第95話
それから中に入れば、ご丁寧に案内人さんが付いてくれて楽屋に案内してくれた。これには助かった。
楽屋があるフロアーの入り口でアシスタントプロデューサーやディレクター方が出迎えてくれたので、しっかりとみんなで挨拶。この業界は挨拶が大事なんだって。森田さんたちに聞いててよかったよ。でもやっぱり男というだけでかなり見られるね。
『ふぉーいあーず』の楽屋は人数が多いので俺たちとは別のところ会場ホールに向かう時は一緒に行こうと約束して別れた。
「俺、今のうちにお手洗いに行っておくよ」
「あ、うん」
「そ、そうだね」
テレビ局での生放送、早目に来たけど時間までどう過ごしていいのか分からず気持ち的に落ち着かないが、ふと、お手洗いは先に済ませていた方がいい気がしてみんなに断ってからお手洗いに向かう。
あの様子じゃみんなもお手洗いに行ってるかもね。
「男性用のお手洗いって結構離れているんですね」
「そうですね」
早目に行っててよかったよ。男性用のトイレは数が少ないからなのか、かなり離れた位置にあった。しかも何気に豪華。
ただ俺以外に誰もいないからって、ミルさんが男性用のトイレで用を済ませた時にはびっくりしたけど、こんなことは保護官をしているとよくあることなんだって。保護官って大変だね。
お手洗いを済ませて会場に戻る途中だった。
——ん?
目の前に松葉杖でよろよろ歩いていた上品なおばさんが突然通路にしゃがみ込んだ。
ギブスが巻かれたその足をさすり本当に痛そう。さする両手にも包帯が巻かれていて痛々しい。よく見れば頬や額にもガーゼが当てられていた。
——ここテレビ局なんだよな……
一般人は入れないからその関係者、外せない仕事があって出てきた感じの人なんだろうか?
「あの、大丈夫ですか?」
「……あなたは……え、男性、の方ですか」
「あはは……はい。お身体、痛そうで、気になったので……」
「ああ、お恥ずかしい。年甲斐もなく手品に挑戦したら失敗してしまいましてね……」
手品? こんな大ケガになる手品ってなんだろ? それにスタッフさんじゃないのも……もしかしてタレントさんだった?
「そ、それは大変でしたね」
まあどちらにせよ、あまりのんびりもできないし……危険な相手だとミルさんが注意してくれるけど、ミルさんからは何もない。よし。
「あの、いきなり見知らぬ男性がこんなことするのは失礼だとは思うのですが、あまり時間がなくて、すみません、ちょっとこちらの手をお借りしますね」
「な!?」
いきなりのことで驚き頬を染める彼女だが、すみません、すみません。と何度も謝りつつ半ば強引に彼女の手に触れてからヒーリングをかける。
「ぇ……これは……」
驚きを隠せていないようだが、治療されていると理解した彼女は黙って俺の顔や俺が触れている右手のあたりを眺めている。
俺は何も言われないことにホッとするとヒーリングを続ける、時間にして1分ほどかな。触れて分かったが、これはかなりの大ケガ。よく歩けていたものだと感心するレベル。ここまで酷いと一気にヒーリングをすると逆に患部を悪化させるおそれがあるので、軽めにヒーリングを流し少しずつ強くしていく。この調子ならばあと4、5分流せば完治できるかな。
ピロン
ピロン
さっきからポケットに入れたスマホにメッセージが届いている。
誰だろう気になる。あ、もしかしてトイレに時間がかかっているから心配されているのかも……これは急がないと。
「ふぅ……たぶん、もう大丈夫だと思いますけど、一応お医者さんに診てもらってくださいね」
「ありがとうございます。あの、あなた様のお名前を……あ」
完全に治った感覚があったところで俺は急いで立ち上がりると、早口でそう伝えてその場を後にした。
少し歩いてスマホを確認すれば案の定、みんなから俺を心配するメッセージがたくさん届いていた。
ちょっと困っている人を見かけたから手助けをしていたと返して俺は早足で楽屋に戻った。
「北条様! こちらに居らしたのですね。お身体が痛むのですね」
「……すまないね。ちょっとお手洗いに行きたくなってね」
よいしょ、と普通に立ち上がって身体を動かしてみせる北条まり子を見てマネージャーらしき人物が目を見開く。
「北条さ、ま。おケガの方は……」
「おお、親切な子が治してくれたのさ……そうそう、予約を入れていた念療院はキャンセルしといてくれるかい。1ヶ月先だったから問題ないわよね」
「は、はあ……いえ、ダメですよ。ちゃんとお医者様に確認してからでないとキャンセルはしませんよ。一度キャンセルすると、いつ予約が取れるから分かりませんし、下手をしたら半年先までいっぱいなんてことも普通にありますからね」
「そうね。それなら仕方ないわね、それからにしましょう」
————
——
楽屋に戻ってしばらくすると、森田さんが声をかけてくれ『ふぉーいあーず』のみんなと会場ホールに入る。するとその入り口で木見野さんという番組プロデューサーやスタッフさん? が出迎えてくれていてびっくり。すぐに挨拶をしたよ。
「この度は突然のオファーにも拘らず出演していただき本当にありがとうございます」
「いえ、お礼を言いたいのは私どものほうです。このような機会をいただきありがとうございます」
お互いぺこぺこしてへんな挨拶になってしまったけど、最後は握手を交わして俺たちは別のスタッフさんにテーブル席まで案内してもらった。
大丈夫だよね、悪い印象は与えなかったと思うけど。ボーっとした感じで、いつまでもこちらを見てるから気になるよ。
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