第76話 (面堂未留視点)

 その初めて担当することになった沢風和也さんはとても面倒な方でした。


 我が儘、罵倒は当たり前、言うことは聞かない、ネッチューブを勝手に始めて動画を上げていたり、そんな5年間、ほぼ家政婦のように過ごしてきましたけど、特に酷かったのが、こちらの忠告を無視して学校を手配したこと。差し出し人をわざわざ私にして。

 しかも、ネッチューバーとして顔や名前が爆発的に売れはじめているこのタイミングでしたので学校側も乗り気でした。最悪です。


 私は所属の会社に連絡して力不足を理由に辞退を申し出た。

 彼はまれにみる女好き、たまに私にもそんな目を向けていたので気をつけていましたが、もっと気をつけないといけないのが、彼の念能力。思考誘導系や魅了系を持っているのです。

 元々会社側から頂いた情報でしたが、会社にはその能力の使用を確認した時点で報告していますが、彼のファンだと立候補した保護官の子たちは大丈夫だろうか、二つ返事で代わってくれましたけど。


 一ヶ月後に彼の保護官になった5人が5人とも彼の妻になっていました。驚きました。

 彼女たちは彼の念能力のことは知っているはずだから純粋に支えてやりたいと思ったのだろう。彼は顔だけはいいので。私はとてもそんな気にはなれませんでしたけど。好みは人それぞれです。


 それからは交代要員として過ごしてはたまっていた有給休暇をちょこちょこ消化してゲーム三昧の日々。とても幸せでした。


「ん?」


 それは突然でした。有給休暇の消化中にも関わらず連絡がきました。まあそんな人は1人しかいませんけど。


 そう連絡してきた人はゲームフレンドであり、西条グループのお嬢様である西条朱音様。彼女だけが唯一眼の色の違いを気持ち悪がらずにカッコいいと褒めてくれた人だ。


「ミルにお願いがある」


 母親から知り合いの子どもとの婚約を迫られ太ってだらしない姿を見せることで回避した、ちょっとおバカな朱音様は実はかなりの切れ者。


 そんなだらしない姿を剛田武人様に見せてしまい、しばらくは立ち直れないと泣きマネをしていましたね。


 幸い剛田武人様は見かけで態度を変える方ではなかったらしいです。

 姉、葵様に対する態度とだらしない姿を見せた自分(朱音様)と接する態度に違いはなかったのだと嬉しそうに話す。それは今でも続いているとそれはもう楽しそうに話します。


 でもその話、聞いていて疑問も。そのコラボは別に剛田武人様からしたいと口にしたわけではないはずだと……そう考えると朱音様が武人様の人間性を試したのではないかとすぐに思い至るが、あえて口にはしない。


 朱音様は、剛田武人様ならば私がメガネを外したとしても気味が悪いと距離をとるようなことはしないだろと伝えたかったのだと気づいたから。その気持ちだけ受け取りますね。


「それで武人様の保護官に私ですか」


 武装女子チャンネルのミュージック動画を私に見せてきた朱音様。その歌声の素晴らしさに思わず私もその画面に釘付けに。これならば朱音様が危惧するのも理解できる。


 職業柄、比べてはいけないはずなのにどうしても沢風和也さんの歌と比べてしまいそうになります。声質、息遣い、声の強弱など、そのすべてが……考えてはダメ、いけません。首を振って一度冷静さを取り戻します。


 幸い剛田武人様の謝罪ライブを生で見ていた私は武人様に対して悪い感情はありません。むしろ男性としては好ましい方だと思う。それが沢風和也さんのように猫を被っていなければの話ですが。


「そうよ」


「分かりました」


「それじゃ早速」


 それからゲーム内で紹介された私は武人様とフレンドとなり、次の日には正式に武人様の保護官となった。


 武人様も香織奥様の感情の色は暖かな色。私を歓迎してくれている色。うれしい。こんなことははじめてだ。疑ってごめんなさいと武人様に向かって心の中で謝りました。


 ——?


 ただ武人様の周りには念力が常に漂っている。それが偶に香織奥様を包んでいたりする。

 先に頂いていた情報ではリラクセーション、ヒーリング、テレパス、テレポートを保有していると聞いていました。すごい念能力です。


 和也さんのように魅力系や思考誘導系のものではなかったので何も問題ないはずなのですが、気になった私はその漂っている念力に触れてみました。


 ——……!?


 触れた瞬間から不安が薄れていくこの感覚は……すぐに弱めのリラクセーションだと理解した。


 武人様は念力量がかなり高かったはずですから制御しきれてない念力が漏れ出しているのでしょうか、それとも武人様も色々とあったお方、自分の心を守るために無意識に展開しているということも……結局は考えても分かりませんでしたが。悪いものではない、むしろ周りの人には良い影響しかないのでそのままに。


 夜の営みを邪魔をする訳には行けませんのでその日の夜は自分の部屋で大人しく過ごしました。


 翌朝、いつものように目が覚め台所に立つがふと朝食の準備について話していなかったことに気づき、香織奥様が起きてこられるまでしばらく待つことにしました。


 すぐに起きてきた香織奥様。私がいたことに驚くも、事情を話せば私の立場のことを理解してくれて、香織奥様と一緒に準備することにならました。


 それから武人様が起きてきくるとまた驚かれ香織奥様と同じように説明すれば、


「香織もミルさんもありがとう。あと、ミルさんは仕事だからと言っても身体が大事です。無理はしないでくださいね、疲れた時や休憩が欲しい時は遠慮なく言ってください。俺もその時はなるべく大人しくしておきますから」


「!? ……ありがとうございます武人様」


 本心から私の身体のことを心配しているのだと分かり驚いた。こんなにも心配してくれる男性は初めてだったからだ。


 それからなぜか朝食をご一緒することになりました。


「いつも1人で食べていましたので、逆に落ち着かないのですが……」


「ふふ。ミルさんすぐに慣れると思うから大丈夫よ」


「そうだよミルさん」


「ありがとうございます武人様、香織奥様」


 二人の気持ちがうれしくてつい照れてしまいましたが、こんな朝食も悪くないと思いました。

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