第60話

「あら?」


「どうしたんですかネネさん」


 つくねさんを慰めていたネネさんがいつの間にかスマホの画面を眺めていた。


「ちょっと気になって沢風くんだっけ? 彼の所属している事務所を調べてみたらビッグハンド芸能社なのよね。超大手、芸能界を代表する芸能プロダクションね」


「そうみたいですね。男性初のアイドル歌手として数ヶ月前にデビューして今ではあちこちのテレビ番組から引っ張りだこ、ですよね」


 ネネさんの言葉にすぐに反応したつくねさん。詳しいから沢風くんのファンなのかなと一瞬だけ思ったけどその口振りからはそんな感じはしない。むしろ嫌いなのかなって思ってしまったけど……それはないか。


「テレビで見ない日はないですよね。それにCMもしつこいくらい出てくる……」


 ——ん?


 今のはさちこさん。しつこいくらい出てくるって言い方。さっきまでにこにこして機嫌良さそうだったのに……今は。


「雑誌なんかでもよく特集組まれてますよね。あと写真集の発売も近かったよね」


 今のはさおりさん。アイドルの写真集ってファンならうれしいと思うけど……全然そんな素振りが見えないね。


「高級ブランドの『ミクダース』、彼を専属モデルにしたそうです」


 今のはななこさん。みんな沢風くんのことをよく調べているみたいだけど、少しも嬉しそうに見えない。

 俺? 俺は自分のことで精一杯。テレビなんて見てなかった。

 勉強がね、下手に前世の記憶があるからごちゃ混ぜになって覚えるのに苦労するんだ。


 男性は学力なんて必要ないと分かっていても週三日も学校に通ってるから、授業についていきたい。だから予習や復習が欠かせないんだ。


 それにバンドの練習もあったし念力の鍛錬は外せないし(好きだから)、あと西条朱音さんからも時々ネットゲームを誘われるからテレビがついていても全く見ていない。


「あら、みんな知ってたのね」


「そこはまあ」

「はい」

「そうですね」

「ん」


 そこでネネさんが俺を見るが、俺は全く知らないので首を左右に振ると、ふふっと鼻で笑われた。


「みんなも知ってる通り、彼には色々な企業が絡んでいるようね〜」


 ネネさんの言葉の意味を理解したらしいみんなは目を大きく見開く。俺も何となく分かった気がする。そうか、ネネさんは音楽関連の業界にいるからはじめから分かっていたのかな。


 でもそれだと俺が彼のライバルにでもなると思われたってことで、いや、そうか、男性だからか……男性ってだけで注目を集めるから都合が悪いのか。


「そんなことで、負けたくないな」


 そうはじめに呟いたのはつくねさんだった。


「そうだね」


 その呟きを肯定したみんなは、その勢いのままバンドチャンネルを開設した。


 ————

 ——


「ふう」


 今はバンドチャンネルにアップする動画(君の側で)を撮り終えて再び2階に戻ってきたところ。あとの編集はさちこさんが任せてって張り切っていた。


 とりあえずバンドチャンネルの登録者数を増やすことを目標としたから俺も足を引っ張らないように頑張ろう。


 みんなは下で着替えているが、俺は2階で着替えることに。だから今2階に居るのは俺1人だ。


 ——ん? なんだこれ?


「『子生の採り』?」


 一人で着替えていたら部屋の隅にある机の上にちょっと分厚めの冊子のような物が置いてある事に気がつき、開いて見ると男性(精子提供者)のプロフィールがたくさん載っていた。


 ——どうしてこんなものが?


 なんて思いつつもはじめてみる『子生の採り』に興味津々な俺はパラパラとめくり見入っていると。


「なーに見てるのかな、タケトっちは」


 突然ネネさんから声をかけられて咄嗟に見ていた『子生の採り』を背中に隠す。


「い、いや別に……」


 とは言ったもの、ネネさんの顔がにやけていたのでたぶんバレている。俺は観念して背中に隠した『子生の採り』をネネさんに渡す。


「あ〜これね。興味があるなら見てもいいわよ。ただしそれはかおりんのだから汚したらダメよ」


「え? 香織さんの、ですか」


「そうよ。あれ、かおりんから聞いてない? しょうがないな。ほらかおりんってああ見えて野原建設の次期社長でしょう。そろそろ後継者を作りなさいって会長であるお婆様からそれを手渡されたんだって……(タケトと出会う前の話)

 ちなみに私も同じ理由で子ども作ったんだけどね。あ、ウチの子はかわいいわよ」


 見る? と言いつつネネさんはスマホの画面を見せてくれた。その画面にネネさんにそっくりな小さな子どもが笑顔で写っていた。


「……ネネさんにそっくりです。かわいいですね」


 香織さんの事が気になりそう返すのがやっとだった。


 ——香織さんが誰かとの子どもを……


 側に居てくれるのが当たり前に感じていた香織さんが別の誰かと子どもを作るだなんて。ショックだった。


「ちゃ、ちょっとタケトっち!」


 気がつけば香織さんを求めて駆け出していた。


 ————

 ——


 突然駆け出したタケトの背中を見て青ざめるネネ。


「あちゃ〜効きすぎたかも、かおりんに後で怒られそう」


 心の中のかおりんに向かってとりあえずごめんと謝るネネだった。






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