第46話

「かおりん、久しぶり〜」


「何言ってるのよ。昨日あれから飲みに行ったじゃない」


 彼女は松川 音々(まつかわ ねね)。学生の頃からの友人で県内20店舗を展開するサウンドスタジオ•マツの経営に携わっている(代表者の娘)。


 今日は彼女のプライベート用のスタジオの方に来ていた。彼女の趣味は音楽。今でも学生の頃の友人とバンドを組んで演奏を楽しんでいる。

 私はたまにその演奏を見に行くだけね。


「それでかおりん。その子たちがスタジオを使うのね」


 ネネが私の後方に視線を向ける。その彼女の目はどこか妖しい。そう彼女は大の女性好き。昔はそうじゃなかったはずだけど……みんなにはそれとなく伝えたけど分かってくれてるかしら。


「ええ。紹介するわね。こちらが君島さんに深田さんに霧島さんに牧野さんね」


「「「「よろしくお願いします」」」」


 みんなが音々から見える位置に移動して頭を下げてから扱う楽器のことを話している。


 ネネも……キリッとしてればそれなりに見えるのにだらしない顔を晒しちゃって、ネネを紹介した立場の私は頭を抱えたくなる。


「ネネ。あと剛田武人くんという子がいるんだけど、今日は用事がって来てないのよ」


「あら、そうなの。会えるの楽しみにしてたのに……」


 にやにやしながら近づいてきたネネが私の耳元でぼそりと呟く。


「あなたの夫になる人だよね」


「べ、別にいいでしょ」


「あはは、照れちゃて」


「きゃ」


 笑いながらさも当然のように私の胸を触ってくるからネネは油断ならないのだ。今もちょっと反応が遅れてがっつりと揉まれた。


「ネ〜ネッ!」


「怒らない怒らない。相変わらずいいお胸してるよかおりんは。武人くんだっけ? こらからたくさん揉める武人くんが羨ましいなぁ」


「ば、ばかっ」


 ネネのそんな言葉につい武人くんに触られている自分を想像して赤くなる。


「やだ、かおりん可愛い……っ痛い! 痛いよかおりん。かおりん暴力はダメだよ」


 きゃーきゃーと、どさくさに紛れて一番近くにいた君島さんに抱きつくネネ。ほんとにこの子は。


「え、え」


 君島さんがどうしたらいいか分からずオロオロしてて可愛そうじゃないの。


 ————

 ——


「へぇ、うまいね彼女たち。オリジナルの曲も女性受けしそうでいいね」


「キーボードをしているあの子、霧島さんが作詞作曲したそうよ」


「そうなんだ……うん。いいと思う」


「私は素人だけど、彼女たちセンスある?」


「うーん。まだなんとも。ボーカルの武人くん次第かな……」


 ——武人くんの歌次第か……武人くんの歌声、すごくいいんだけどな……


 みんなの演奏を最後まで聴いていたネネ。今日は2時間くらいの練習で終わる。

 みんなもまともに練習ができたとやや興奮していた。


 ほんとは学校での武人くんの様子を聞きたかったけど、ネネがいるからまた今度で……


 最後にネネの案でみんなで写真を撮って今日は別れることに。

 空いていたので明日も同じ時間に押さえる。リラクセーションについてはネネだけ伝えた。もちろんこれは武人くんに了承を得てのこと。

 何か気づいた点があれば教えてやってほしい。


 ————

 ——


 あかね色々チャンネルさんの動画にお邪魔した次の日。


「武人くんおはよう」


「おはようございます香織さん」


 今日もスタジオを押さえていてみんなも参加すると聞いている。今日こそは参加しなければ。


 でも香織さんは仕事があるらしくスタジオまで送ってくれたらそこでお別れ。


 香織さんを足がわりだなんて……はじめは遠慮したんだけど分かりづらい場所にあるからと車で迎えにきてくれた。


「武人くん。ここよ」


 移動中、昨日の出来事を話していればあっという間に到着。ウチから車で十五分くらいで結構近かったが、たしかに分かりづらい場所だった。


「ありがとうございます。帰りは……」


「大丈夫よ。帰りも迎えに来るから連絡してね」


 そう言うと香織さんはすぐに車を走らせ仕事に向かった。テレポートで帰るから大丈夫と言おうとしたんだけどな。いっちゃった。


「おはようございます」


 中に入ればショートカットの茶髪イケメンがいた! ん? いや、お胸があるから女性だね。


「おはよう。君が武人くんだね」


「はい。剛田武人です。本日はよろしくお願いします」


「私は松川音々よ。かおりんとは学生の頃からの仲なの。私のことは気軽にネネって呼んでね」


 かおりんか……いいな。


「はい。ネネさん」


 まだ何か話したそうだったけど、


「「「「おはようごさいます」」」


 みんながスタジオに入ってくるとスタジオ内が一気に華やかになる。


「あ、剛田くん」

「剛田くん早いね」

「昨日は撮影上手く行ったの?」

「今度一緒ついて行ってもいい?」


 軽く雑談をして緊張をほぐしてから練習に入ることにした。


「いくよ〜!」


 今日はドラムの牧野さんの元気なかけ声から演奏に入る。


 ジャーン!


 ♪〜


 その音の違いにびっくりする。すごくいい音。しかも大音量。スタジオだとこんなに違うのか!?


 ——生の演奏はやっぱりすごい! 


 普通じゃ味わえないこの刺激。やはり今日も心の昂りを抑えきれない。


 ——あぁ……


 結果、途中でまたみんなが座り込んでしまった。目を輝かせて聴いていたネネさんもみんなと同じように座り込みプルプルと震えていて話せる状態じゃない。


 ダメだ。感情を込めて歌うとリラクセーションが発動してしまう。かといって抑え込もうとすれば感情がのせきれずにひどいものに。


 みんなが落ち着くまで俺は天井を眺めて過ごす。本当は落ち込みたいけど、落ち込んでも何も解決しないと分かっているからぐっと我慢。


 しかし、スタジオの天井は結構高くて解放感があんだな。


 もういっそのこと、歌に込める気持ちを天井にぶつけるよう意識したらどうなるだろう。リラクセーションの効果が上に向いて消えてくれないかな。


 ♪〜


「ふぅ」


 できた! できました。みんなが最後まで演奏してくれたので、俺も最後まで歌いきりました。


「やったね」


「やった」


 嬉しくて思わずギターの君島さんとベースの深田さんにハイタッチしてしまった。


「剛田くん、こっちもだよ!」


 よく見ればドラムの牧野さんとキーボードの霧島さんもハイタッチの構えをして待っている。


「ごめんごめん!」


「うん」


「あはは」


 それから時間が許す限り(約2時間)歌い、初めて納得のいく練習ができて嬉しくなった。

 みんなも手応えを感じて嬉しそうにしていた。

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