第82話

 基本的には、紅組と白組が交互に持ち歌を歌い競い合うのだが、それだけだと味気ないので歌い終わった組はちょっとした得意技を披露する。


 それは手品だったり、歌と関係ないダンスだったり、コントだったり、モノマネだったり、念動で2つの物を同時に動かしている子もいて驚いたが(ミルもできる)、これがなかなか楽しい。


 楽しいのだが……


 スクリーンモニターを見れば、その下、4分の1くらいの位置には俺たち審査員の姿がずっと映りっぱなしになっているのだ。


 ぼーっとしている姿を見せる訳にはいかず気が抜けない。コメントも頻繁に求められるしね。

 でも、すごいとか面白かったとか大したコメントが言えなくて申し訳なかったな。この道のプロじゃないから大目にみてください。


「タケトく……さーん。ちょっとお願いがあります」


 最後の組のゆうの得意技披露に至ってはわざわざ俺をステージ上まで呼んでメイクをされてしまった。


「はいはい! 次は私、にこがタケトさんのヘアスタイルを整えますよ〜」


 ゆうの後に続く白組の子は俺の髪型を整えたいと言い、流す程度で緩めに纏めていた髪型を俳優さん並みにすっきり綺麗に整えられてしまった。メイクとヘアスタイルでもはや別人に見えない? 見えないらしい。俺は俺らしい。


 お客さんたち無言で見ていたけど、大丈夫かな。面白くなかったんじゃないの? 『ふおーいあーず』の足を引っ張る形になってないか心配だが、出来上がると会場から割れんばかりの拍手喝采が起こってホッとした。

 カッコいいというお約束の言葉までかけてくれる観客の優しさに涙が出そう。


「えへへ。お待ちかね。みんなも『武装女子』の歌が聴きたいと思っていた頃ですよね。大丈夫、ちゃんと準備してますよ〜」


 ゆうがおどけて両手を広げて、ステージ後ろのカーテンの方に身体全体を向けると、そのカーテンがゆっくりと開き出す。


 なるほど……


 俺がメイクや髪型を整えてもらっている間にステージの後ろでは俺たち『武装女子』が演奏できるように楽器の準備をしてくれていたのね。


 段取りがいいというか、さすがプロだね。スタッフさんたちの手際がいい。


 ドラムのチコとキーボードのツクの位置だけが少し後方になるけど、ボーカルの俺やベースのナコとギターのサリは前の方に移動すれば問題ない。というかみんながいつでもオッケーと言わんばかりの顔で楽器の側に立っているね。緊張はしてなさそう。


 それを見た観客が、やったーとまたもや割れんばかりの拍手で応えてくれた。


「それじゃタケトさん。お願いします」


 ゆうからマイクを渡されると、ゆうとにこさんはステージから降りていった。


 俺たちはあらかじめ二曲歌ってほしいと言われていたので早速一曲目『君の側で』の演奏に入る。


 ♪〜


 ここはアイドルグループ『ふぉーいあーず』のステージなので下手な演奏はできないと俺たちは気合いを入れて望んだ。


 気持ちも乗り今日は調子がいい。意図せず漏れてしまうらしいリラクセーションはいつものように上空に散らすイメージ。


 ——おや?


 演奏が終わると静まりかえっている会場内。やばい、みんなアイドル好きだから来場しているお客さまと趣旨が違ったのかもと心配したその時、


 拍手の嵐が巻き起こる。拍手を一生懸命してくれている人の中には泣いてる人の姿もある。


「えっと、皆さまこんにちは。武装女子ボーカルのタケトです」


 それからバンドのメンバーを簡単に紹介してから、今日ゲストとして迎え入れてくれた『ふぉーいあーず』のみんなや関係者、観客の皆さまにお礼を伝えてから二曲目『微笑みを君に』の演奏に入る。


 ♪〜


 今度の曲は楽しくなれる曲なので泣かれる心配はないと思っていたけど、あれ?


 みんなが立ち上がり大喝采してくれるも、その顔には涙が。おかしいな、と思ったら『ふぉーいあーず』のみんなが「感動しました〜」と言いながらステージに上がってきた。やっぱり彼女たちのその瞳にも涙の跡が。


 そのまま雑談トークに、というか俺たちの歌のことをベタ褒めしてくるゆうたち。俺も負けずにみんなの歌やダンスを褒め返す。その間に後方のカーテンが閉まった。


「ふふふ、楽しい時間ってあっという間だね。それじゃ最後に『ふおーいあーず』の曲『マサカのサンバ』をみんなで歌って踊って盛り上がってバイバイしようね。

 あ、武装女子の皆さんはこのまま一緒に踊りましょう〜」


 ゆうの突然の言葉に戸惑うバンドのメンバー。これは聞いてなかったことなので、これはゆうのアドリブなのかな? 結局降りるタイミングを逃してそのままステージに残り、俺たちはダンスを踊ることに。


 ダンスが誰にでも出来る、見よう見まねで踊れる簡単なものだったので楽しく踊れたけど、ゆうアドリブはやめてくれ。心臓止まるかと思った。


「みんな今日はありがとうね〜」


 最後に審査員から集計した結果を発表してハッピーディイベントライブは無事に終えた。


 ただ舞台の裏ではネッチューブの配信、コメント、同接数を監視していたマサカ社のスタッフたちが大騒ぎしていたのだが、ステージにいた俺たちが知るのは何もかも終わった後で、『マサカ社アイドルグループ。ハッピーディイベント! ふぉーいあーず歌合戦。スペシャルゲストも来るよ』の再生数は生配信が終わった後も動画としてアップされ伸び続けていた。

 

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