第92話 (とある番組プロデューサー視点)
とある番組プロデューサーは大手芸能事務所から連絡を受けて頭を抱えた。
「今から代わりなんて……」
そう彼女は木見野映子(きみのえいこ)、年末歌番組、歌王夜のプロデューサー。歳は37で14歳の娘が1人(かりん)いる。
毎年のことなので、大物演歌歌手の北条まり子(ほうじょうまりこ)、人気歌手の上島ゆきみ、トップアイドルの星野 光(ほしのひかり)や月影 夜空(つきかげよぞら)、人気バンドグループのYOARUKI、ネッチューブ配信者から歌手になった粟津素子(あわつもとこ)など40組に対しての出演交渉は11月中には終えていた。
今や超人気男性アイドルとなり様々な番組から引っ張りだこで出演は難しいだろうと言われていた沢風和也さんの出演が決まった時には天にも昇る気持ちでもあった。
この日、一本の電話を受けるまでは……
「どうして……」
それは大トリを飾る予定だった北条まり子(演歌歌手)が隠し芸大会の収録中に大ケガをして入院したというもの。歳が歳なのに(60代後半)なのに脱出マジックに挑戦して失敗。あちらの番組プロデューサーに比べればまだマシなのだが、この穴(大トリなだけあって尺は2人分あった)どう埋めようか考えただけで頭が痛い。
というのも時期が悪いのだ。ハッピーデイの今日、番組放送まで5日しかない。
ハッピーデイから年末年始にかけてはイベントが多いため、売れている歌手のスケジュールに空きなどないだろう。
かと言いって無名の新人を出演させるほどウチ(歌王夜)の敷居は低くない。
「はあ、手当たり次第やるしかないわ……」
————
——
「予想通りね……」
緊急事態のためスタッフみんなで候補に上げていた歌手や人気バンドグループに、アイドルグループまで手当たり次第当たってみたが全てスケジュールが埋まっているというお断りの返事をいただく。
当然だろう、無茶を言っているのはこちらだ。
今の時期に仕事が入らないような歌手に出演交渉なんて持ちかけているはずないのだから。
ガコン。
一度気分を変えようと自動販売機で缶コーヒーを買いロビーチェアに腰掛けて、コーヒーを一口口に含む。
「……ふぅ……MCにトークで頑張ってもらうとして、あとは……」
私にとって今年一年間の締めとなる番組なだけに残念でならない。
職業柄、時間が少しでもあればついスマホを操作してネッチューブの急上昇音楽ランキングをチェックしてしまう私。
「ん?」
この時は缶コーヒーを片手に持っていたため、スマホを片手で操作していた。
そこでたまたま触れたライブ中のランキング。
「マサカ社アイドルグループ……え!?」
私はそのトップにあったサムネを見て驚いた。
『マサカ社アイドルグループ。ハッピーディイベント! ふぉーいあーず歌合戦。スペシャルゲストも来るよ』その視聴者数が200万人という信じられない人数を表示しているのだ。しかもその視聴者数は今も増え続けている。
————
——
「いいじゃない。すごくいい!」
『ふおーいあーず』この子たちは人気が出る。私の直感がそう訴える。出演交渉するべきだと。
ただそれ以上に武装女子。職業柄誰かのファンになることの許されない私の心をいとも簡単に奪ってしまったボーカルのタケト様。
私はその美貌と歌声に年甲斐もなく惚れてしまいました。
沢風和也さんみたいに実際の性格が悪くたって構いません。私はあなたを応援するわ。
「タケト様……」
私は概要から武装女子チャンネルに飛ぶとすぐにチャンネルを登録。アップしてあった動画が3つしかなかったことに残念に思ったが、そう思ったのも『君の側で』を再生するまでで、私はすぐにその動画に釘付けになる。
「しまった……」
『君の側で』と『微笑みを君に』を何度も繰り返して視聴してハッとした時には23時。さすがに今から出演交渉はできない。
その日は大人しく自宅に帰った翌日。私はすぐに出演交渉に動く。
『ふおーいあーず』は所属事務所があるのですぐに連絡が取れて出演オッケーをいただく。
問題は武装女子だ。調べてみてわかったが、まだどこの事務所にも所属していないようなのだ。
なぜ? と一度疑問を抱くと次から次に疑問が湧き、そう言えば、と思い出す。
武装女子大したことない。沢風和也様の二番煎じ。男だから再生数を稼いでいる。歌はヘタクソなど……
そんな噂をテレビ局内でもよく耳していたからランキング上位で目にしても男性だから上位にいるのだろうと思い、視聴する気が起きなかった。
男には期待したらダメだと育てられていたからというのもあるが、噂など鵜呑みにしなければよかったと後悔した。
「お願いタケト様」
藁にもすがる思いで、全ての動画(3つしかない)に出演オファーのコメントを送り返事を待ったが……返事が来ない。
「も、もしかしたらまだ見ていないってことも……」
私の思いとは裏腹にその次の日(27日)にも返事は来なかった。
すぐにでも連絡が欲しかったために、送った当日に返事をくださいというのが悪かったのでは? と思い始めた頃、ツブヤイターにもアカウントができていることに気づく。しかも写真までアップされている。
タケト様……まだ学生なのになんて色気なの……
私が10歳若かったら……って違う。何考えているのえいこ。首を振って邪念を払うと、そちらにもすぐにDMを送る。
「ダメなのかしら……」
そちらでも返事が来なかった。
「そう、だったわね……」
浮かれ過ぎていたのだ。沢風和也さんもそうだが男性はやはり気難しいのだ。諦めムードになっていた次の日(28日)返事が来た。出演オッケーという短い返事だが、私は年甲斐もなく飛び上がって喜ぶのだった。
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