第38話

 校門から出てすぐにテレポートで帰ってきた。


 ——ダメだ、なんかやる気が出ない……


 ソファーの背もたれに寄りかかれば胸に違和感が。そうだった。ワイシャツの胸ポケットにミュージックンを入れたままだった。


 帰り際、霧島さんが持っててって言ってくれたけど、みんなどこかよそよそしかった。


 もう正直にさ、歌、下手だね。もっと練習しようか、ぐらい笑って言ってくれてもよかったのに。その方がずっと気が楽。

 みんなすごく良かったから、本当によかったから気にしないで、としか言ってくれない。


 気が置けない関係ってわけじゃないけどもう少しさ。


 ——少しは仲間になれた気がしてなんだけどな。


 ちょっと仲間外れにされた感があって落ち込む。


「あーあ」


 ソファーに寄りかかりボーッとしてると、手持ち無沙汰で何となくミュージックンに触れていて、イヤホンから音が漏れてくる。ずっと練習している曲だ。


 ♪


 つい霧島さんの声に合わせて口ずさむ……いい曲だ。やっぱりちゃんと歌いたいな。


「よし!」


 ソファーから立ち上がると、しばらく歌の練習をした。みんなから上手くなったねと言ってもらいたいがために。


 ピンホーン!


 ピンポーン!


 ピンホーン!


 あれ? インターホンが鳴っている。歌に夢中で気づかなかった。まだいるかな。慌ててモニターの画面を確認すれば香織さんだった。


「すぐ行きます」


 ———

 ——


「武人くん! よかった。心配しましたよ」


 門扉を解錠して中に入ってもらえば、香織さんが俺の身体を見ながらそんなことを言った。


 ——心配?


 不思議に思って首を捻っていると、


 インターホンを押したのに反応がなくて、スマホにも連絡入れたけど既読にならないからとても心配していたそうだ。


 あ、ほんとだスマホに何度も連絡がきてる。


 ミュージックンを聴きながら歌っていたら気付かなかったんです。すみません。


「ううん。無事ならいいの。はい」


 安心したのか、にこりと笑みを浮かべた香織さんが、紙袋を差し出してくる。こ、この匂いはもしかしてカレーですか? 前に俺が食べたいって言ってたから?


「ふふ。そうですよ」


「俺カレー大好きなんですよ。楽しみだな。ありがとうございます香織さん」


 中に入って貰えば、香織さんも慣れてきていて靴を綺麗に揃えて、俺の靴もついでに揃えてくれた。


 それから、ちょっとごめんね、と炊飯器の中を確認する香織さん。一人だと気分がのった時くらいしかお米を炊かないから普通に空だよ。


「ご飯仕掛けますね」


「いつもすみません。ありがとうございます」


 気にしないで、と言いつつお米の場所もバッチリな香織さん。それからすぐご飯を仕掛けてくれた。


「ところで武人くんは何を聴いていたの?」


 私はあみぴょんだったりYOARUKIだったり、あとはお婆様の影響で上島ゆきみをよく聴くよ、と言う香織さんの視線はテーブルの上に置いているミュージックンにある。


「これは……同級生が作った曲で、今度の文化祭で俺が歌うことになったんですけど……」


 今日のみんなの反応を香織さんに伝えると「私も武人くんの歌を聴いてみたい」と真剣な表情になった。


 俺下手だよ。いいの? じゃあ聴いた後は正直な感想を聞かせてくれます? それだったら歌いますけど。


「そこはちゃんとするわ」


 こくこくと何度も頷く香織さん。香織さんだったら正直な感想が聞けそう。


「分かりました。ちょっと待っててください」


 俺は自分の鞄の中からミュージックン用のスピーカーを取り出す。

 これも霧島さんから借りたもの。これはイヤホンをつけた状態で歌う時と、スピーカーから聴こえてくる音に合わせて歌うのでは感覚がちょっと違ったからだ。


 練習したいからとお願いして貸してもらった。


 ミュージックンにスピーカーを接続して早速歌ってみる。


「曲名はまだ決まってないんですよ。じゃあ歌いますね」


 聴いているのが香織さん一人。今ならあの時ほど緊張せずに歌える。もっと気持ちを込めて歌えば、きっと……


 ♪〜


「ふぅ……あれ、香織さん?」


 香織さんは俺が歌い終えタイミングでペタリと座り込んだ。

 ちょっと顔が真っ赤になってて色っぽく見えるけど、どうして?


「た、武人くん、ちょっとだけ待ってくれるかな」


「大丈夫ですか?」


 水飲みます? じゃあすぐに持ってきますね。すぐにコップに水を注いで持って行ったけど、香織さんはコップを持つ力も残っていなかった。


「ほんと大丈夫ですか? もしかして体調が悪かったんじやあ」


 香織さんはもうちょっとだけ待っててと首を振るだけだった。ほんとですか、ちょっとおでこ触りますよ。


「あ!?」


 ————

 ——


 なんてこった。原因分かりましたよ。みんな男の人の歌声に慣れてなくて、聴き入っていたら軽く何かしちゃったんだって。


 香織さんが約束だったからと顔を真っ赤にしながら教えてくれた。そんなこととは知らず、すみません。


 みんなも言えるはずないよね。だからあの後先に教室に戻るように言われ、よそよそしい態度も恥ずかしさからかも。今思い返せば、個人差はあってもみんな顔がうっすら赤くなってた、気もするし。


 そして、うれしいことも。俺の歌、すごく上手いって褒めてくれた。また聴きたいとも。

 恥ずかしいことも正直に話してくれた香織さんが嘘を言うはずないから、本当のことだろう。

 練習の成果、ちゃんと出てたんだ。おっといけない。下手だと思っていただけに嬉しくて口元がにやけそうになる。


 でもこれ、文化祭で歌えるのだろうか。タイミングをみてみんなと相談するべきだよな……


 そんなことを考えていれば、


「お、お風呂に、武人くんの部屋着まで借りちゃってごめんね」


 香織さんがお風呂から上がってきた。


 そう香織さんは、俺がおでこに触れたばっかり大変なことになってしまってお風呂を勧めた。

 着ていた物を洗濯している間、俺の部屋着を貸すことに。


「いや、香織さんはむしろ被害者で……」


「武人くん。武人くんの歌声すごく良かった。また聴かせて」


「え? は、はい」


 それから恥ずかしそうする香織さんと二人でカレーを食べた。

 カレー好きだから味わって食べたかったけど、お風呂上がりの香織さんが色っぽくて、気になって味なんて分からなかった。


 洗濯物が乾くまでいつもより長くウチで過ごした香織さん。

 俺の服は洗濯して返すからと言い残して帰っていった。

 

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