第89話

「俺にお見合いパーティーへの参加依頼?」


 香織の様子がおかしかった理由はこれか? CMの件だと思っていた俺は全くの検討違いをしていたようだ。


 帰宅してそうそう香織からパーティー券を手渡されたのだ。


 成人(16歳)した男性は1月の第2月曜日(成人の日)に毎年お見合いパーティーへの参加が義務付けられている。女性の参加は自由だが男性は参加しなければペナルティ(今年支給される男性手当が三分の一減額)が発生する。

 ただし妻が5人以上いる場合や年齢に見合った基準値に達していればその限りではない。


 そして、男性は年代別にパーティー会場が違うのに対して成人以上の女性は好きな会場を選べる。


 俺の場合、少しばかり名前が売れているのもあって市長自らお見合いパーティー券を届けに来たのだとか。


 本来なら初めての参加となる俺だが、俺にはすでに香織と結婚しているので、現時点(年齢)においては基準値を満たしていることになり別に参加しなくていいはずなのだ。


「大丈夫、心配しないで香織。俺は参加しないよ」


「ううん。違うのよ」


 あれ、違うの? それをわざわざ市長が持って来たのは昨日。でもそれを今日手渡されたってことは香織は不安になっていたからで、俺に渡すのを躊躇していたってことじゃないかと勝手に決めつけて話を進めた俺。とても恥ずかしいです。


「えっと……じゃあ香織が昨日から様子がおかしかったのは……やっぱりCMの件?」


「CM? CMは年明けてからの話よね?」


 首を傾げる香織。CMの件も違うようでした。お手上げです。理解ある夫への道は険しいようですね。だから俺はもう素直に聞くことにした。

 すると香織は顔を真っ赤にして謝ってきた。


「ご、ごめんなさい」


 香織はただ俺が外泊して寂しかっただけのことだった。俺の側は居心地がよく安心するから余計にそう感じたらしい。

 香織はそれが言動に現れているなんて自覚していなかったようでかなり驚かれた。

 でもホッとしたよ。あはは、香織は恥ずかしそうに両手で自分の顔を覆っている。かわいいね。


「安心した。でもやっぱりお見合いパーティーへの参加は辞退しようかな」


 俺の今の歳では1人妻がいればいいんだ問題ない。


「うーん……申し訳ないけど、武人くんには参加してもらったほうがいいかも」


「へ?」


 まさか香織からそんなことを言われるとは微塵にも思っていなかった俺は自分でも間抜けだなと思うような声を上げてしまった。香織とミルさんが笑っているよ。


「ふふ」

「ふ」


「なんでって顔をしているわね」


 香織が言うには、今の俺は市長が直々にパーティー券を届けてくれるほど知名度や人気が出てきている。


 だからこそ結婚していることを理由に参加を断ると、中には結婚している香織が俺を独占したいがために参加を辞退させたと思う女性が必ず出てくるだろう考えていて、そうなると香織自身もだが、香織の会社までもよくない噂を広められて風評被害を被る可能性があるらしい。


 ミルさんも同じ考えのようで香織の話を聞き首を縦に振り頷いている。


「そっか……あまり気乗りしないけど参加はしてくるよ。香織や香織の会社には迷惑をかけられないもんね」


「武人くん、ありがとう。あとその時はミルさんもお願いします」


 男性保護官はお見合いパーティーの時でも男性の側で控えていることができるらしく香織はミルさんに頭を下げていた。


「香織奥様、お任せください」


 一瞬、ミルさんの眼鏡がキランと光った気がしたけど気のせいかな。ミルさんはいつもの調子で淡々と応えて少し頭を下げていた。


「風評被害と言えば、ウチの生徒はどうなったの?」


 停学中の生徒を香織が面倒をみてくれていたんだよね。その期間はたしか今日までだったはず。


「あの子たちは誰1人欠けることなく真面目に勤めてくれたわよ。しっかりと躾……じゃなくて教育しているはずだから、もうおかしな真似はしないと思うわ」


「そ、それはよかった」


 今躾って聞こえたけど……


「そうそう、金銭的な理由で進学できない3年生なんだけど、希望する生徒はウチの会社で社員として雇うことにしたわよ」


 香織の会社の採用条件は基本的に大卒以上だったはず。それを高卒の子でも採用するって、もしかして以前俺が集合住宅の購入なんかで相談したから……香織の顔を見ればにこりと笑みを浮かべている。


「香織ありがとう」


「いいのよ。今のままの取り組み姿勢で勤めてくれれば誰も文句なんて言わないから。違うわね、あの子たち思ってた以上に根性があって部下たちに気に入られたっていうのもあるのよ。つまり彼女たちが自分たちの力で掴み取ったことなのよ」


「そっか」


 でもそれは色眼鏡で見られることなくしっかりと公平に評価してもらえたからで、だから、やっぱり香織にはありがとうだね。


 おっと忘れる前に、グッズ販売をすることを香織にもちゃんと伝えておこう。鮎川店長の二の舞はごめんだからね。


「それはかなり大きな話になりそうだから、法人化をすすめるけど……」


 そこで言葉の詰まる香織。気になる。


「何か問題でもあるの?」


 それは男性の扱いだった。つまり俺。俺は代表者はもちろん役員にもなれない。それじゃあ会社員扱いでもいいかな、と思っていると、それもできないと言う。


「じゃあアルバイトは?」


 そこで香織は頷く。なるほど、まあ収益物件が買えなかった時からなんとなく分かっていたんだよね。

 基本的には働かない非課税扱いの男性に雇用保険や厚生年金などの保障制度は意味がない。男性には男性専用の保障制度があり男性保険証なるものがあるからね。


 あとは前にも聞いた複数人妻のいる男性の相続問題などが絡んでくるからか……


「そっか……俺はアルバイトか……」


「そうなのよ。あ、でも、そんな規制がなければ武人くんはすでにウチの会社役員になってもらっていたからね……」


 香織が慌ててフォローしてくれる。やっぱり香織は優しいね。


「香織、大丈夫だから」


 でもさ、みんなとわいわい話し合って決めていたんだよね。事務所だって明日みんなで決めようと話した。


 ゆくゆくは法人化するかも、いやみんなのためには法人化した方がいいと思えるくらいグッズが売れてくれればいいのになあ、なんて思ってもいた。


 残念だが、こればっかりはどうしようもないな。法人化できるほど売れてくれた方がみんなのためになるし。


 ぎりぎりまでみんなには黙っていようと思った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る