第59話
「はあ」
文化祭のライブ動画を食い入るように見ていたネネが感嘆のため息を漏らす。
「……すごいわねタケトっちの歌。思わず涙が出ちゃったわ」
「ふふふ、そうでしょう。タケトっちって何?」
「まあまあ、それよりも……」
自分のことのように喜ぶ親友のかおりんを見たネネ。彼に好意を寄せていることは態度を見ていれば分かるけど、今ほど無防備に晒すことはなかった。
以前から思っていたことを尋ねにはちょうどいいかもしれない。
「かおりんは自分のことのように喜んでいるけど、タケトっちとはどこまでいってるの? 未来の夫と、も、もしかしてすでに肉体関…」
「ない、ない。何もあるわけない!」
顔を真っ赤にして全力で否定してくる香織。そうよね本当は今の状況が奇跡に近いのよね。普通の男性は出歩かないし、愛想も良くない。
そんなネネ自身の男性経験はというと、一度県主催のお見合いパーティーに参加して、でしゃばるなくそ女、鬱陶しいあっちいけブスっと罵られたくらいのものだった。
それからネネは友だちから慰められ、女性好きを拗らせたわけであるが、サウンドスタジオ・マツの次期代表である彼女は後継者を残さないといけなかった。
社会的な信用を得るなら結婚する方がいいのだが、お見合いパーティーでの男性たちの印象があまりにも悪く、また夫となる相手に妻が複数いれば、そのしがらみもめんどくさい。
結局は人工授精で子どもを授かったのでネネは結婚はしていないが子どもが1人いる。
子どもは今2歳。自分によく似た子でとてもやんちゃだ。それがまた可愛くてたまらないのだが、女の子ならもう1人くらい作ってもいいかな、くらいは考えてたりする。
だがそんなネネも色恋沙汰に興味がないわけではなかった。むしろ、自分ができなかった分大好物だったりもする。
ましてやそれが同じ悩みを持ち、私と同じく、子どもを作るなら人工受精になると思う……なんて話をしていた親友ならばなおさら。
「そうなの、それはちょっと残念ね。どんな感じか聞きたかったのに……じゃあ、仲良さげだしキスくらいはした?」
自分の子どもにちゅっちゅする感覚で尋ねるネネ。もちろん男性とのキスの経験はまったくない。
だが、その顔は恋愛経験が豊富そうなお姉さんの顔だ。
「……まだ」
「え、かおりん今なんて言ったの? ちょっと小さくて聞こえないんだけど」
「まだって言ったのよ! 悪い」
怒ってて顔を赤くしているのか、恥ずかしくて顔を赤くしているのかよく分からないが、いやあの照れ具合からして恥ずかしくて顔を赤くしているのだ。
「はあ。彼、これからもっと人気が出ると思うよ」
あまりのヘタレ具合に首を振るネネ。自分も男性経験はないのだが、それは隅っこに置いておく。
この世界は女性からの告白がほとんど。プライドが高く横柄な男性から告白されることなど皆無だった。
しかし男性として生まれたからには国に定められた数(30歳までに最低10人)の妻を迎え入れていなければ精子の提供を期限なくし続けなければならない。しなければ手当のストップだけでなく、足りない人数分が課税されたりもする。
もちろんそれまでに国が主催するお見合いパーティーが何度も開かれたりするが、プライドの高い男性から告白することはほとんどないため、結果は規定人数に達せず精子提供者となる男性はかなりいる。
もっとも最近ではネネみたいな考えの、結婚せずに精子だけを提供してもらえばいいと考える女性が増えてきていて、国としても人口減少とならない限りすぐに動くことはない。
「それは……分かってるわよ」
「彼のこと、タケトっちのこと好きなんでしょう?」
「……うん」
「はあ、もうしょうがないわね」
————
——
クラスみんなでやる打ち上げは明日(土曜日)のお昼に前もって決めていたので、そろそろ自宅に帰りたいところ。
明日? 明日はクラスメイトの相葉さんのお母さんがカラオケハウス店を営んでいるらしく、そこで打ち上げをすることになっている。
ピロン♪
——ん?
MAINアプリにメッセージが……香織さん?
「えっと……香織さんとネネさんがスタジオで打ち上げしてくれるそうだけどみんなはどうする?」
記念撮影の時に言ってたことってこれのことかな? 俺以外誰も聞いていないので確認しようがないけど。
「あ、私たちにも香織さんからMAINが来ました!」
「ん?」
「きたね」
「うん」
あれ、もしかしてみんなは香織さんとグループ登録してるのかな? なんて思ってたらななこ(深田)さんが親指を立ててる。
『そう』
一応、テレパスについて能力先生に話を聞いたことがあるが、テレパスってうまく制御できていないとテレパス持ってる人に自分の思考がたまに漏れるらしい。
ななこ(深田)さんはうまく制御できているが、俺はできていないからたまに漏れる。テレパスの制御、頑張らないとな。
————
——
「みんないらっしゃい」
ネネさんのスタジオの2階は1LDKでいつでも居住できるような作りだった。
ネネさんの趣味のような家。たまに娘さんと泊まりにくるんだとか。っていうかネネさん子どもいたんだね。
「あら、タケトっちには私に子どもがいると都合が悪いのかな」
「いえ」
ただ落ち着きがないから子どもがいるように見えなかっただけです、なんて言えないんだよね。
ななこ(深田)さん、そこ頷かないでいいからね。ネネさんが不思議そうに見てるから、バレるから。
「みんなも好きなところに座って」
香織さんが取り皿を並べてながらみんなにこっちにおいでって手招きしてくれる。
——あら……
お手伝いする必要はなさそう。俺たちがここまで歩いてくる間に食べ物や飲み物なんかの準備はほとんどできていた。
ビールが見えるけど飲むのはネネさん? それとも香織さん? 俺は一応成人扱いだけどアルコールはまだダメなんだよね。もちろん学生のみんなも。
「「「はいっ、お邪魔します!」」」
つくね(霧島)さんとさちこ(牧野)さんは小柄だからどこに座ろうかなと迷ってる姿はみてると微笑ましく感じるね。
さおり(君島)さんはみんなが座るのを待っている。余ったところに座るつもりだろうね。ななこさんは食べ物が1番取りやすそうなところに座ったね。
俺? 俺は香織さんとさおり(君島)さんの隣になった。
ちなみに今使ってるテーブルは丸テーブルだから7人と半端な人数だったけど普通に座れている。
「「「「「「「カンパーイ!」」」」」」」
それからは料理(オードブル)を楽しみつつ会話はもっぱら今日ライブの話。ネネさんもライブ好きだからね。
「え? どこの音楽関係者からも話が来てないの!?」
香織さんとさおりさんが(両隣にいるから)勝手に料理をとってくれて俺の皿に乗せるから、それをもくもく食べていると、つくねさんと話していたネネさんが突然大きな声を上げた。
「あの歌を聞いて……こないなんて」
ネネさんが信じられないといった様子で首を振る。
「そうか。それでバンドチャンネルを開設する話になったのね」
スタジオは今まで通り使っていいし、サポートできるところはサポートするから元気出してと落ち込むつくねさんの頭を撫でるネネさん。なんか鼻の下が伸びてる気がするが。
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