第42話

 香織さんからのMAINは、借りた部屋着を返したいというものだった。


『部屋着は他にもあるので、気にしなくてもいいですよ。いつでも大丈夫ですよ』


『ちょうど仕事で近くまで来ていましたので、ご迷惑じゃなれげは今から伺ってもよろしいでしょうか?』


 そっか、そうなんだ。香織さんも忙しいから、ついでの方が都合がいいか。


『はい、大丈夫です』


 ……あ。そうだった。


 ついいつもの調子で返してしまったが、今はバンドの練習をしていたんだ。やましいことなんてしてないけど、なんかまずい気がするぞ。やっぱりちょっとMAIN電話で……あ、でも先にお茶をもっていかないとみんな待ってるかも。


 早足で地下シェルターに戻ると4人がソファーに腰掛けていて寛いでいたのでちょっとホッとする。


「遅くなってごめん。お茶、テーブルに置くよ」


「う、うん、ありがとう」


 みんなは俺から顔を背けて返事をする。理由は俺の歌のせいだと分かっているので、ここは気づかないフリをするのが正解だよね。おっとここであまり時間かけちゃいけない。香織さんにちょっとMAIN電話に連絡を……


 ピンポーン!


 うわ、香織さん早いよ。みんなが一斉に俺の方を見る。


「ちょっと行ってくるね」


 この部屋にもモニターがあるけど、取らずに門扉まで……


「ご、剛田くん、ここにモニターあるよ?」


 みんなが心配そうな顔をする。いや、知ってたんだよ。この部屋にもモニターがあることくらい。

 くぅ、でもこれでモニターに出ないというのは不自然になるよね。でもね……


「う、うん。たぶん知り合いだから大丈夫」


「そっか」


 君島さんが納得してくれてホッとしたのも束の間、


「剛田くん、通話にして声をかけてあげないと相手は留守だと勘違いして帰るかもよ」


 私いいこと言ったでしょうといった顔をしている深田さん。親指まで立てているし、深田さん的には親切で言ったつもりのようだ。ありがとうね。


「そ、そうだね」


 モニターを確認するとやっぱり香織さんだ。


「すぐに行きますね」


「……きれいな人」


 霧島さん、いつの間に俺の背後に? 視線が合うと、あっ、というような顔をしてすごすごとソファーに戻った。


「ごめん、ちょっと行ってくるね」


 みんな「はい」と言ったりこくりと頷いたり、右手を少しあげたり、親指立てたり、反応はまちまちだが大丈夫そうなので門扉までダッシュ。


「お待たせしてすみません」


「そんなことないわよ」


 仕事のついでと言っていただけあって今日はスーツ姿の香織さん。仕事のできる女性って感じがしてカッコいいね。


「部屋着、ありがとうね」


 元は俺のせいと言いたいけど、言えば香織さんが困るだろうから言わない。


「いえいえ」


 香織さんが紙袋を差し出してくるので受け取る。俺の部屋着が洗濯されてキチンと畳まれて入っている。


「あと、武人くんと一緒に食べたいなぁと思ってケーキを買ってきたのだけど……もしかしてお客様が来てますか。さっきモニターから他の人の声が聞こえてきたから……」


 どうやら霧島さんの声が聞こえていたらしい。


「うん、同級生が来てる。ほら、文化祭で歌うって話。今メンバーが来ていてその練習をしていたんだ」


 まだちょっとしか歌えてないんだけ……


「そのメンバーって女の子、よね。大丈夫なの?」


 香織さんが恥ずかしそうに尋ねてくる。


「いえ、実はちょっと困ってまして……」


 香織さんは教えてくれたけど、メンバーからは何も聞いていない。はたして俺はこのまま知らないフリをして歌い続けてもいいのだろうか迷っていると伝える。


「それはちょっと難しいわね。でもこのままって訳にもいかない……よね」


 真剣に考えてくれているようで香織さんがずっと首を傾げている。そういえば。


「香織さん。俺、リラクセーションが使えるから、それを試してみるのもいいかなと考えているんですよね。どう思います」


「リラクセーション?」


 俺がリラクセーションを使えると言ってから香織さんが自分の頬に右手を当ててぶつぶつ呟きながら考え始めたが、それも数秒くらいのものですぐに俺の方に向き直る。


「剛田くん、あの原因はリラクセーションかも……」


 香織さんが言うには、俺の歌声は胸の奥まで響き渡り、聴いているととても気持ちがいいそうだ。


 ただサビに入り盛り上がりをみせると、その気持ちよさも最高潮になり……我慢できなくなる。

 つまり俺がリラクセーションを無意識の内に使っていて、サビに入り盛り上がるとその効果がより強くなり、過剰にリラクセーションを受けた状態に陥っているのではないかと言う。


 これは俺の歌を聴いて体験したからそう思うのだと言う。


 ————

 ——


「聞いてますか武人くん」  


「は、はい、聞いてます」


「みなさんも」


「「「「はい」」」」


 とりあえずリラクセーションについて確認しようと思い地下シェルターに戻った。香織さんも何かあったら大変だからとついてきてくれた。


 地下シェルターは密閉された空間。中に入るとそこには女子高生が4人いた。


「武人くん、ここで練習してるの?」


「はい。えっと、紹介しますね。バンドメンバーの君島さんに深田さんに霧島さんに牧野さんです」


 みんなは戸惑いながらも俺の言葉に合わせて香織さんに頭を下げてくれた。

 それから香織さんも香織さんで自己紹介をする。


「私は野原香織と言います。剛田武人さんは私の大事な人です」


 ん? 今、何かすごいことを言われた気がするが、それから俺は香織さんから危機感が足りないと注意されそれどころじゃなかった。


 密閉された空間だからこそ普段考えないことを考え行動してしまうことだってあると香織さんが頬を膨らませる。

 たしかにそうだ。本人たちからは聞いていないが俺が歌うとみんな大変なことになる。もし、そんなみんなを見て俺が……


「音漏ればかり気にしてみんなのことちゃんと考えていなかった。軽率だったね。ごめんね」


「ううん、そんなことないよ」

「うん、私たちからお願いしたことで、むしろ私たちの方が謝らないといけない」

「そうだね。ごめんね剛田くん」

「うん、ごめん剛田くん」


 それから香織さんが知り合いが経営しているスタジオに話をつけてくれて前もって連絡すればいつでも利用させてもらうことに。ありがとうございます。


 みんなもお礼を言って香織さんとMAIN交換していた。


 それで歌の方は俺が原因だと分かった。俺、無意識にリラクセーションを使っていたよ。

 歌詞に合わせて気持ちを込めるとリラクセーションの効果も強く発揮。間違いないと香織さんに言われた。


 これはみんなが帰った後に香織さんから教えてもらい分かったことだ。

 一回しか歌えなかったけど香織さんよく気づいてくれたよ。俺がリラクセーションのことを教えてくれていたから念力の流れを見ていた? すごいですね。


 ちなみに、みんなは男性の歌声に耐性をつけますって張り切って帰っていったから、リラクセーションのせいだったということは知らないままだ。


 リラクセーションを抑えるのが俺の課題となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る