第99話 (MCウタコ視点)
私はウタコ。相田詩子。
突然抜擢された第77回歌王夜のMCに戸惑いが隠せない。上司から嫌われているはずの私がなぜ? と思ったがすぐにその答えは分かった。
沢風和也だ。彼が芸能界で活動し始めてまだ一年にも満たないが、彼が出演する番組はかなりの高視聴率になる。
だが、それと同時に台本にない発言や行動が目立つため扱いづらい人物でもある。
というのも、男性ということで顔色を窺う共演者の誰もが彼の発言や行動にツッコむことやボケることができないから、MCがどうにかその場を取り繕わないといけなくなる。
それが毎回上手くいけばいいが、そうはならない事の方が多い。
番組終了と同時に彼から浴びせられる罵詈雑言。憧れの男性からの罵りにMCの心がすぐにへし折られる。
アイドルや女優、モデルに優しく振る舞う彼の姿を見せつけられているだけに、なぜ自分だけが、と心に来るのだ。
この業界ではすでに『MC泣かせ』として有名になっている。
でもせっかく巡ってきたチャンス。その程度で断るはずがない。私は子どもの頃から歌王夜のMCになりたかった。夢がやっと叶うのよ。
MCアシスタントは会社の後輩のオトカ(望月乙花)。彼女は持ち前の明るさで場を盛り上げるのがうまい。私の1つ下で歳が近いっていうのあるけど息が合う。オトカとなら大丈夫。なんとかなるだろう。
そう思っていたのに、
「正直僕は幻滅しました。残念です……本当に残念でなりません。それがあなたの本性だと知った以上、僕は今この場を借りて宣言しなければなりません……ふぅ」
そして、一度息を整えた沢風和也が、
「僕はあなた東条麗香との婚約を破棄する!」
私は一体何を見せられているの。彼を上手く煽てて気持ちよく歌ってもらうだけじゃダメだったの。『武装女子』の歌をあなたは聞いたことないの、なんで勝手に動いているの、なぜ私のマイクを持っているの。ダメだ、頭が上手く働いてくれない。
快調な滑り出しオトカとのトークは弾み、うまい具合に会場ホール内を盛り上げ、ゲストのみなさんには気持ちよく歌っていただこう、そう思っていたのに……
——なんでよ。なんでこいつは……
あの時からそうだ。歌番組リポーターとして彼の学園に行った、あの時。
彼に会えると浮かれていた自分も悪いけど、私は視聴者に不甲斐ない姿を晒した。
悔しかった。もうこんな事には二度とならないと心に誓ったのに……
『ウタコさん、オトカさん……一旦CMに入ります』
突如、インカムを通してプロデューサーの声が聞こえた。はっ、そうだ。しっかりしなきゃ。でもプロデューサーがそう判断してくれて正直助かった。
彼のみが満足気にテーブル席に戻っていく。彼は番組を壊す気なのか、私は彼の後ろ姿を睨まずにいられなかった。
『彼にこれ以上暴れられたら番組放送を続けるどころの話でなくなります。先ほどの事には触れないように慎重に進めてください。
ただ会場の空気が重く悪いものとなっているのもたしか、ウタコさん、オトカさんらでどうにか歌えるレベルまで戻してください。無理を承知でお願いします』
そんな要求がプロデューサーから届く。そうよ、こんな事で番組を潰してなるものか。返事はもちろん、
『はい。お任せください』
『は、はい。頑張ります』
オトカはまだ固いわね。会場も静まり返り、成り行きを見守っている感じ。でも変に騒がれるよりもマシよね。
しっかりやるのよウタコ。でないと、本当にこの子は男性なの? と疑問に思うくらい礼儀正しかったあの子に申し訳ないわ。
そうよ。あの子たちの方が初出場であんな心にもない事を言われて不安に、いえ、腹を立てているに……ぇ。
い、いちゃついてる。男装している子たち、タケトくんに脇、つんつんしてもらってる。う、うらやま〜……みむめも……
「? 先輩何か言いましたか」
「ハ、ハッセイレンシュウヨ……」
「何で棒読み? しかも変な声」
「ウチの隣に住む裏山さんの真似ね」
「ぷっ、誰ですかそれ、せめて私の知ってる人にしてください。あ、でも先輩のおかげで緊張が少し取れました。ありがとうございます」
それからバックミュージックを変更してもらい、いい具合に緊張のほぐれてくれたオトカと協力して場を盛り上げれば、どうにか歌えるレベルなったと思う。私たち頑張りましたよ。
ステージ近くのディレクターに合図を送ればオッケーのサイン。
「……はっ、いけない、つい興奮して喋り過ぎてしまいましたね。すみません。では武装女子のみなさん、準備の方は……よろしいようですね、はい、では『武装女子』で『君の側で』です」「「どうぞ」」
♪〜
伴奏が流れて彼がタケトくんが歌い出す。
サビから始まる『君の側で』。一度聴いてファンになり何度も聴いていた曲なのに……彼の生の歌声に私はすぐに引き込まれていた。
僕はみてたよ 羽ばたく君の翼を
とてもきれいなその翼
僕も飛べるよ 君の側なら
いつまでも一緒にいたい君の側だから…
♪〜
君の声が聞こえたんだ
壁を背に座り込む君の声が
何度も立ち上がろうとしていたその声が
・
・
う、うう……自分が歩んできた人生と重なり涙が溢れてくる。
その全てを肯定してくれるタケトくん。自分が、側にいるから思うようにやってみなよと後押してくれているようなそんな気持ちにしてくれる……
紆余曲折して掴んだMC。本当は不安だった。でも頑張れる。私はまだやれる……
でも今は、今だけは……ぐす。
パチ……
パチパチ……
パチパチパチパチ……
誰かの拍手でハッとする。いけないもう歌が終わっていた。でもダメ。今口を開くともっと涙が溢れ出しそう。
私は誤魔化すように拍手する。隣にいたオトカも同じように一生懸命拍手をしていた。
気づけば会場から割れんばかりの拍手が沸き起こっていた。
当然だ彼の歌はそれだけすごかったから。同じように感動しているみなの反応を見てそう確信した。
しかしMCとして何も言わないというわけにはいけない。私は一度大きく息を吐き出し心を落ち着かせる。
「すばら、ぐす、とても、ぐす、すばらしい歌でした。ぐす。ごめんなさい。私感動して、うまく話せていませんね。ぐす」
「ぐす、私、もです、ぐす……ずみ゛ま゛ぜん゛」
ダメでした上手く話せません。オトカも同じ。
『ジーエ゛ム゛(CM)よ゛……』
再びCMを入れてくれた木見野プロデューサーに心から感謝した。
その後『武装女子』とのトークはカミカミで酷く情けないものだったが、タケトくんが上手くフォローしてくれて和やかな雰囲気のまま次の『ふぉーいあーず』へと繋げてくれた。
タケトくん様様でしたね。カメラが回ってなければ頬ずりしてましたよ。
沢風和也はタケトくんは歌がヘタ、男だからステージに立てたとか言っていましたが、それは全くのデタラメ。タケトくんの事を知らなくて訝しげな視線を向けていた人たちも今では熱い視線を向けている。
彼の発言を思い出す度に1人呑気に居眠りをしている彼を何度も睨んだが、大トリで歌った彼の歌はとてもお粗末なもので耳を塞ぎたくなるレベルのもので笑ってしまったが、自分がMCだったと気づきすぐに頭を抱えた。
結果的には歌い終わった彼が暴走して彼の保護官が場を収めてくれて(カメラが回ってないところ、映らないようにした)ホッとするのだった。
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