第85話
明日から冬休みだから学校は今日まで。なんとなくうれしい。でも放課後は鮎川店長からモデルの仕事で呼ばれているから忙しいと言えば忙しい。
「視線が……」
いつも以上の視線とざわつきを感じつつミルさんと登校する。そう、いうもの通学路だけど今日は何故か人(女性)が多い。しかもじりじりと俺の方に寄って来てる気が……?
『武人様、失礼します』
突然届いたミルさんからのテレパス。ミルさんテレパス使えたんだ、なんてことを思っている間に俺の身体がふわりと浮き上がる感覚があれば、
「え?」
すでにミルさんからお姫様抱っこされているではないか。しかも俺を抱っこして駆けるミルさんの速度がとんでもなく速い。一瞬で女性たちを振り切ってしまった。
俺の方がミルさんよりも背が高いけど関係なさそうな感じ。念能力って凄いね。ミルさんがおデブ変身チョッキを着ていなければよかったのになんて考えがチラついている間に、すぐ目の前に学校が見えている。
そこで立ち止まったミルさんはゆっくりと俺を降ろしたかと思えばすぐに頭を下げた。
「失礼いたしました。色紙を持っていましたのでファンの方たちだと思いますが、人数が多いようでしたので勝手な真似をいたしました。すみません」
なるほど。俺だとサインをお願いされれば何も考えずに受けて学校に遅れていた未来が見える。そうすると俺は遅刻となり何も知らずに待っている先生にも迷惑をかけていたかも。
ミルさんがこくりと頷く。
あらら、ミルさんテレパス使えるから、俺の未熟なテレパスから考えが漏れちゃったか。まあななこで慣れてるからいいけど、変なこと考えてるときもあるから漏れたらごめんね。
「ミルさんありがとうね」
「はい、大丈夫です」
大丈夫? ミルさんの返事がちょっとおかしい気がしたけど、それよりもなんでこんなことになっているのだろうね。
その答えは正門で待っていた先生が教えてくれた。
「君島(さおり)さんも深田(ななこ)さんも霧島(つくね)さんも牧野(さちこ)さんも朝からファンになった生徒たちに囲まれて大変だったのよ」
先生の話から『ふぉーいあーず』のライブ配信が原因だと分かった。ミルさんは分かっていたっぽい。
でも先生、いくら同じ学校に通う俺たちがゲスト出演したからと言って全校生徒がライブ配信を見たとかさすがに大袈裟ですよ。俺たちお弁当仲間にしか話してないんですよ。なんてことを先生に言えば、真面目な先生にしては珍しくジト目をされてしまった。
「はぁ、武人くん。君は君が思っている以上に人気者なのよ。
騒ぎになっていないのは皆の協力のおかげ、騒ぎになれば武人くんが学校に登校できなくなると分かっているからね。
それでも問題を起こそうとする生徒はいましたが、その辺は風紀委員がしっかりと取り締まってくれていますからね」
『武人様から漏れ出すリラクセーションも良い効果をもたらしていたようですよ』
先生の言葉を補うようにミルさんからテレパスが届く。
「……じゃあ本当に学校のみんながライブ配信を見てくれていたんですね。そっか、ありがたいことですね」
——ぁ……
そんなことを思った瞬間、昨日の夜から仕事に出かけるぎりぎりまで香織の様子がおかしかったことを思い出し、その原因がこれなのではないかと思い至る。
————
——
「いってらっしゃい香織」
「うん。いってくるわね……」
俺もそろそろ制服に着替えて学校に行く準備をしようかな……
「あの……香織?」
「……もう少しだけお願い」
いつものように先に香織を送り出そうとしたが……香織からのハグがとても長い。こんなこと初めて。
昨日の夜も俺が帰宅してから何度か抱きつかれたけど、まだ足りないらしい。
俺が居ない間は実家に泊まるから大丈夫だと言っていたけど無理をしていたのかな?
ただ悩みに悩んで選んだお土産が見向きもされなかったのはちょっと寂しかったよ。
無難なオオマル県名物のオオマルスフレを選んだからですか?
「お義母さんたちへのお土産お願いするね」
「それくらい構わないわよ。それに……武人くんからのお土産を忘れたって言ったらお婆様やお母様から何を言われるか考えただけでも恐ろしくなるわ」
「あはは。大したお土産でもないのに香織は大袈裟だね」
「はぁ、それが大袈裟じゃないのよ」
香織の実家の分のお土産を香織に持たせて見送ったけど、最後に香織から「武人くんのお家はここだからね」と当たり前のことを言われた。
————
——
なるほど、香織はこのことを知って心配になったのかな? お互いに好きで結婚した夫婦なんだし、そんな心配しなくてもいいのに……と思ったけど俺はあることを思い出した。
——もしかして……
つい最近のことだけど、香織の会社からCM出演の依頼があり二つ返事で引き受けたはいいが、都合が合わなくて年が明けてからになってしまった。
それがいけなかったかな? 帰ったらもう一度確認しよう。もしそれが原因で不安にさせていたのだとしたら……よし、他の予定をずらそう。
「武人くん、いいわね」
「はい」
先生とミルさんとで教室に向かえば、いつも以上に視線とざわつきを感じた。先生から事前に手を振ると騒ぎになるから今日は前だけを見て歩こうねと忠告を受けていたけど、なるほどこういうことね。納得したよ。
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