第96話

 奥にステージがあり俺たちが座るテーブル席がずらりと並び、その周りは観客席もあった。


 ん?


 観客席が少し騒ついたと思ったらすでにお客さん入ってるよ。マナーのいいお客さんしか入っていないらしくすぐに静かになったけど、リハーサルに参加していないから知らなかった。


 ちなみにリハーサルは俺たちが返事をした日(28日)にあったそうだ。昨日はその調整で今日が本番。


 そして俺たちはトップバッターで『ふぉーいあーず』が俺たちの次で……大トリが沢風くんだ。


 俺たちが席に着いたあたりからぱらぱらと出演者がテーブル席に着いていく。


 人気歌手の上島ゆきみさんに、トップアイドルの星野 光(ほしのひかり)さん、月影 夜空(つきかげよぞら)さんに、人気バンドグループのYOARUKI、ネッチューブ配信者から歌手になった粟津素子(あわつもとこ)なんかが入ってきた時のつくねのテンションはすごかった。


「タケトくん、タケトくん、見て見て上島ゆきみさんだよ」


「わー、わー、星野光ちゃんだ」


「本物、本物の月影夜空ちゃんだ〜」


 俺の袖を引き、声にならない声できゃーきゃー騒いでいたよ。


 MCのウタコさんにMCアシスタントのオトカさんが前に立ちそろそろ始まるのかなというタイミングで沢風くんが入ってきた時には不機嫌な顔になったけど。


 しかしあれだね、沢風くんはぎりぎりに来たけど堂々と歩いているから、さすがというか場慣れしてるって感じだね。


 自分のテーブル席に座る時にMCに軽く頭を下げてから座ったよ。礼儀正しいのか正しくないのか分からない人だね。


 トップバッターなのでその様子をステージ上から見てたんだけど。あ、カメラはMCの方を向いているから問題ないんだ。


 時間になるといよいよ番組が始まる。


「さあ、いよいよ始まりました第77回歌王夜、MCの私ウタコと」


「MCアシスタントのオトカでーす」


「今夜はテレビ女性ホールから生放送でお送りいたしますが、オトカさん、今夜はすごいメンバーが参加しているんですよ」


「ふふふ。ウタコさん。私ももちろん知ってますよ。総勢41組のプロのアーティストさんが参加してくれて自慢の歌声や魅力的なダンスを披露してくれるんですよね」


「ちょちょとオトカさん。それ私が言うところ……もう。今年も残すところ1日、今夜は最高の歌番組をお届けしますよ」


 ここで一旦CMに入るらしいので俺はみんなの様子を確認してから合図を送りいつでも歌えるように集中する。ふぅ。よし準備オッケーだ。


 トップバッターと言うことですっごい注目されているけど、俺たちはいつも通り依頼された『君の側で』を全力で歌うだけだ。


 CMが明ける。


「それでは……!?」


 MCのウタコさんが俺たちのことを軽く紹介してくれて歌う手はずなのに……


 突然、会場がざわざわと騒がしくなる。


 異変に気づきステージの上からテーブル席を見渡すと男性が1人だけ立ち上がり歩いている。


 あれは……沢風くんだ。沢風くんがMCのウタコさんの方に向かって歩いている。そして……


「え、沢風様、ちょっと困ります!」


 沢風くんはウタコさんから半ば強引にマイクを取り上げるとすぐにカメラに向かってに語り出す。


「東条麗香さん。見てますか。見ていますよね。あなたが整えた舞台なのですから……」


 沢風くんは何を……


 この騒動に気づいていなかった人たちも異変に気づき会場が一気に騒がしくなるが沢風くんは構わず言葉を続ける。


「正直僕は幻滅しました。残念です……本当に残念でなりません。それがあなたの本性だと知った以上、僕は今この場を借りて宣言しなければなりません……ふぅ」


 そして、一度息を整えた沢風くんは、


「僕はあなた東条麗香との婚約を破棄する!」


 そう声高らかに言い放った。はああ? 何やってんだよ沢風くんは……


「沢風くんはなんてことを……」

「東条麗香ってあの東条麗香さまのこと?」

「これってヤバいんじゃない」


 騒然となる会場。哀しそうな表情をしていたはずの沢風くんは、一瞬、ほんの一瞬だけニヤリと笑みを浮かべた、ように見えたが、すぐに憂いの表情を浮かべて、そのまま言葉をつづける。


「これは彼女が悪いのです。彼女への罰です。僕は裏でコソコソ手を回すような女が嫌いなんです。実力もないのに男というだけでこのような栄えある舞台にあげる。みんなさん分かりませんか? ならば僕が教えてあげましょう。そう僕はここにいる『武装女子』のことを言っているんです。剛田武人!」


 そこで俺の方に向かって指を指す沢風くん。いや、沢風。なんだよこいつ意味が分からないんだけど。っていうか東条さんって誰。


「ネッチューブで多少名を売っているようだが、たかが知れている。実績も実力もないお前たちがこのような栄えある舞台に立てるはずないんだ。東条グループの力でも借りなければな。

 現に演奏歌手である北条まり子さんも応援とかこつけてこの会場に来ているようですが、そのケガも見れば大したことない。これはもう裏で取引があったとみてもいいだろう」


 今度は会場のテーブル席から離れた位置、テレビに映らない位置に設けてあるテーブル席に向かって指を指す沢風。


 え、あの人ってトイレから戻る途中で見かけて辛そうにしてたから俺が勝手に治した人じゃない?

 演歌歌手の北条さんだったの。その北条さんと目が合った気がしたので反射的に頭を下げた。俺が余計なことをしなけばという後悔から。


「ま、僕がここで発言していなくても今から歌う彼らの歌を聞けばすぐに首を捻ることになるのにだから時間の問題だったのかもしれないが、僕はどうしても許せなかったんだ。

 彼らのように実力ないお遊びバンドがこのような栄えある舞台に立っていることが! そしてそれを許した東条麗香が! ……MC、流れを止めて申し訳なかった、すまない」


 そこで少し頭を下げた沢風はマイクをウタコさんに返した。

 そして一度もこちらに視線を向けることなく自分のテーブル席に戻っていく。

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