第73話

 翌朝、いつものように台所に向かった香織だが、その台所にはすでにミルが立っていた。


「えっと、ミルさん?」


「はい、おはようございます香織奥様」


 奥様と呼ばれてじーんと感動して涙が出そうになった香織だが、ここで素直に喜ぶわけにはいかなかった。


「おはようございます。あの……ミルさんは何故台所に立っているのですか?」


「はい。私たち保護官の仕事には契約者様の身の回りのお世話も含まれているのです」


 つまり家事全般、食事の準備、掃除、洗濯は通常業務の一環に過ぎないのだと。頭を下げるミル。


「そうなのですか……」


 契約に含まれていて仕事の一環だと言われてしまえば、仕事人間の気質がある香織は何も言えなくなる。


 だがそれと同じくらいに香織は武人のことが大好きで、食事を作り武人に美味しいと言われることに喜びを感じている。早い話が大好きな武人のお世話は自分もしたいのだ。


「それでしたら」


 ————

 ——


「おはようございます……?」


 朝起きてからのルーティンをすませて、リビングに向かったのだが台所には香織とミルさんが立っていた。


 2人ともエプロンをつけているので、2人で朝食を作った、のかな?


「あ、武人くんおはよう」


「武人様おはようございます」


 テーブルには朝食の、ご飯、お味噌汁、焼き魚、海苔、納豆、卵焼き、焼いたポークウィンナー、デザートにヨーグルトに果物が入っていた。俺からしたらかなり豪華だ、それが3人分並べられていた。


 1人で食べていた時の朝食って、食パン一枚にコーヒーか、ご飯に味噌汁か、あとはコンビニで菓子パンか、惣菜パンだったもんな。その時と比べると月とスッポンだよ。


「これは香織とミルさんで?」


「はい武人様」


「そうなの……」


 なるほど保護官の業務にはそんなこと(家事全般)まで含まれていたのか。たしかにこれだと通いはきついよね。ミルさんが休みたい時は代理の保護官が来るらしいけど……


「香織もミルさんもありがとう。あと、ミルさんは仕事だからと言っても身体が大事です。無理はしないでくださいね、疲れた時や休憩が欲しい時は遠慮なく言ってください。俺もその時はなるべく大人しくしておきますから」


「!? ……ありがとうございます武人様」


 一瞬だけ、ミルさんが驚いたように見えたけど、メガネかけてて表情が読みにくいから気のせいかも。


 俺から3人で一緒に朝食を食べた。

 香織の話によるとミルさんははじめ、俺たち2人に遠慮して自分の部屋で朝食を摂ろうとしていたらしい。


 わざわ自分の部屋まで運ぶのも大変だし……1人で食べる朝食は美味しくない(経験談から)だから俺もそういうことで遠慮するは無しでお願いした。今後は3人一緒に食べる。


「いつも1人で食べていましたので、逆に落ち着かないのですが……」


「ふふ。ミルさんすぐに慣れると思うから大丈夫よ」


「そうだよミルさん」


「ありがとうございます武人様、香織奥様」


 表情は変わらないが耳が少し赤くなったミルさん。あれ、奥様と言われた香織も口元がにまにましている。そっか香織は奥様(俺の)と呼ばれても嬉しいのか。俺までちょっと嬉しくなった。


 ————

 ——


「香織行ってらっしゃい」


「うん。行ってくる。武人くんも気をつけて行って来てね」


 ミルさんが居ないことを確認してから、結婚してから俺からやるようにした行ってらっしゃいのキスを香織にすると決まって香織はハグをしてくる。


 嬉しくてつい抱きしめたくなるのだと。俺もうれしいからいいんだけど、いつもながらビジネススーツに身を包んだ香織は凛々しくてカッコいい。


 小さく手を振りながら玄関を出て行く香織を送りだし、俺も学校に行く準備(制服に着替える)をする。


「えっと……ミルさんですよね?」


「はい。私です」


 ミルさん……保護官の制服に着替えているんだけど、スタイルがおかしい。横幅が倍くらいになってるんだけど。俺が不思議そうに見ていれば、


「これは武人様の学校で、周りの方を安心させるためのものです」


 髪をおさげにして、分厚いメガネをかけ、ソバカスを顔に描いて、明らかに太っている体型の女性。かなり個性的である。


「そうなんですか。その……ミルさんの体型がかなり変わっていますけど大丈夫なんですか(特に横幅)?」


 聞いてもいいのか迷ったけど、気になったので思い切って聞いてみた。


「あーこれはですね……」


 ミルさんが突然上着のボタンを外し出して慌てたが、


「チョッキ……?」


「はい。クッションを入れることで好きな体型になれます。便利なんですよ、このチョッキ。触ってみますか?」


「え、いいんですか」


 ミルさん、保護官の制服の下に体型の調整ができるチョッキを来ていた。こんなチョッキがあるなんて知らなかった。へぇ……指で触ると低反発材を触っている感じで気持ちいい。やっぱり低反発材なのかな?


「これは会社から支給されたものですので素材が何か分かりません。ただ低反発材でないのはたしかですよ。ちなみに一般人ではこのチョッキは買えません」


「あ、あはは」


 考えがミルさんに読まれて焦った。また表情に出してしまったのかな、気をつけよう。


「じゃあ行きましょうか」


「はい」


 それから変装した(外出時はいつもこんな感じらしい)ミルさんと一緒に学校に向かったけど、ミルさん、ほとんどの人から意識されてなくてびっくりした。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る