第98話 (沢風和也視点)

 なんなんだ、アイツの歌は……


 実力は本物……


 そんな考えが頭に過ぎるがすぐに首を振って振り払う。


 いや違う。そんなはずねぇ。何か、うまく聴こえるように小細工しているに違いない。念力や音響とか……そうか念力を使い、音響スタッフを買収したんだな。


 ポッと出の元デブ男にまともな歌なんて歌えるはずねぇんだ。


 すぐに抗議してアイツらの歌をやめさせよう。そう思い立ちあがろうとした瞬間、


「こ、うごっ、もごもご」


 突然、僕は両肩をお押さえつけられてから口元を背後から塞がれた。

 声が出せない。立ち上がれない。僕は男だぞ、保護官は何をやってる。


「大人しくしていれば手荒なことはいたしません」


 耳元でそんな声が、低く凛とした声だ。ふざけるな!


「ふご、ふごご……むぐぁ」


 そう叫んだつもりだったが、僕の口にはすでに粘着テープが貼られていて声を出せない。こいつ、いつの間に貼りやがった。そいつは背後にいるため、こちらからは何もできない。この卑怯者め。


 だがこのままヤツの言いなりはごめんだ。僕をなめるなよ。


「ふぁ、ふぁ」


 僕は激しく身体を揺らして抵抗する。のだが、次の瞬間、両肩を掴むヤツの両手に力を入り僕の骨がメキメキと軋む。

 大人しくしろ、しなければ、このまま砕くとでもいいたげに……


「ぐ、ぁぁ」


 両肩を掴む手にさらに力が込められて痛みが増す。使えない保護官どもに内心罵声を浴びせながら僕はすぐに首を縦に振った。


 使えない保護官を当てにしなくても、これだけの人数が会場にいるんだ、誰かがきっと気づいてくれると思ったからだ。今に見ていろよ。


 だが、僕の読みは外れる。アイツだ。アイツの歌にみんなが耳を傾けているのだ。


 僕が声をかけても返事すらしなかったアイドルの星野光や月影夜空なんかも前のめりの姿勢でアイツの歌を聞き熱い視線を送っている。


 気に入らねぇ。まあいい。すぐに化けの皮を剥がしてやるからよ。

 それから。ぐすぐすとなぜか涙を流し出すバカな女まで現れ僕は正直呆れた。


 はあ?


 あんなヤツの歌だぜ。しかも、それがホール全体にまで広がる。これは明らかに異常。バカめやり過ぎだ。自ら墓穴を掘りやがった。くくく、やはりアイツは何らかの念力を使っている。


 僕がこの番組に参加する条件として僕のチャンネルでもこの番組を生配信をしているんだ。証拠もバッチリ撮れているだろう。


 そうと分かれば、焦って止めるまでもねぇ。僕はヤツが歌い終えるのを黙って待つだけさ。


 ————

 ——


「……様……」


 不意に誰かが僕の身体を揺さぶる。


「沢風様」


 はっ!


「沢風様、次、出番ですよ」


 気づけ番組スタッフからそう呼びかけられていた。


「はあ!?」


「沢風様。今上島ゆきみ様が歌っておりますのでお静かにお願いいたします」


 状況が分かるよう、僕を起こしたスタッフに説明を求めるとスタッフは気だるそうにしながらも、気づいた時から僕はずっと寝ていたと言う。

 僕に対してその態度お前の顔は覚えたからな。


 しかし、信じられん。


 口元に貼られていたテープは……ない。身体も外傷や痛みもなく普通に動かせる。


 しかも次が大トリである僕の出番とはな。まあいい。お子ちゃまども(未成年者)が帰り多少人数が減っているとはいえ、順番が前後するだけだ。

 先に歌ってやるよ。それからヤツの念力不正使用を訴えてやればいい。


 む?


 一瞬、アイツに熱い視線が集まっていることに苛立ちを覚えたが、それもすぐに終わりをむかえるだろうと思えば逆に笑いが込み上がってきた。くくく、かわいそうに、僕がすぐに地獄に落としてやるからな。


 僕はいつものようにチャームアップを使う。念力がスーッと抜ける感覚。これで準備はオッケー。


 くくく……


 ヤツのは他人に干渉する念力だろうが、僕のは自らの魅力をアップするもの。不正ではない。


 ん?


