第88話

 サイン会を終えて男性服専門店アユ、鮎川店長の店舗に着いた時にはすでに夕方、16時くらいだった。


 香織には帰りが遅くなることをMAINで送ると了解という可愛らしいアニメ調のねこのスタンプと早く帰ってきてね、というメッセージが返ってきた。


 鮎川店長のところに寄ってから帰ることは昨日のウチに伝えていたけど、時間がないから詳しく伝えることができないのが痛い。昨日から様子がおかしかっただけに不安が残る。すると、


「香織奥様には私の方から詳しい経緯をお伝えしておきます」


 すぐにミルさんからうれしい言葉が。ミルさんってほんと気が効く。


「ミルさん、ありがとうございます。よろしくお願いします」


「はい。お任せください」


 放課後のサイン会は大変だった。気づいたら生徒たちのうしろに先生たちまで並んでいた時には我が目を疑ったけど、俺たち武装女子を応援してくれていると思えばありがたいことだよね。


 でも先頭に並んでいた一之宮先輩がサインの後に俺の両手を握るから、後ろに並んでいた人みんな勘違いしてサイン&握手会になってしまった。やった、とみんなが手を取り合って喜んでいるのに今日はサインだけだよ……なんて言えなかった。


 校長先生はさすがというか握手をしても平然としていたけど、他の先生方は、頑張ってね、と言いつつもちょっと恥ずかしそうな姿は新鮮だったね。


「遅くなってすみません」

「「「「すみません」」」」


 店に入ると鮎川店長がすぐに出迎えてくれたので、遅くなったことをみんなで謝罪した。


「あ〜いいのいいの。武人くんに貸しが作れたから気にしないで。ふふ」


 さおり、ななこ、つくね、さちこが貸し? 呟き首を傾げながら俺の方を見ていたが、そうなんです、貸しひとつで許してもらったんですよ。


「鮎川店長、そこでイヤらしい笑みを浮かべられるとちょっと怖くなるんですけど」


「い、イヤらしいって、ば、バカ。そんな顔してないわよ、失礼ね」


 鮎川店長がバイトの子に一声かけてから奥の部屋へと俺たちを案内してくれた。

 ちなみに鮎川店長にミルさんの紹介はすでに済ませている。


 ——ん?


 バイトの子たちが俺たちに向かって手を振ってくれたのでみんなで振り返した。


「今日は突然呼び出してごめんね。みんなその辺の椅子に腰掛けて聞いてくれる?」


「はい」


 お店の奥には事務所兼応接室と撮影スタジオ、あと小さな作業部屋がある。

 いつもなら撮影スタジオの方に通されているが、今日は事務所兼応接室の方に通されていた。


 俺は何も考えずに側にあった3人掛けのソファーに腰を下ろしたのだが、


「武人くんちょっと詰めてね」


「え、あ、うん」


 つくねにそう言われて俺は右に少し移動する。


「武人くん、そっち詰めて」


「う、うん……って、え?」


 今度はななこに言われて左に少し移動するが、すぐにつくねに当たってこれ以上は詰めるのとができないぞ、そう思った時には。


「あ〜残念」


「出遅れました」


 さちことさおりまでもが同じソファーに腰掛けていた。


 素早い動きで俺の隣に座ってきたつくねとななこ。しまったと言うような顔をしつつ渋々座ったさちことさおり。


 そう3人掛けソファーなのに俺たちは5人で座った形になっているのだ。


「え、ちょっと、みんな……」


 いくら4人が細いとはいえ3人掛けのソファーに5人はきついって。


「きついよね?」


「大丈夫、気にしない」


「私も大丈夫だよ」


「私はちょっと不満かな」


「私も残念です」


 他にもソファーがあるんだよ。ちょっと、つくねとななこは色々当たってるから動かないでね……って言ったそばからななこはもぞもぞとしてるけど、え? 定位置が決まらない? そうなの、じゃあ決まったら動かないでね。俺も動かないようにするからさ。


「あなたたちいきなり見せつけてくれるわね。泊まりがけでライブに行ってまた仲良くなった? そんなことなら私も誘って欲しかったよ。まあいいわ……」


 ちょっと呆れた顔をした鮎川店長が今日俺たちを呼んだ理由を話してくれた。


「なるほど」


『ふぉーいあーず』の生配信を見て思いついたと熱く語った鮎川店長。

 要するに、今の俺たちの人気を利用して武装女子限定モデル商品の販売をしたいらしい。


 俺たちの人気を利用したいと言ったところで、みんなは乾いた笑みを浮かべていたけど本音で話してくれるから鮎川店長は憎めないんだよね。売上に貢献できるなら俺はいいと思う。


 でも大丈夫かな。今でも男性服専門店アユはかなり忙しそうなのだ。

 色々なお店からブランド『モチベート』の取り扱いをさせて欲しいとの問い合わせが増えており、売上も鰻登り状態だと聞いていた。


 ただ自社工場を持ちたい(今は外注)鮎川店長は、まだまだ足りないと、今が踏んばりどころなのだと、自分のモデル業を少しお休みして販路拡大に注力していた。


「『モチベート』の知名度を上げるにも、今のこのタイミングがベストなのよ。お願い協力して」


 両手を合わせてお願いと言う鮎川店長。


「いつもお世話になってますから、俺は構いませんけど、みんなは……オッケー? ということです。何をすればいいんですか?」


「よかった〜みんなありがとう。じゃあ服のデザインでもしてもらおうかしら」


 お願いモードから一転、仕事のできる女性っぽくなった鮎川店長。表情がコロコロ変わってちょっと面白いね……って、


「え?」


 グッズのロゴデザインの話をして、今度服のデザインだなんて、しかも今度は自分でデザインをするの?


「武人くん、それにみんなもお願いします。こだわりや自分はこういう感じの服が好きだって教えてくれるだけでもいいの」


 そうか、よかった。ファッションデザイン画を書けって言われても俺は書けないと思うからね。でも、


「こだわりね。俺は特にないんだけど……強いて言うならシンプルな服が好き、かな……」


「そうなの? シンプルなら……こんな感じかしら?」


「そうですね」


 今までに描かれていたファッションデザイン画を鮎川店長が広げて見せてくれたので気に入ったデザインを3つくらい選んで終わった。

 あとは出来上がったデザインを俺が見て、細かい調整はそれからに。


 みんなも同じように選んで、最後に世間話程度に今度グッズ販売をすることや武装女子のロゴデザインを依頼していることを話したら、限定モデル商品にもロゴデザインを入れることになった。


「武人くん、そんな大事なことは先に言おうね」と言った鮎川店長、ちょっと怖かった。


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