装女子の歌)が流れていたらと、ちょっと想像しただけでも心が躍った。


「うむ」


 満場一致で、タケトくんの負担にならないようなら改めて会社のイメージソングも依頼することなっていたのは言うまでもない。


 みんなでお酒を嗜みながらアイドルや歌手の洗練された歌やダンスを楽しんでいると、


『あ゛!?』


 親戚一同が同じタイミングで眉間に皺を寄せる。沢風和也だ。全くテレビに映らないからすっかり忘れていたけど、沢風和也がテレビ画面に映った。

 そうだった。沢風和也は大トリだった。しかし、彼の歌は……


「ぷっ」

「何、アイツ。手ェ抜いてないか、このヘタクソ【放送禁止(ピー)】」

「これは……ブーメランだねぇ」


 もう少しまともに歌えるイメージがあったけど、とてもお粗、沢風和也の歌は聴いているこちらが恥ずかしいくなるくらいヘタクソでした。

 新曲と言って期待させてこれはない……私はすでに耳を塞いでいる。


 タケトくんの歌が印象的(いい意味で)だっただけに、彼の心のこもっていない歌がより残念に感じた。


 結局、沢風和也は歌い終わった後にある雑談トークもなくCMが明けるとMCのトークがあり番組は終わった。


 この後タケトくんがこっち(実家)に合流することになっているけど、お婆様も含めてみんなにはまだ伝えていない。


 ——ふふふ。みんなの驚く顔が見れるかしら……


 終わったからテレポートでみんなを送ってからそっちに行くよ、というタケトくんからのMAINメッセージを見て、私は笑みを浮かべるのだった。



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