 おかしい。いつもなら僕がステージに上がるだけで黄色い声援が飛んで来るのだが……それどころか誰も僕のことを見ていない。

 この僕がわざわざステージに上がってやっているというのに。


「……上島ゆきみさん。すばらしい歌をありがとうございました。

 さあ、第77回歌王夜も残すところ1組になりました。時間が経つのは早いですねオトカさん」


「そうですね。みなさんの素晴らしい歌やダンス。私見入っちゃってあっと言う間の時間でしたよ」


「はーい。ホントすばらしい歌やダンスでしたものね。でもまだ忘れてはいけませんよ。今夜その最後を飾るのが今や国民的男性アイドルともいわれている沢風和也さんなんです」


「おお。これは見逃せませんね」


「はい。そんな沢風さんに歌っていただきますのは、えー『いただきます』だそうです。

 沢風さんからの情報によりますとまだ動画にもアップしていない新曲なのだそうです。これは楽しみですよ」


「はい。どんな歌なのか楽しみですね」


 ふん。無駄に時間を引き延ばしやがって。さっさと歌わせろ、そう近くのスタッフに視線を向ける。


「……そ、それでは歌っていただきます。沢風和也さんで『いただきます』「どうぞ」」


 ♪〜


 伴奏が流れて僕はいつものように適当に踊りながら適当に歌う。いけね、出だしちょっと遅れたが、まあいい。


「…お前の、ぜんぶを〜♪」


 やべ、歌詞間違えた、まあいいか。


「朝昼晩の〜おかわりはキミ〜♪」


 おや、音外れたけど、まあいいか。どうせ新曲で誰も聞いたことがない曲だ。分かりっこねぇ。


「……いただきぃ〜まーす!」


 ふぅ。決まった。完璧。


 会場ホール内はシーンとしたままだった。ふふ。感動して声も出ないか。


 パチパチ……


 しばらくするとまばらに拍手があった。はあ、失礼な女どもだな。いくら感動したからと言って拍手を怠るとは。これだからバカな女どもは。


「あ、ありがとうございます。た、大変すばらしい曲をありがとうございます」


「ありがとうございます」


 僕はMCの側に行くとすぐにマイクを取り上げる。


「ちょっと沢風さん、困ります」


「MCすまない。僕は不正を見過ごせないタチでね……そう皆さんもお気づきだと思うが、武装女子の剛田武人、貴様のことを言っている。お前の歌ごときで会場中の女性が涙する。そんなバカなことあるはすがない。ヤツは何らかの念力を使っている、でなければ……こ、こら僕がまだ……」


 マイクを取り上げられた僕の意識はここで途絶えた。


 ————

 ——


「あなたバカなことしてくれたものね」


「お前は……東条麗香!」


 気づけば、僕は……自宅? の椅子に縛り付けられていた。


「ふふふ。ここはあなたの自宅。何もしないわよ私は。縛り付けているのは、あなたにそれ以上近づいて欲しくないからよ」


 汚いものでも見るかのような目を向けてくる東条麗香と、その取り巻きが数人。


「てめぇ!」


「はいこれ。あなたの望み通り、あなたとの婚約が破棄になった正式な書面よ。私はこれを届けにきただけだから。すぐに失礼するわ」


「ふん。裏でコソコソする女狐め。2度と僕の前にツラを出すなよ」


 見た目だけはよかったんだがな、僕を見下すその目が気に食わなかったんだよ。せいせいしたわ。


「……そうでしたわ。最後に教えてあげる。あなた世間からの評判すごいことになってるわよ。自分で確かめてみることね。ふふ、今度こそ失礼するわ、いくわよカヨ」


「はい」


 側にいた保護官にロープを解いてもらいスマホを確認すると日付が変わり31日のお昼だった。


「何が、あなた世間からの評判すごいことになってるわよ、だ。僕は元々すごいんだよ。あー腹減った。おい、そこのお前なんか作れ」


 彼はまだ知らない、タケトの不正を暴こうとした生配信(ほんとはタケトの醜態は生配信で晒そうとした)が、逆に自らの醜態を晒す結果になっていたことを。

 彼のチャンネルを解除する登録者は急増し、すでに300万人以下にまで、今もなお減少し続けているということを。


 彼はまだ知らない、自らの問題行動から始まった歌王夜は、皮肉にもSNSで拡散されるなどして、かなりの注目を集めており、その平均視聴率が驚異の95.4%をマークしていたということを。


 彼はまだ気づかない、5人いた保護官がすべて変わっていることを。


 彼はまだ……

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