第44話 閑話(野原香織視点)

「香織さん。あなたも、もう25です」


 会長であるお婆様に呼び出されて差し出されたのは『子生の採り(こうのとり)』。

 これには精子提供者のプロフィールが載っている。容姿や年齢、性格など。お婆様はこの中から提供者を選び後継者を作れと言っているのだ。


「はい、お婆様」


 はっきりいって私は男性に興味がない。子どもさえできれば結婚はしなくていい。お婆様やお母様も同じような考えで結婚はせずに後継者だけを作り会社を守ってきた。私もそのつもりだ。


 巷ではカッコいい男性ネッチューバーが現れたと騒ぎになっているが、それにも興味が湧かないのだから他の女性と私は違う生き物なんじゃないかと思わずにいられない。


 いや、私の部下も同じようなことを言っていたので私ばかりがおかしいわけではないのか。


「私は……こちらの男性、矢留野 隙男(やるの すきお)さんが良いと思いますが……香織さん、よく見て決めなさい」


「はい。お婆様」


 その夜、お婆様から渡された『子生の採り』をパラパラとめくり大きく息を吐き出す。


「はあ……」


 ロクな男がいない。こんな男たちの精子でまともな子どもが生まれるのか心配になるレベル。

 お婆様が薦めてくれた男性がほんのちょっとだけマシなくらいね……


 別に結婚するわけでもない、本人に会うわけでもないからもう矢留野さんのに決めてしまおう。


 私はもう一度『子生の採り』をパラパラとめくる。ここに載っている男性は国が定めた数の妻を娶ってない、もしくは子どもを作っていない男性たち。規定値以上の子どもを作るまで精子を提供しつづければならないのだ。


 でも男性が引きこもり何もしたがらない気持ちが分からないでもない。

 男性は優遇されているが法人(会社)の代表者にはなれない。つまり何かやりたくて会社を起こしても代表者にはなれない。

 他にも女性から男性への相続権もないし、私が仮に結婚したとしても資産を相続できるのは私の子ども(女性に限る)もしくは養子(女性に限る)だけ。


「あ、常務! ちょうどいいところに。これ見てもらっていいッスか」


 次の日、私は部下から呼び止められ、ある動画を見せられた。


「これは!?」


 その家は私がまだ学生の頃にバイトで現場に入った家だった。

 いずれ会社を継ぐが現場を知らない人間を後継者にはしないとお婆様に言われ初めて入った現場だからよく覚えている。


 その家がボロボロの状態で映っていた。ちょっと調べれば色々な情報が手に入り今に至った経緯が分かる。


 だが、そんなことは関係ない。ウチが建てた建物が酷い状態なのだ、建ててから10年も経っていないというのに。ウチの信用にも関わる。


 すぐに部下に指示出し、私は家主と接触を図るべく資料を集めていれば、部下が駆け込んでくる。


 一度修繕依頼を受けた履歴があるがすぐに取り下げられていると。

 その理由は電話対応した者の私情によるものだとすぐに分かった。あんな奴の家、修繕する価値はないと喚くので、しばらく自宅待機を命じた。あとのことは役員会議で決めることにする。


 社長であるお母様とお婆様そのことを報告していれば、部下たちがまだ騒ぎ出す。家主が生配信していると。


 配信を見たお婆様が言う。


 まずは謝罪。次に修繕、改修の交渉。かかる費用はすべてウチが持つ、中の状態も酷いようなら仮住まいのホテルも準備するようにとのこと。私もそうするべきだと思っていたのですぐに動く。


 剛田様は私の知る男性と違い大らかな性格の男性だった。


 誠心誠意謝罪すれば文句一つ言わない。ただ困った顔をしながらも中に入れてくれた。


 中は酷い状態だった。こんなところに一人で住んでいたら病んでしまう。

 現場を確認したみなも同じ思いだったようで改修工事にも力が入り急ピッチで進めることになった。


 仕事の話(改修工事)しか武人くんとはしていなかったがお茶やお昼を共にする。

 その頃からだ。武人くんが他の男性と違いとても気になる存在になったのは。


 ————

 ——


 あの頃は、子どもを作りなさいと言っていたお婆様とお母様、今では結婚しなさいになった。みんなで撮った記念写真を引き伸ばし額縁に入れて飾っているくらい、お婆様もお母様も武人くんのことをとても気に入っているのだ。


 ふふ。


 仕事を早めに切り上げ借りた部屋着を持って武人くん宅へ。手土産にはケーキは持ってきたけど、実は今日、部屋着のお礼に食事に誘ってみようと思っている。だから今日は少し早めに来た。


「お待たせしてすみません」


「そんなことないわよ」


 武人くんには恥ずかしい姿を見られてしまったから、まだ恥ずかしさを感じるけど、ここは大人の女性として平静を装う。


「部屋着、ありがとうね」


「いえいえ」


 優しそうな瞳が私に向く。その瞳にいつもドキリとさせられる。好きだなあ武人くん。顔立ちが整ってるから冷たい印象を与えるけど本当はそんなことない。ふとした拍子に浮かべる笑顔なんて卒倒しそうになる。


 あんなに男性には興味がなかったのに……部屋着を入れた紙袋を差し出せば紙袋を広げて中を見ている武人くんがかわいい。でも言わないと。


「あと、武人くんと一緒に食べたいなぁと思ってケーキを買ってきたのだけど……もしかしてお客様が来てますか。さっきモニターから他の人の声が聞こえてきたから……」


 そうインターホンでの会話、その時に女の子の声が聞こえてきて、とても気になっている。ここで誤魔化されたらちょっと落ち込みそう。

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