第49話 閑話(剛田真衣視点)
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「それから母さんにマイ。俺のバカな言動で迷惑をたくさんかけてしまったね。身体も壊した。今さらだけどごめん。ってもう息子でもアニキでもないけど、でもごめんね。本当にごめん」
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頭を下げたお兄ちゃんが遠ざかっていく……
お兄ちゃん! 待って私を置いて行かないで……ちょっと、どうして身体が動かないの。
待って……
待ってよ……
「待ってぇ! っ……ゆ、め……」
お兄ちゃんと離れて暮らすようになり何度となく見ている夢……
私の名前は剛田真衣(ごうだ まい)だったけど、今はある理由から岡田真衣(おかだ まい)と名乗っている。
「お兄ちゃん……」
私の生活はある日を境に一変した。あいつだ。沢風和也だ。あいつがネッチューブに現れてからお兄ちゃんがおかしくなった。
家では好き勝手に生活していたお兄ちゃんだけど、ごくたまにだけど私にお菓子をくれたり、機嫌がいい時は頭を撫でてくれたりと良いところはいっぱいあった……
それなのに沢風和也が現れてから、兄ちゃんは日を追うごとに荒れていく。言動も荒々しく怖く感じることも増えた。
でもそれは無理もない話だった。ここはお兄ちゃんの家なのに勝手にモノが投げ入れられて、綺麗だった外壁を汚れていくのだから。
お兄ちゃんも黙っていられなかったらしく、どこかに連絡していたようだけど現状は何も変わらず余計に荒れた。
苛立ちをモノに当たる事が多くなった。それがバウンドして側で見守っていた私やお母さんに当たってケガをしたことも。お兄ちゃんを心配して近づきすぎていたから避けれなかった。
その頃から学校では男性(お兄ちゃん)と生活していることが学校中にバレていて知らない先輩や後輩からも嫌がらせを受けるようになった。
それは勤めに出ていたお母さんもだ。ある日お母さんが倒れた。なんでも後ろから押されたらしいけど、日頃の疲れやストレスから起き上がることができずそのまま救急車で運ばれた。
病院から私に連絡があったので私は直接病院に行った。するとなぜか私も顔色が悪いとすぐに入院させられた。
理由はすぐに分かった。今の現状をどうにかしようとお母さんが男活相談所(男性と生活している女性が困った時に相談する機関)に相談していたからだ。
次の日には専属の弁護士が病院に来た。その人は法賀律子(ほうが りつこ)と名乗った。
その人が言うには、このような問題を起こす男性(兄)はまた同じこと繰り返す。家族に迷惑をかけているという自覚がないから反省もできないのだという。
ウチのケースは住所が特定され家族構成も晒されているから特に危険な状態なのだとも。
こういったケースの場合、男性に縁のなかった女性からの妬みや嫉妬、そう言った理由から、どさくさに紛れて今以上の嫌がらせを受ける可能性が高く、酷い時は暴行や殺人にまで発展するケースもあるそうだ。
普通の生活を送るには彼(兄)とは絶縁して距離をとるべきだと勧めてくる。
公になってないだけで、手に負えなくなった男性と絶縁する家庭は多いから恥でもなんでもない、安心して欲しいとも。
男性が未成年の場合は国が保護して、成人していれば独り立ちさせる。成人していても一人で生活できなければ国が保護するから心配はないのだと。
私は反対したが弁護士に私の将来のこともよく考えてと言われたお母さんは弁護士が勧めてきた通りに絶縁状を出した。
お母さん、私に隠れて泣いていたよ。
でもお兄ちゃんは弁護士の言ったようなことにはならなかった。一人でもちゃんと立ち直っていた。さすが私のお兄ちゃん。でもお兄ちゃんがすごく痩せてて心配になった。
ほんとはダメだけど隠れて何度も見に行っちゃった。
とくに謝罪の動画を見た時、私は胸が締め付けられそうになった。
弁護士の言うことなんか聞かなきゃよかった。
お母さんにもう少し強く反対すればよかった。
他にも慰謝料とだと言って生活に困らないように十分なお金をお母さんの口座に振り込んでくれた……その金額には弁護士も驚いていたね。
それからすぐに弁護士の法賀さんは謝ってきた。
自分の実体験や学んできた経験から決めつけてしまっていたことを。
それでも私はとても許せる気がしなかった。
だって絶縁状の取り下げはすぐにはできないらしいのだ。
なんでも相手が猫を被っていて周囲を欺いていたケースが過去にあったらしいから最低1年間は様子を見ないといけない。
————
——
「マイも沢風くんの動画見ればいいのに。かっこいいんだよ」
「うーん、私はおに、剛田くんの方がいいかな」
「あ〜剛田くんね。剛田くんもカッコいいよね。私も剛田くんは好き。
最近だとあかね色々ちゃんねるのあかねちゃんとコラボしてたよね。再生回数すごかったよ」
「うんうん。あのゲームも発売されたばかりなのに、どこももう売り切れてて、なかなか手に入らないんだって。最大4人まで同時プレイできるらしいからみんなでやったら楽しそうだったのに」
「ふふふ、実は私、売り切れる前にネット注文してたんだよね。もうすぐ届くからみんなでやろう」
「うん。やろう」
「あ〜あ、剛田くんもプレイしてるといいな。あれオンラインでもできるみたいだから運良く剛田くんと同時プレイなんてこともあったりしてさ……ふふ、ふふふ」
「あはは、タカコの病気(妄想癖)がまた始まったよ」
「え〜、かりんちゃんには言われたくないよ。かりんちゃんも……ぶごっ、ふごご」
かりんちゃんがタカコちゃんの口を慌てて塞いでいる。これは最近よく見る光景。
「ウチここだから。タカコちゃん、かりんちゃん、また明日ね」
仲良くなったタカコちゃんとかりんちゃんと話しながらも下校していればすぐにウチのアパートの近くに。
本当は一軒家も余裕で買えるお金をお兄ちゃんからもらっているけど、お母さんはまだ使えずにいるし、私も無理に使わなくてもいいと思っている。
「あ、うん。マイちゃんもバイバイ」
「マイ、バイバイ」
今は隣町の学校に通っている。友だちだってできた。
「マイ、帰ってる? ただいま〜」
お母さんも国から斡旋してもらって新しい職場で頑張っている。
「お母さんおかえり」
「うん。それよりマイ! ほら見て見てお兄ちゃんが、武人くんがまたモデルしてたのよ」
お母さんはメンズ専門店の紙袋を持っていた。その紙袋からポスターらしきものが飛び出ていた。
「え! ほんと、見せて見せて……わぁ」
「カッコいいね、お兄ちゃん」
「うん!」
そのポスターには男性が5人載っていた。男性が5人も載っててすごいけど、でもやっぱり真ん中に立つお兄ちゃんが一番カッコいい。
今はまだお兄ちゃんに近づけないけど、このポスターがあればしばらくは我慢できそう。
「あれ、お母さんこの服はどうするの?」
「ん? お兄ちゃんに贈るのよ」
もちろん今は弁護士の法賀さんを通して匿名で贈ってもらうことになるけど、『武人くんのファンです。頑張ってください』といつものメッセージを入れる。
またお兄ちゃんと一緒に暮らしたいな。
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