第47話

 パチパチッ


「みんなすごく良かったよ。タケトっちもいい声してるね。その歌声で何人の子を落とすのかな」


 タケトっち? って俺のことだよね。まあいいけど、ネネさんのそんな言葉にみんながこくこく頷いている。ネネさんは大袈裟だな。


「誰も落ちませんよ」


 ん? 深田さんはなんで首を振る。


「あはは。タケトっちって面白いね。うん、しばらくここのスタジオは使う予定がないからさ、つくちん(霧島)か、さっちん(牧野)か、さおりん(君島)か、なっちん(深田)に、これ預けとくから好きに使っていいよ」


 そう言ってからネネさんが見せたのは、ここの(スタジオ)カギだ。

 しかも、ネネさんは突然みんなを愛称で呼んで、みんなを驚かせて笑ってる。俺には出来ないな。


「もちろん、好きに使っていいと言っても必要のない機材には触れないこと、あと使う前にはちゃんと連絡入れること。時間が合う時は私も顔を出すからさ」


 ここのスタジオは学校から歩いて30分くらいの位置にあって割と近いからこの提案はありがたい。みんなもそう思ったのか、


「ネネさん、ありがとうございます」


 受け取ったのは君島さんだった。あれ? みんなが手を出さないから仕方なく君島さんが受け取ったように見えたけど、不思議に思いつつ眺めていたら。


「さおりん!」


「きゃ、ちょちょっとネネさん」


 君島さんがネネさんから抱きつかれて戸惑っていた。なるほど、そういうことか。深田さん、そこは親指立てるところじゃないと思う。


 ————

 ——


 思ったより話し込んでいてスタジオを出た時にはお昼前だった。

 帰ったら来週お邪魔するネッチューバーさんにアポイントもとらないと、そんなことを考えていると、


「武人くん、みんなでお昼を食べようって話になったんだけど、武人くんも行かない?」


 さちこさん(牧野)がそう言ってから俺の袖を引いた。名前で呼ぶようになっているのはネネさんから指摘されたからだ。

 お互い遠慮し合ってたらいい演奏はできないと、それに同じバンドメンバーなんだから名前で呼びうくらいは普通だよ。とね。


「うーん、そうだね……」


 つくねさん(霧島)やさおりさん(君島)やななこさん(深田)に視線を向けてみる。

 他のみんなが迷惑そうな顔をしてたら断るつもりだったけど、他のみんなからも行こうと誘われてしまった。


「じゃあ俺もお邪魔しようかな。もう何処に行くか決まってるの?」


 近くのファミレスだそうだ。とは言っても俺は一度も行ったことないんだけどね。みんなは何度も言ってるの? そうなんだ。


 香織さんにも練習が終わりみんなでファミレスに行くから、帰りは大丈夫だとメッセージを送っておく。既読がすぐにつかないところを見ると仕事が忙しいのだろう。


 道中、みんなの表情は明るかった。かくいう俺もそうだ。やはりみんなの演奏で最後まて歌えたことが大きい。気持ち的にも楽になったし。


 しかも、ネネさんが気を利かせてくれて今日の演奏を録音をしてくれているので後で聞き直しもできる。


「ところでつくねさん」


「ん?」


 名前で呼べばすこし恥ずかしそうにしながら返事をするつくねさん。 


「この曲の曲名は決まった?」


「う、うん。一応……『君の側で』にしてみたんだけど、武人くん、どうかな?」


「『君の側で』……うん、いいと思う」


「よかった」


 ホッとして笑みを浮かべるつくねさんに、さちこさんから「よかったね」と声をかけられている。俺がダメ出しするとでも思っていたのかな。


 ただ文化祭で一曲しか演奏しないのも味気ない……俺がそのことを心配して伝えてみれば、みんなも同じことを考えていたようで、最近流行りの曲を2曲ほどコピー演奏することに。


 沢風くんの曲以外は女性が歌う曲しかないので声が出るか心配だけど、あとでちょっと練習しとこう。


「おお」


 ファミレスに入れば、店内にいた女性の視線が俺に集まるのはいつものことなので気にせず空いてる席に座った。この雰囲気、ちょっと懐かしくて涙が出そう。前世でよく来てたのかも。


 俺は和風ハンバーグ定食を頼んだ。みんなはパスタなんだ。ミートパスタにカルボナーラにペペロンチーノ美味しそうだね。


「食べてみる?」


 ななこさんがそう言って首を傾げる。大丈夫だと言う前に俺の皿にカルボナーラがのせてる。そして俺のハンバーグを眺めて……ハンバーグが食べたいのね。


「ありがとう。いただくよ、ななこさんも」


「ふふ」


「じゃあ私のも」


 次はさちこさんまで。催促してないのに、結局、みんながパスタをくれるから俺もハンバーグを切り分けてやったら俺のハンバーグが残り半分に。しくしく。あ、でもパスタも美味しい。


「あ、剛田くん!」


 ハンバーグを食べていると誰かが俺を呼ぶ。誰? パスタを食べていたみんなも手を休めて声の方に顔を向ける。


「あぁ、えっと服屋の店長の鮎川さん、ですよね」


「あはは、そんなに自信なさげに言わなくても合ってるよ。ごめんちょっと失礼するね」


 え、ちょっと鮎川さん。鮎川さんが通路の邪魔になるからとつくねさんの隣に座った。ここ6人席だから大丈夫なんだけど、ちょっと押し込まれたつくねさんがむむって顔してる。ちょっとかわいいかも。


「食事中にお邪魔してごめんね。剛田くん見つけたからつい声をかけちゃった」


「はあ……でもそれだけってことじゃ……」


「ごめん、ないね。剛田くんまたモデルやって! お願い」


 話を聞けば、俺がモデルをした商品は売れてるが、他が思いのほか伸びていない。ブランドも立ち上げたばかり、冬物に入れ替えたけど不安になり、偶然俺を見かけたから声をかけたけど、近いうちに俺には連絡をするつもりだったのだと。



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