第57話 閑話(剛田真衣視点)

「う、うう、だげどぐん、かっごよかった〜ぐすっ」


「もう、かりんちゃんは泣き過ぎ、ってまいちゃんも泣いてる? わかるよ。実はわたしも感動して泣いちゃたんだ」


「う、うん。すごく感動しちゃった」


 お兄ちゃんの歌がこんなにすごいなんて知らなかった。でも、ほんとうはお兄ちゃんに会えたことの方が嬉しくて涙が止まらなかった。


 お兄ちゃんが会場に向かって頭を下げた後にまた手を振る。


 ——あっ!


 お兄ちゃんがまた私の方を見てくれた。照れくさそうに手まで振って……やだ、なんでだろ嬉しいはずなのに、また涙が出てきちゃた。理由は分かってる。


 ——お兄ちゃん待って……


 お兄ちゃんたちがステージから降りて奥に消してしまったからだ。


 ————

 ——


「ねぇマイはどうするの?」


「どうするって何を?」


「そっか、マイは転校してきたばかりだから知らないのか。ウチの学校、私立中学校だからさ、高校の文化祭には進んで参加させる方針なのよね。もちろん希望者に限るけど。

 高校によってはオープンキャンパス的な催しも兼ねてて中学生向けの模擬講座をやってくれたりするから。

 学校側としては早くから目標と(進学)したい高校が見つかれば勉強も頑張れるだろうってね。だから興味のある高校の文化祭には進んで参加していいの。学校には先生たちが連絡をつけてくれるから。

