第86話
廊下を歩いていると賑やかな声が聞こえてくる。
「騒がしいわね、ウチのクラスかしら?」
「……そうみたいですね」
教室に着くと俺のクラスはとても賑やかだった。理由はさおりたちが囲まれていたのですぐに分かった。
「サインって言われても書いたことないから……」
油性ペンを握りしめつつ戸惑いの声を上げているさおりに、
「あれ、字が曲がってる。おかしい……」
書き終えた色紙を眺めて首を傾げているななこ。
「こ、こんな感じでいい、かな……?」
サインっぽくない、普通に名前を書いて恐る恐る手渡しているつくね。
「ふふふ、こんなこともあろうかと私は練習してたんだよね」
それなりにサインっぽく見えるさちこは本当に練習したのだろうね、ちょっとドヤ顔。
4人がクラスのみんなからサインを求められていたのだ。
パッと見た感じはちょっと楽しそう。
でもなんでだろう。武装女子の活動が認められてきたのかな……そうだったらいいよね。
「はーい。静かに」
先生が教室に入るとみんなが素早く自分の席に戻るがその視線が俺の方に集まってきたように感じた。
一度は先生の方を向いたけど、みんながいつも以上に俺の方をチラチラと見ている、気がするんだよな……
まあいいや、今日の授業は午前中だけで、昼食後に終業式だからなんとなく気が楽だし、あとは忘れずに鮎川店長のところにみんなで行くだけ。
そんなことを考えている内にホームルームが終わり小休憩時間に入っていた。
「武人くん、あ、あの……サイン書いてもらえませんか?」
——ん?
突然聞こえたそんな声に「俺なんかのサインでいいなら……」と何も考えずに答えた俺はすぐに後悔した。
本当は前から欲しかったけどなかなか言い出せなかったらしいけど、やった、という声があちらこちらから上がってみんなが素早い動きで綺麗な列をつくった。
——ええ……
何故かさおりやななこ、つくねにさちこまで笑顔で並んでいるよ。
◯◯さんへ、武装女子タケト
◯◯ちゃんへ、武装女子タケト
◯◯へ、武装女子タケト
・
・
宣伝になるので武装女子と必ず入れているけど、みんなお弁当仲間でお弁当を作ってもらったこともあるので、そのお礼も添えておこうかな。
「あ、ありがとう武人くん! 私、宝物にするね」
「そんな大袈裟な、いつもありがとうね」
俺はサインに慣れているわけじゃないので、小休憩時間(10分)では足りずに3限目と4限目の間の小休憩時間までかかってしまった。
——あ……
そこで俺は気づいてしまった。他のクラスの子が廊下側にある窓ガラス越しにこちらを羨ましそうに眺めているのを。
捨てられた子猫のような目をみんなが向けている。思わず頬が引き攣りそうになったけど、やるしかないよね。
ウチのクラスの子たちと他のクラスの子たちとの間に亀裂が入ったら大変だから……
鮎川店長には遅れると連絡を入れるとして、放課後もしよかったらサインするよ、ってことを当たり障りなく他のクラスの子に伝えれば笑顔でクラスに戻ってくれた。よかった。
————
——
今年最後の授業を終えて昼食の時間になった。
「武人くん、今日は大変だったね。はいお弁当」
「つくねたちもね、お弁当ありがとう」
今日の昼食はつくねが隣。そのつくねの顔にも今日は疲れの色が見えている。無理もない、俺がサインを書いている間につくねたちもみんなに囲まれていてライブの時の話をせがまれていたのだから。
そうそう、今回の『ふおーいあーず』ライブに招待されてもらって報酬の使い道が決まった。事務関係の細々としたことを手伝ってくれる人を入れるのだ。
ありがたいことだけど、武装女子チャンネルのチャンネル登録者数が増えているけど、その分コメント数も増えていて、その対応は俺たち5人だけではとても大変、というかぜんぜん処理しきれていない。
応援コメントがほとんどだけど、中には動画の見せ方などのアドバイスをくれる親切な人がいたり、次はこんなことをして欲しいというような意見があったり、動画のコラボ依頼だったり、楽曲を提供したいっていう人までいた。
でも少数だけど「俺が歌った方がうまい」とか「僕の方がうまい。耳障り」なんてアンチコメントもある。
ネネさんにアンチは気にしないことって念を押されているから気にしないようにしているけど、このコメントって男性からのコメントっぽいんだけど……まさかね。なりすましかな? 結構あるけど。
それに個人的なコラボ依頼も俺にはあるから余計に。
これ以上増えてくるとやっぱり見落としとか絶対にあると思うから、ツブヤイターのアカウントも新たに開設して応援コメント以外はそちらに意見してもらうようにしたけど、やっぱり人出が足りていない。
「……ということなんだけど」
そんな話をお弁当を食べながらみんなに話して手伝ってくれる人いるかな? と尋ねたら16人いたお弁当仲間みんなが手をあげた。
「はい」
「やりたい」
「やります」
・
・
これは予想外、というか俺の聞き方が不味かったと言葉を発したあとに後悔した。
本当はウチのクラスでも家庭の事情で経済的に不安のある子が2人はいるとさおりから聞いていたからその子たちを優先して誘いたかったのだ。
日間名 志穂(ひまなしほ)さんと木垣 空子(きがきくうこ)さん。
あからさまだと気を悪くするといけないから、慎重に言葉を選んで誘おうと思っていた。
もちろん今のバイトよりも条件をよくするが、無理強いはよくないので、本人たちの意思を尊重するつもりだったよ。
——どうしよう……
でもさすがに人手が多すぎるのも良くないので、一度断ろうかと思ったその時、
「これだけいると人件費が馬鹿にならないよね。そこで、わたしずっと考えてたことがあってさ」
唐突にそんなこと言い出したのは秋内 清子(あきないせいこ)さん。実家も商売をやっていると聞いたことがある。なんの商売かは知らないけど。
「考えていたこと?」
みんなが秋内さんの話に耳を傾けた、タイミングで続きを口にする秋内さん。
「武装女子のグッズを作って販売しようよ」
「え」
「それは……」
興味はあるが不安そうな顔をするみんなを前に、人気の出てきている今だからチャンスなんだ、と力説する秋内さんの目はきらきらと輝いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます