第72話
「じゃあ今日は……ゴブリン討伐は行きます?」
解散と言いかけた俺。今日はミルさんの紹介で、ゲームプレイは無しで終わると思ったけど一応尋ねておく。だって、ミルさんが突然ハタキを構えてぶんぶん振り回しはじめたんだもん。
「行こ」
「行きましょう!」
朱音さんは……ゲーマーだから分かるが。ひょっとしてミルさんも……
「ミルもゲーマー」
「朱音様」
「本当のこと」
「うっ、自覚はあるのですが、改まって言われると恥ずかいものですね」
朱音さんが言うには、ミルさんも朱音さんに負けないくらい大のゲーム好き。ただ仕事柄何も言わずに突然ログアウトしたりするので、ソロプレイがメイン。フレンドは朱音さんだけらしい。
ミルさんのメイドキャラがえんえんと泣いているエモートをする。結構お茶目な人なのかも。あ、フレンド申請が来た。
俺も他のゲームを含めても、フレンド登録しているのは朱音さんだけなので承認ボタンは喜んで押しますよ。やばい2人目のフレンド、俺もうれしいんだけど。
「じゃああまり遅くなってもいけないので、ちょっとだけゴブリンの森に行きましょうか?」
「はい!」
楽しくやろうと思っていたけど何この二人。めちゃくちゃ上手いんだけど。俺ついていくので精一杯。
通常なら30分はかかるはずのゴブリンの森のダンジョン。2人についていったら20分で終わったよ。
————
——
次の日の夕方ミルさんが家に来た。約束の時間ぴったりだ。背中の半ばまである髪を後ろで一つ結びにしていて分厚いメガネをかけている。服装は地道。パッとみた感じは若い家政婦さん。
「え、総合判断S!」
名刺代わりに見せてくれたミルさん本人の能力証明書。男性保護協会が発行する正式な証明書になるのだが、それを香織が先に見てびっくりしている。
基準はS、A、B、C、D、Eの6段階。Sが1番上になるが、戦闘能力、体力、知識、技能、念力、など審査基準が厳しすぎてS評価はほとんどいないと知っていたから香織は驚いていたのだ。
その辺の知識のない俺は香織が驚いているからすごい人なんだと分かるが、それだけだった。
立ち話も悪いので応接室にミルさんを通そうと思うけど、ミルさんは結構な量の荷物を抱えていた。
しかし軽々と持っているので大変そうに見えないのが不思議。
——ああ、そっか。
ミルさんは隣の県からわざわざ来てくれたんだ。俺の保護官として正式に決まれば、その足でどこかに部屋を借りるつもりなんだろう。
「失礼いたします」
ミルさんは遠慮したのだろう。玄関の隅に荷物を寄せて置いたが、その荷物を軽々と香織が持ち上げ応接室まで運ぶ。
俺? 俺は念体1だし、念動はかなり長く動かせるようになったが応接室までは無理。自力だと持ち上げることすら出来ないかも。そんな大荷物なのだが、2人の念能力がすごいのだろう。
「ミルさん、遠いところ足を運んでくださりありがとうございます」
応接室にミルさんを通した後改めてお礼を伝える。
元々は朱音さんの好意からのものだが、今はゲーム仲間で2人目のフレンドでもある。そんなことを考えていたら自然と口からお礼の言葉が出ていた。
「こちらこそ、突然の訪問になりまして申し訳ございません」
固い話はそこまでにして、香織がお茶を入れてくるまでの間、俺とミルさんは昨日のゲームについて話していた。
だって数年ぶり2人目のフレンドだからね。ミルさんは分厚いメガネで表情も読みにくいし淡々とした口調で話すから一見楽しくなさそうに見えるが、若干早口になっているのでやはりゲームの話は好きなのだと思う。
「粗茶ですがどうぞ」
「ありがとうございます。頂きます」
綺麗な動作でお茶を出す香織に、背筋を伸ばして軽く頭を下げて応えるミルさん。
それからミルさんが男性保護官が側にいる場合といない場合での犯罪率や、未然に防いだ事件のこと、またゲーム内で話した内容なども香織に説明してくれた。
「分かっていたけど、やっぱり武人くんは注目されちゃうわよね」
「はい」
基本的に男性保護官は男性が拒否しない限りどこにでも着いて行くことができる。なのでミルさんは俺の学校までも着いて来る気満々だった。
「そうよね。日中は私仕事だから武人くんの側にいてあげることができないものね……それをミルさんがしてくれる。迷うまでもないわね。武人くん、武人くんの保護をミルさんにお願いしましょうか」
ミルさんの話を聞いた香織が、俺の身の回りの安全を考えてそう判断したのだろう。俺としてもせっかくできたフレンドと気まずい思いをしないでいいので有り難い話。
「はい。ミルさん、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ミルさんが準備していた契約書にサインした。これで本日からミルさんは俺の保護官として側に控えることになった。
「それで私はどちらの部屋を使ってもよろしいですか?」
部屋? 使う? 理解が追いつかず首を捻っていると、
「もちろん、お2人が仲良くなされている時までお側に控えているような無粋なマネは致しませんので、ご安心ください」
真っ赤な顔をした香織は一つ空いていた部屋へとミルさんを案内するのだった。
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