 それで、私たちは一年生の頃から参加してるんだよ、ね、タカコ」


「あはは、かりんちゃんは勉強よりも公欠扱いで堂々と楽しめる先輩方の文化祭に参加したいだけだもんね」


「あー、それはタカコもでしょ。それよりマイも行くでしょ、希望ヶ丘学園の文化祭。たぶん剛田くんいるよ」


 そう言ってかりんちゃんが見せてくれたのは掲示板サイト。


【理想の】剛田武人くんについて語るスレPart 12【王子様】


 816:名無しちゃん

 武人くんが文化祭で歌うってほんとですか? 誰か知ってれば情報がほしい。


 817:名無しちゃん

 ええ、武人くん歌うの? それが本当なら絶対に見逃せないところ。


 818:名無しちゃん

 >>816

 ほんとですよ。

 私は同じ学校で、武人くん文化祭の二日目にあるバンドフェスティバル。それにボーカルとして参加することになってるみたいですよ。


 819:名無しちゃん

 き、きたー


 820:名無しちゃん

 武人くんの生歌。


 821:名無しちゃん

 行く。私その日会社休んででも絶対いく! 文化祭はいつですか、情報お願いします。


 822:名無しちゃん

 11月○△日。

 ちなみに私は武人くんの生歌聞いたことあるけど、イケボで全身が痺れたね。感受性が強い人は注意。人によっては下着汚れるかも、着替え準備しといた方がいい。


 823:名無しちゃん

 やだぁ、武人くんのえっち。


 824:名無しちゃん

 いく。絶対会社休んでいく。

 ・

 ・

 ・


 そこから先は過激な表現が増えてきていて、顔を真っ赤にしていたかりんちゃんが慌てて閉じた。


「こ、こんな感じだし、剛田く……武人くんバンドフェスティバルで歌うらしいから」


「あ〜かりんちゃん、しれっと剛田くんを名前で呼び直した」


「べ、別にいいじゃん。武人くんは武人くんだもん。ね、マイ。って、あれ、マイなんで怒ってるの」


 私のお兄ちゃんなんだからね。勝手に名前で呼ばないでよ。なんて言えないのが悲しいな。


「そ、そんなことないもん」


「あ〜そっか。マイも武人くんのファンだったもんね。それなのに私が先に名前で呼んじゃったから妬けちゃた? ふふ、マイってかわいい」


「ち、違うもん!」


「まあまあ。マイも武人くんって呼べばいいだけの話だし、とりあえず文化祭は参加で申し込みしてくる」


 ——武人くん、か……ふふ。お兄ちゃんなのになんだか変な気分。


 ————

 ——


「ただいま〜」


「おかえり〜お母さん!」


「あら? 今日はやけに機嫌がいいわね。学校でいいことでもあったの?」


「わかる? ふふ、実はね……」


 お母さんに希望ヶ丘学園の文化祭に参加することを伝えた。


「保護者も一緒に参加していいらしいからお母さんも一緒に行こうよ!」


「……ご、ごめんなさいマイ。その日の仕事はどうしても抜けれないの。私の分までお兄ちゃんの応援してきてくれる?」


「そっか……仕事ならしょうがないよね。一緒に行けないのは残念だけど……そうだお母さん! お兄ちゃんが歌っているところを私がスマホで映してくるよ」


「ありがとうマイ。ありがとうね」


 そう言ってお母さんが私をぎゅっと抱きしめてきた。そうだよね。ほんとはお母さんもお兄ちゃんに会いたかったよね。

 お母さんは仕事を変わったばかりだからきっと無理が言えないんだ。


 ————

 ——


「うわ〜高校の文化祭って賑やか! ってか人多すぎない?」


 かりんちゃんのお母さんもタカコちゃんのお母さんも仕事で都合がつかず結局は学校のスクールバスに乗って希望ヶ丘学園にやってきた。


 色々と見て回りたいけど公欠扱いで見学に来ている手前、模擬講座を先に受けないとね。


 途中休憩が入って1時間半くらいかな。講師はこの学園の教頭先生がしてくれたけど、話が面白くてあっという間の1時間半だった。


「マイちゃん。次あのミニパフェ食べようよ」


「ミニパフェ? うわぁ。あれ絶対美味しいやつだよ」


「やっぱりそう思うよね。かりんちゃんも食べない?」


「食べる食べる」


 3人でミニパフェを美味しく食べていると、隣の席に座る二人組の女子高生。二年生かな? その二人の会話が耳に入った。


「剛田のヤツが今日歌うらしいけど、これって和也様を意識してかな?」


「たぶんそうじゃね?」


「バカだよな。和也様みたいに歌えるはずないのに」


「バカだから自分の実力も理解できてないんじゃね?」


 隣の女子高生の会話に苛立ちながらも黙って聞いていると、その女子高生はギャハハっと下品に笑いながら何処かにいった。

 炎上させたお兄ちゃん。お兄ちゃんを批判する人が必ずどこかにはいるとは思ったけど、分かっていたけど、実際に会うと自分のことのように悲しくなった。


————

——


 涙を指先で払い体育館の出口を探していると、


 ——あの人たち……ミニパフェ店で会った人?


 お兄ちゃんたちがステージを降りた後に気がついたけど、ライブ前に遭遇した女子高生が、私たちからも見える位置でペタンと座り込み顔を真っ赤にしていた。


「こっちみんなし。武人様のイケボで腰が抜けただけだし」


「そうそう……武人様のイケボが、心地良すぎて痺れただけだし。ってウチは何を、あっちいくし」


 よろよろと立ち上がる二人。


 ——武人様? この人たち、さっきと言ってたことが違い過ぎ。


 そう思うと同時に掲示板サイトの内容を思い出してカーッと顔が火照るのを感じた。


 きゃー、きゃー

 武人くーん!


 ——え?


 それは突然のことだった。

 会場が賑やかになったかと思えばお兄ちゃんが再びステージに戻ってきた。

 お兄ちゃんだけじゃない、男装したカッコいいお姉さんたちも一緒だった。


 けど、やっぱり中央に立つお兄ちゃんが1番カッコいい。お兄ちゃんの立ち姿に見惚れていると、お兄ちゃんがみんなに向かって語りかけてくる。


「よかったら俺たちと記念写真を撮ってもらえませんか?」


 文化祭実行委員と腕章を付けた人たちが協力しているから、なんらかの要請でもあったのかな? 


 それから希望した人たちがお兄ちゃんがいるステージに上がり十数人ずつ一緒に写真を撮っていく。

 写真を撮るのはもちろん学生さんで写真部の人たちらしいけど、それよりも、お兄ちゃんに馴れ馴れしく引っ付いているあの人たちは誰? 


「マイちゃん、私たちも次上ろう」

「うん」

「やった、武人くんと写真だ」


 私たちも順番を待ってドキドキしながらステージに上がったよ。

 お兄ちゃんがすごく近い位置にいてすごくドキドキしていたら、突然腕を引かれてお兄ちゃんの匂いがふわっとしたらぎゅと抱きしめられていた。


「マイ、迷惑いっぱいかけてごめんな。今日は会えてすごくうれしかったよ。あと母さんにも……」


 一瞬のことで、最後あたりが何を言ったのか聞こえなかったけど、これだけは自信を持って言える。来てよかったと。


 会場から出て行く時に写真部の人からデータを受け取って帰る。

 スクールバスが発車するギリギリの時間までかかり冷や冷やしたけど間に合ってよかった。


「ねぇねぇ、マイちゃん。あの時武人くんに抱きしめられていなかった?」


「ふえ? そ、そんなことあるわけないよ」


「そっか、そうだよね。やっぱり見間違いか」


 お兄ちゃんの通う私立希望ヶ丘学園は名門校だから偏差値が高い。

 私は中学校二年生だから再来年が高校受験だけど、進学するならお兄ちゃんがいる希望ヶ丘学園がいいと改めて思った。

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