第45話 閑話(野原香織視点)

「うん、同級生が来てる。ほら、文化祭で歌うって話。今メンバーが来ていてその練習をしていたんだ」


 バンドの話は聞いてること。ちょっとホッとした。でも……


「そのメンバーって女の子、よね。大丈夫なの?」


 武人くんの歌声はいつまでも聴いていたいと思わせるほど心地よい。でも心地良すぎて……思い出すだけで顔が火照る。


「いえ、実はちょっと困ってまして……」


 どうやら武人くんは、私は正直に教えたけどバンドメンバーからは何も聞いていないようで、このまま知らないフリをして歌い続けてもいいのか迷っているらしい。


「それはちょっと難しいわね。でもこのままって訳にもいかない……よね」


 私は大人。恥ずかしいけどいずれ武人に貰ってもらうと心に決めているから話せた。


 でも、思春期真っ只中のバンドメンバーの彼女たち。この頃の私はどんな感じだったかちょっと考えてみたけど、やはり厳しいだろうと思い至る。

 そんなことを色々と考えていると、


「香織さん。俺、リラクセーションが使えるから、それを試してみるのもいいかなと考えているんですよね。どう思います」


「リラクセーション?」


 また武人くんは突拍子もないこと言ってくる。リラクセーションね、リラクセーションの使い手はうちの社員の中にもいるから分かる。


 あの状態になった女性にリラクセーションを使って正常な状態に戻すつもりなのね。ん? リラクセーション。


 ——『リラクセーションを過剰に使うと超気持ちいいッスよ。今度常務も一緒にどうっスか。にしし』


 ふと、欲求に正直なエロ社員(女性)のいやらしい顔が思い浮かぶ。この社員は女性好きで困って……じゃなくて、今はリラクセーションのことよ。ひょっとしたらこれは……


「剛田くん、あの原因はリラクセーションかも……」


 私は武人くんの歌を聴いたときの状態、胸の奥まで響き渡り聴いているととても気持ちがよくなることを伝えた。


 ただサビに入り盛り上がる場面になると、その気持ちよさも最高潮になり……我慢できなくなった。


 だから武人くんがリラクセーションを無意識の内に使っていて、サビに入り盛り上がるとその効果がより強くなったのではないかと話す。


 ————

 ——


 感心しながらも驚いた武人くんは、リラクセーションについて確認すると言って地下シェルターの方へ。


 私も何かあったら大変だからとついていくけど、それだけじゃない。実際はどんな子たちが来てるのか気になったのだ。


 地下シェルターは密閉された空間。中に入るとそこには女子高生が4人もいた。この子たちがバンドのメンバー。私は素早くその子たちを確認する。


 小柄で童顔で髪型を丸みショートにした可愛い感じの子(霧島)、少しタレ目で可愛らしい顔立ち髪型をショートボブにした明るく元気が良さそうな子(牧野)、顔立ちが整っている綺麗な感じで髪型はボブカットをしている。けど表情が乏しいから冷たい印象を抱く子(深田)、最後はさらさらの黒髪を腰まで伸ばしている切れ長の目の子、賢そうだけどこの子も綺麗(君島)。


 そして、武人くんに向けるみんなの眼差しには好意が込められているのが分かる(女の勘)。思ったとおりだ。無理を言ってついてきてよかった。


「武人くん、ここで練習してるの?」


「はい。えっと、紹介しますね。バンドメンバーの君島さんに深田さんに霧島さんに牧野さんです」


 武人くんが紹介するからみんなは頭を下げているけど、誰? っといった戸惑いが見え隠れする。


「私は野原香織と言います。剛田武人さんは私の大事な人です」


 あ、負けたくない気持ちが全面に出過ぎて思わず言っちゃたけど、残念ながら武人くんは気づいていない様子。残念に思いながらも関係を壊したくなかったから、ちょっとホッとしている。


 でもそれはそれ、武人くんは危機感が足りない。


 密閉された空間だからこそ普段考えないことを考え行動してしまうことだってある。特に武人くんの歌を聞いた後だとそのまま成り行きに任せて一線を越えることだってあっても不思議じゃない。


「音漏ればかり気にしてみんなのことちゃんと考えていなかった。軽率だったね。ごめんね」


 武人くん逆です。私は彼女たちが武人くんを襲わないか心配したんです。


「ううん、そんなことないよ」

「うん、私たちからお願いしたことで、むしろ私たちの方が謝らないといけない」

「そうだね。ごめんね剛田くん」

「うん、ごめん剛田くん」


 でも彼女たちは意外にも素直だった。少し話せばみんないい子だと分かる。ちょっと大人気なかった自分が恥ずかしくなった。


 だから何かできないかと考え思いつく。学生時代からの友人がスタジオを持っていたことを。


 連絡をとればすぐにオッケー。ありがとうとても助かったわ。でもケラケラとても楽しそうに笑っていたから後から色々と聞かれそう。いや間違いなく聞いてくる。頭が痛い。


 スタジオのことを伝えればみんなが喜び頭を下げてくる。


 いやだ、みんなが尊敬の眼差しを向けてくる。ほんといい子たち。MAIN交換しましょうか。また後で連絡しますね。

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