第37話 閑話(霧島つくね視点)
私の理想の男性像を描いた曲を剛田くんが今から歌う。
どうしよう、私ドキドキしてる。
無理矢理、押し付ける形で渡してしまった自覚があったから、嫌われたらどうしようかと不安で不安で落ち着かなかったけど……
——ちゃんと覚えてきてくれたんだ。
それだけで私の胸の奥がなんだかぽかぽかしていた。
数ヶ月前の私が聞いたら何バカなことを言ってるのと、鼻で笑っていただろう……あ〜でも別に男性嫌いが治ったわけじゃなくて今でも男性は嫌いだ。剛田くんだけが特別なだけ。
そういえば、ネッチューバーの沢風和也は当初さっちゃん(牧野さん)がかっこいいから、つくねも見てみなよ、と男性嫌いを心配して薦めてくれたんだっけ(男性ネッチューバーは彼しかいない)。
だからなんとなく応援はしてたけど、あの番組を見てから生理的にダメになった。たぶん他の男性よりも苦手……じゃなくて嫌いかも、いや大っ嫌いだ。
そりゃあ罵った剛田くんが悪いんだけど、あなた心配してたファンに対して大丈夫とか言ってたよね。他にもファン(みんな)のコメントはすべて目を通してるよと言ってた話、あれは嘘なの? そのコメントの中にたくさんあったよ剛田くんの名前。
それに今の剛田くんは女性ネッチューバーの動画に参加して、伸び悩む女性ネッチューバーの応援をしている。
すでに女性ネッチューバー界隈では有名な話になってるとさっちゃんが言ってた。
実際にさっちゃんはお弁当動画だったけど剛田くんに参加してもらってから登録者数が10万人突破したって喜んでいた。
そんな剛田くんを知らないだなんて、むむむ、ムキー!
自分のことじゃないけどすごく腹が立った。そして思った。剛田くんの名前を無視できないくらい有名にしたいと。まあ、剛田くんはすでに有名人だから、何かきっかけがあれば彼の耳にもすぐに入ると思うんだけど……
そして、そのきっかけになるかもと思い付いたのが文化祭だった。
こう見えて私は吹奏楽部。さっちゃんもそう。沙織さんと夏菜子さんもそうだった。ほんと偶然。
沙織さんと夏菜子さんは中学校が違うからそれほど仲良くなかったけど、さっちゃんの動画に剛田くんが参加した時に一緒に過ごしてからぐっと仲良くなった。
そして今回のことを持ちかけたら3人とも二つ返事で引き受けてくれた。作詞作曲は部活でしていたから、それぞれ曲を出し合い多数決で選んだのが私の曲だった。
体育祭の打ち上げで剛田くんが歌うことに抵抗がないか誘うことが一番難関だったけど、剛田くん来てくれてありがとう。
お弁当繋がりのみんなまで協力してくれるとは思わなかったけど、いつも部活で利用している音楽室はなんだか落ち着く。
防音がしっかりされていて音漏れの心配がないから隔離された空間って感じがするからかな。
「じゃあ、覚えたばかりで自信はないけど、時間がないからとりあえず歌うね」
「やった」
「どんな歌」
「楽しみ」
剛田くんが前方に立って歌うからみんなも少し離れてから剛田くんを囲む様に立っているけど、待ちきれないのかみんなのうれしそうな声が私の耳にまで届く。
逆に剛田くんは苦笑いを浮かべたが、それは一瞬のことですぐに私に合図を送ってきた。
——きたっ!
私は剛田くんに頷き応えると、ミュージックンに触れて一時停止を再生に切り替えた。
♪〜
な、なにこれ。サビから始まるこの曲。カラオケでアニメソングを私たちと一緒に歌っていた剛田くんの声とはまた違う。
私が歌って抱いていた印象とも全然違うし、ううん、歌い方、息継ぎのポイントなんかは私と全く一緒。ただ声が違うだけ……じゃないよね。
男性の生歌ってこんなに胸にくるの……剛田くんだからかな? 私が作った曲なのに、なんでかな。涙が出てくるよ。
剛田くんの歌声がすごく心地よくて、それでいて歌っている剛田くんがすごくカッコよくて、ずっと見たい。
♪♪〜
再びサビに入ると剛田くんも緊張が解けたのか、彼の美声がより際立ち……色っぽくなった。
——っ!?
すると座り込むクラスメイトが次から次に。私もすぐに限界に。立っていられずにその場に座り込む。
彼にはとても話せないけど。たぶん座り込んだみんなはそうだと思う。
顔を真っ赤にしている子は太ももあたりをもじもじさせているから私たち以上に大変なことになってそうだ。
「ふぅ……」
剛田くんの歌が終わってしまった。少し残念に思うけど、まだダメ。動けない。
「えっと……」
パチパチ!
パチパチ!
困惑している剛田くんの顔。いけない違うの。剛田くんの歌声すごく良かったから。でも今はまだ動けないの、誰か……
「よ、良かったよ剛田くん……」
「うん、すごく良かった」
「はあ、はあ……」
沙織さんと夏菜子さん、ありがとう。でも息づかいの荒い人は誰? そんなんじゃ剛田くんに気づかれちゃうよ。じっと見られて恥ずかしかったのか何人かの生徒は剛田くんから視線を逸らしている。
「えっと……」
これはまずいかも。まだ口を開くのも辛いのに剛田くんと視線が合った。
「霧島さん……」
「は、はい!」
「俺の歌どうでした? 自分じゃよくわからなくて……」
「よ、よかったよ」
良すぎたから動けなくなってますなんて男性の剛田くんに話せる内容じゃなかった。
キーンコーン
ああ予鈴だ。早く教室に戻らないと次の授業に遅れてしまう。けどこれは無理だ。
「ご、剛田くん、先に教室に戻っててくれるかな」
察してくれた君島さんが剛田くんに声をかけてくれた。ありがたい。みんなも激しく頷いている。早くお手洗いに行きたい子だっているよね。
ああ、剛田くんが肩を落として音楽室から出ていった。これって勘違いさせてるんじゃ……
「つくね……」
さっちゃんもそのことに気づいたようで立ち上がろうとしていたけど、またペタンと座り込む。
結局、次の授業にはみんな遅れた。
ちなみに早く耐性つけないと演奏するどころの話じゃないと気付くのはもう一度立てなくなってからの話。
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