第29話
なんてことだ。私、砂尾出 菜伊代(すなおで ないよ)は履き慣れた運動靴を引きずって自分の団に戻っていた。
せっかく1着を取ったのに、恥ずかしさのあまり武人くんから奪うように取ってしまった。
ハグだって楽しみにしていたのに。彼から向けられる視線に耐えきれなくて逃げ出してしまった。
「はあ」
いざ武人くんを前にすると、動悸が凄くて一瞬でも気を抜けば意識が飛びそうだったんだもん。
みんなだって男性とこんな経験していないはずなのに、何で普通にハグしてるの。
「な〜い〜よっ! あんた和也様派だったんだ、剛田の……」
む! こいつ武人くんを今呼び捨てに。
「やば、ご、剛田くんね。剛田くんの奴、一瞬何が起こったのか理解できずに呆けていて、あたし笑っちゃったよ。あはは」
剛田くんを呼び捨てにすると周りがおっかないからね、あぶない、あぶない、と睨んできていた周りの生徒たちにヘラヘラ笑って流しつつ、私の肩を馴れ馴れしく叩いてくるこいつは逸科 楽夢(いつか らむ)。
友だちでもなんでもない、ただのクラスメイト。私によく絡んでくるから、周りからは仲間だと思われているが、いい迷惑だ。
「ふん。ラムには関係ない」
今は泣きたい気分なんだよ私は。あっちいって。
「いいじゃんか、次の出番までまだ時間あるしさ、和也様の動画一緒に見ようよ」
ふん、和也様の動画なんてどうでもいい。最近の和也様はカッコいいはカッコいいけどそれだけ、その点武人くんは、女性ネッチューバーの動画に出演して、女性ネッチューバーの後押しをしている。噂では報酬とかは何も受け取っていないと聞く。
自分のことは後回しといった感じになった武人くん、でも自然体で、取り繕っている感じもしない。だから、どうしても応援したくなる。
それなのに私は……ううう。
私はスマホを取り出していたラムを横切り自分の席に戻る。
「え、ないよ? ちょっと待ってよ」
それから私は、歪む視界の中、武人くんを眺めた。
————
——
「あっ、ご、ごめん」
三年生を探していてよそ見をしていたら、誰かにぶつかってしまった俺は、反射的に謝罪する。
「いえ、僕の方こそ前を見てなかったから」
——ん? 僕……
「……スケートボードの先輩、ですよね?」
「剛田くん!?」
目を見開いて驚くスケートボードの先輩。俺も驚いた。河川敷であった彼女は、どうやら同じ学校の生徒で、俺のことも知っていた様子。
まあ、それだけなんだけど、それよりも、すぐにフォークダンスがはじまるから……急がないと。
そう、冷静に見れば体操服のラインの色が違うんだった。三年生は青。青の生徒はあっちに集まっている。
「先輩も三年生ですね、急がないとみんな集まってますよ」
「ほんとだ、ちょっと走ろうか」
————
——
フォークダンスは入場曲が流れると、パートナーと手を繋ぎ所定の位置まで歩く。
それから一曲目の『ヒク・テア・マタ』が流れてダンスがはじまる。
「剛田くん、よろしくおねがいします」
「こちらこそよろしくおねがいします一之宮先輩」
その初めのパートナーは生徒会長の一之宮先輩だった。綺麗系の先輩。勉強も運動も得意そうな感じ。
ちなみにスケートボードの先輩は男性パートを踊るらしく、俺のすぐ後ろに並んでいる。
一之宮先輩の隣に立ち右手を差し出す。一之宮先輩も左手を出してきて、不意に目が合えばにっこりと笑顔を向けてくる。
——うーん。
俺の記憶違いじゃなければ、高校生同士、手を繋ぐことがお互いに恥ずかしくてちょこっと触れるか触れないかの微妙な感じで歩いていた記憶があるのだが、一之宮先輩はがっちりと俺の手を握っている。
これって恋人繋ぎっていうんですけど、先輩は知ってます?
「私、男性と手を繋ぐのも初めてで、変でしたか?」
いけない。顔に出てたか?
「いいえ、大丈夫ですよ。俺も初め……は緊張すると思ってましたが、一之宮先輩(顔見知りだから)だったから少しホッとしていたところです」
危なかった。初めて手を繋いだのは、フォークダンスの練習に付き合ってくれた香織さんだった。
どうにか誤魔化したつもりだけど、俺、変なこと言ってないよね。
「ふふ」
一之宮先輩は笑顔のままだったから大丈夫だろう。
♪〜
「先輩行きましょうか」
「はい」
実行員がプログラムを読み上げると、すぐに入場曲が流れて始めたので、所定位置まで行き、一つの円になるまで歩き続ける。
——ん?
三年生の集団の中に先生たちがいる。新山先生も居るから三年生の担任の先生だけじゃないね? あ、そうか、男性パートに入る女子が多かったから女性のパートに入ってるんだね。
しかし、ここの円は一番大きいから、全ての女性と踊るには曲の長さが足りないかも。半分踊れるかな……
入場曲が止まれば一之宮先輩の左後方に移り……右手を先輩の右肩の位置に、左手を先生の左脇から少し前方に。
なんだか先輩の立ち位置が俺に近い気がするが、いや、香織さんはもっと近かったから、こんなもんか。
♪〜
それから音楽がかかり踊り出せば気分もよく、楽しくなり自然と笑みも溢れる。前世では人数の関係で、女性のパートばかり踊っていたからね。
一人に対して約10秒くらい進みながら踊る。とても簡単な踊りだけど、それでも前世の記憶が邪魔をして何度もやり直し練習した。
先輩と別れる際、頭を軽く下げて笑顔で送り出したんだが、俺の手を離してくれなくて焦った。
「会長」
次のパートナーが会長に強く出れる副会長の桜田さんだったからよかった。
一之宮先輩は渋々といった様子で離れ、桜田先輩に手を回してすぐに踊る。桜田先輩なんか涙流していた。
一曲目の『ヒク・テア・マタ』は曲の長さからもパートナーが代わるのが15人くらい。
でもパートナーが代わる度に俺のパートナーになっていた女子が毎回手を離してくれなくてワンテンポ遅れていた。
冷や冷やしたよ。俺の後ろのスケートボード先輩は迷惑だったのよね。苦笑いしてたし。
「ふう」
しかし、一曲目が終わって一年生と二年生からの圧がすごい。見ないようにしてても感じるから相当な圧だ。
「あら残念。次が私の番だったのに、終わったのね」
誰だか知らないけど、品があってお嬢様っぽい感じがする人。『ヨリドリミ・ドリ』より『ヒク・テア・マタ』を俺と踊りたかったらしい。
「私小宮路 美智(こみやじ みち)。妹が同じクラスだと思うけど、よろしくね」
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