第84話 (東条麗香視点)

「どうしてこのようなことを……」


 わたくし東条麗香は側使えであり友人でもあるカエから手渡された資料に目を通して頭を抱えていた。


 和也様はハッピーデイ特番『みんなで歌って踊って』への番組出演が決まっていました。きっと彼のファンの方々も楽しみにしていたことでしょう。


「あなたがここまで愚かで浅はかな考えの人間だとは思ってもいませんでしたわ」


 この番組は、年に1度ハッピーデイの日にだけ放送される特別な番組ですがお婆様の代から続いている長寿番組です。


 このような番組は誰でも出演できるものではありません。

 今年活躍した実力のある歌手や、出演したら話題となりそうな歌手、過去に人気があり復活してほしいと思われる歌手、あとは世論の支持、それらを基準にして総合的に選考されているのです。


 そんな番組を当日ぎりぎりに前撮り動画を送りつけてのキャンセル。彼はリハーサルにはよく遅れるからぎりぎりまで誰も気が付かなかったのだ。

 さらには番組放送時間と同じ時間帯にネッチューブでの生配信。誰でも聞いてもあなた様のその行動には悪意があると判断いたしますよね。


 気づいていますか。あなた様の歌唱力ははっきり言って並。男性が歌っているという付加価値と東条家の後押しがなければこの番組への出演は難しいかったのですよ。


 しかし、やはりと言うか剛田武人様の歌唱力は本物ですわね。先に売り込んでいた和也様もわたくしどものバックアップがなければすでに追い抜かれていたでしょう。

 それでは彼を後押ししていた我が東条グループが困る、と思っていた時期もありました。


 そうです。今回の特番、過去最低の視聴率でした。


 楽しみにしていたお婆様は肩を落として大変嘆いておられました。


 和也様、これがあなた様の望んだ結果なのですよね。まあ、あなた様1人だけの責任でもありませんが、あなた様をバックアップしていた東条グループおよびその関係者からの反感は相当なものですよ。


 保留にしていたわたくしとの婚約も破棄する方向で動きそうです(ドラマやクイズ番組、モデルやCMなど契約が絡んでいるため、今すぐでの婚約破棄は不可能)。


 まあ、あなた様がそのようなお考えの方だと婚姻前に知れたのは僥倖でしたけど。


「お嬢様、和也様をこちらに呼びますか?」


「うーん。必要ないわ……はぁ、その顔はやめてくれる。はいはい、どうせカエに隠し事はできませんわよね。わたくし、和也様……いえ、彼の顔はしばらく見たくありませんの」


「そうでしょうね。私も正直見たくありません」


「カエは彼の情報を集めている時からそうでしたわよ」


「この世に碌な男はいませんから」


「はあ……そうかも知れないわね。今回のことを理由に各局に対して彼の出演契約は破棄できますけど、あんな人でも出演を楽しみにしているファンはいます。彼、演技は下手ですけど現在出演中のドラマに、1月からはじまるドラマへの出演もすでに決まっています、しばらくは様子を見るだけになるわね」


「あの方には過激なファンもおりますからね」


「そうね、でも以前よりはマシになってきているはずよ」


 彼には『念眼(思考誘導)』と『チャームアップ(魅力アップ)』の特殊念能力があることは事前調査で把握していました。


 レベルは低いようですが思考誘導する念眼が厄介でした。特に彼の念眼は特殊だったらしく動画越しでも彼の眼を見るだけで、彼の言葉を信じ込んでしまう。そのせいで彼推しの過激なファンまでできてしまっていた。

 面倒にしかならないその念能力を頻繁に使われては厄介ですので、周囲にはその対策を徹底させ、彼自身にもその効果を弱める無念石を仕込んだ高級腕時計を贈らせてもらいましたが、毎日腕に嵌めていただいているということはあなたの好みに合っていたのですね。


 しかし、この無念石の怖いところは、本人は念能力を発動していると思っているけど、その効果は無念石によって薄められているというもの。重要な取引のされる建物や公共施設などにもよく使われている。


 周囲への効果も更新されなければかなり薄れてきているはずです。


「ふふ。そうでしたね」


「やっと笑顔が出ましたわね。とはいえ、何もせずにこちらが侮られるのも癪だわ」


 わたくしはスマホを取り出しその画面に触れて操作した。


「ふふ。彼のチャンネル登録、解除してやりましたわ。代わりに剛田武人様の『武装女子』チャンネルでも登録しておきましょうかね」


「私もよろしいでしょうか」


「ええ。もちろん構わないわ」


 側使えであり友人のカエもスマホを取り出し同じように操作する。わたくしの顔を見て何かを察したようですわね。


 この日沢風和也のチャンネル登録者数が数十万人単位で減少し、武装女子チャンネルの登録者数がいつも以上に増加していたことは言うまでもない。

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