第56話

「次はあたしたちのオリジナル曲だよ!」


 ♪〜


 明るくテンポのいい曲だ。さすが3年生。みんな身体を左右に揺らして聴き入っている。


 いつも思うけど、この学校の女子って優秀な生徒が多いと思う。今のところ2組中1組はオリジナル曲を披露していて完成度も高くてびっくりする。作詞作曲ってそんなに簡単じゃないよね?


 昔からこの学校の文化祭のバンドフェスティバルには音楽関係者が来校する。

 その関係者の目に止まればメジャーデビューも夢じゃないと言われているらしい。

 だから本気でメジャーデビューを狙っている組は必ずオリジナル曲を披露しているらしい。


「みんなあたいたちのオリジナル曲もちゃんと聴いてくれよ〜!」


 ♪〜


 まあ中にはオリジナル曲だと言って適当な歌詞の中に下ネタを盛り込んで文化祭実行委員にストップをかけられるおバカな組があったけど、これが結構ウケていて会場は盛り上がっていた。

 ストップがかかり演奏中止になるまでの少しの間だけど。


 俺も思わず笑ってしまった。ただ、俺の存在に気づいた彼女たちの顔、かわいそうなくらい真っ青で首を振ってたね。そこまで気にしなくていいのに、あの様子だと、その場のノリでやったっぽいね。

 プログラムを見れば2年生の先輩のようだ。


「ウチたちの一曲目はこれ『君たちを愛します』(沢風和也作詞作曲)です。聴いてください」


 いるとは思ったけど、沢風くんの曲をカバーしているバンドも2組くらいあった。うまいかといえば微妙だったけど。


 昼食休憩時も混乱を避けるために更衣室を借りて食べたけどみんな食が細く口数が少なかった。緊張しているのだろう。いつも通り楽しくやろう、とありきたりな言葉しかかけることが出来なかったけど、こっそりとリラクセーションも使っちゃった。


「あれ?」

「ん?」

「?」

「うーん?」


 みんな不思議そうな顔をしてたね。


 かけ過ぎると大変なことになるけど、こういう時はほんと役に立つ。


 そういえば、リラクセーションが使えると自覚してからたまに思うけど、今の俺って前世の時ほど緊張しない気がするんだよね。これもリラクセーションのおかげかな? いいことなので気にするほどのことでもないけど。


 俺たちは午後の部の7番目で最後になる。午前中と同じく時間まで体育館の会場で他のクラスのバンドを見学しようかな。

 心なしか観客が増えているのが気になる。増え過ぎて俺たちの時に中止にならないことを祈る。


「いよいよだね」


 少し早めに準備に入ろうと更衣室に向かうが、中は他の組でいっぱい。


 そこで思いついたのが俺が体育の授業の時に使う倉庫。


「よかった」


 倉庫には誰もいなかったので、早速着替えることに……あ、そうか。みんなもここで着替えるのか。


 外に出ていた方がいいのかな、と考えていれば、みんな集中しているのか俺が居ても普通に着替え始めた。下着が丸見えだよ。


 ——……。


 俺だけ意識していたのがバカらしくなったので俺もさっさと着替える。ん? 着替え始めるとすぐにみんなから視線を感じたんだけど、既に上着を脱いでいた後なのでさっさと着替えてしまおう。


「あ、髪型は私に任せて」


 さちこ(牧野)さんが手を挙げる。なんでも男性にしてもらいたい髪型があったらしい。推しの親に出てくる隣のお兄さんの友だち? それってアニメじゃ……


「大丈夫、大丈夫」


 不安しかなかったけど、仕上がりは割といい感じかも。ツンツンバリっとされるかと思っていたけど、前髪を分けて少し残しフワッと後ろに流してる感じ。ほほう、ちょっとカッコいいかも。


「さちこさんありがとう。すごくいい感じだね」


「う、うん」


 顔を赤くして照れるさちこ(牧野)さん。それにしても、みんな男装が様になってきたね。メイクで少し男の子っぽくしてるから余計にそう思うが、あまりうれしくなさそうだった。褒めてるのに。


「こちらにいたんですね。もうすぐ出番ですので……っ!」


 準備を終え、そろそろかなと思っていたところに、文化祭実行委員の人がわざわざ倉庫まで来てくれたけど、倉庫から出た俺たちを見て固まってしまった。


 ま、すぐに動いていたけど、手と足が一緒に動いていて思わず笑いそうになったよ。ごめんね。


 衝立で囲っただけの控室まで案内された。


「こちらでもうしばらく待機していて下さい」



 ————

 ——



 俺たちがステージに上がると会場がすごいことになっていた。


「え!?」


 座席は全て埋まり、それでも足りず立ち見をしている人も、よく見れば入りきれずに外の窓から中を覗き込んでいる人もいた。


「みな様お待ちかね。最後のトリを飾るのは1年A組のバンド、剛田くんと男装女子のみなさんです。ではどうぞ」


 司会進行を努める文化祭実行委員の人が、勝手に俺たちにバンド名をつけてる。勝手に変なバンド名つけないで。気を取り直して、みんなで頷きタイミングを合わせて一曲目を演奏する。


 ♪〜


 カラオケで人気のあった曲の中から決めた。友里子の『カリフラワー』のカバー。


 元々はキーが高くて歌いにくいのだが、今回はキーを下げて少しアレンジしたバージョンで歌う。


 騒ついていた会場が一気に静かになり、ドキッとするが、みんなリズムに合わせて身体を揺らしているので、大丈夫かな。


 二曲目もカラオケで人気のある曲から決めた、あいぴょんの『キンセイカ』だ。

 こちらも女性の曲だからキーが高くて歌いにくいのでキーを下げたバージョンになる。


「ふぅ」


 勢いのまま二曲目続けて歌ったところで気持ちが少し落ち着いた。どうやら俺も会場の雰囲気に呑まれていたみたい。


 ——あっ!


 なんで気づかなかったのだろう。俺とネッチューブでコラボした女性たちがみんな来てくれてるよ。

 ゆう、あい、みい、しぃに西条さん(お姉さんの方)も隣の県なのに会場に居て手を振ってる。わざわざ来てくれたのかな。


 他にも香織さんや先生に……


 ——マイッ!


 妹だ。妹がいた。やばい涙が。久しぶりに見た妹の顔。友人と来ているのかな、元気そうでよかった……ってなんで泣くんだよ。泣きながら手を振って……


 俺も小さく振り返せば会場から黄色い声が上がったので、慌てて会場内全体に向けて手を小さく振る。そうだ、演奏の途中だった。


「……次は俺たちのオリジナル曲になりますが、とてもいい曲なのでよかったら聴いて下さい。『君の側で』」


 母さんは見つけることができなかったが、どこで聞いてくれてると信じて、精一杯心を込めて歌う。


 ♪〜


 歌っている途中に昔のことを思い出して涙が出そうになったが、どうにか歌い切った。だが、どうしてだろう会場がしーんとしている。


 なぜ? と思い観客一人一人に目を向ければ、その瞳には涙が浮かび鼻を啜る音も。


 これは……


 俺がどこかで失敗していたのかと思った次の瞬間、パラパラと拍手が上がり出し、それが会場全体に広がり、ついには大きな拍手の嵐が巻き起こっていた。




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